【292】執務室
「現在の参加者は約千人になりました」
「思っていたよりも多いな」
宰相の報告で考え込むように顎に手を添えた国王は、勇者の儀へ向けての進捗を含めた日々の報告を受けていた。
この国王の執務室には宰相の他は誰もおらず、2人で国を挙げて行う行事の情報共有をしている所である。
「はい。公示期間を三か月と考えれば、驚くほど集まったと言えるでしょう。参加希望者は騎士や冒険者もおりますが、民間人も申し込んでおります」
「その全員を、勇者の儀に参加させるのか?」
その人数に、国王は目線だけを宰相へと向けた。
「いいえ、勇者の儀の前に一度招集をかけております。その際にステータス確認を行い、体力などの情報を鑑みて、一部はふるい落としをする予定です」
「ふむ…勇者の剣が選ぶというのに、振るい落とす為にステータス確認が必要であるのか?」
「本当のところは必要ありませんが、その際に現れなかった者も振るい落とす予定です」
「別に、振るい落とす事もなかろう?」
この会話は報告というより、意見のすり合わせである。
「陛下、勇者の儀を何時間ほど想定しておりますか?」
淡々と話す宰相は、そこで国王に問いかける。
「うむ…三時間ほど…か?」
「ふぅ~」
国王の出した時間に、宰相が鷹揚にため息を吐いた。
「むむ?何だ、その反応は」
今この執務室には国王と宰相しかいない為、2人は思う事を飾らずに話している。
この2人の付き合いは国王がまだ王太子時代からと長く、その頃から前国王の補佐として過ごしてきた宰相は、2人だけの時は国王に対しても容赦がない。こうして国王を諫める者が必要であるし2人は気安い関係であって、宰相に多少の不敬があっても国王が咎める事はない。
「何だ、ではありません。千人をただ並ばせるのにも大変なのですよ?そこから一人ずつ剣に確認をさせれば、三時間で済むはずはありません。前座としては、欠伸が出る程の時間がかかるでしょう」
「そうか…欠伸が出るか…」
「はい。その参加者たちを経て、王族が勇者の剣に認められるという流れです。陛下やアレクセイ殿下がお出ましになるのはその一般参加が終わってからになりますので、陛下はまぁ…皆の前でずっと座ったままという事はございませんので、ご安心ください」
「………」
思わず「ホッとしたぞ」と言い掛け、国王は言葉を飲み込んだ。
「コホン。それで、剣の方はどうなっておる?」
国王は、わざと話題を変えるように剣の進捗を聞いた。
「……剣の方は、あのままでも問題はないという結論に至りました。文献によればあの剣は元々、昔から柄部分に穴が開いていたと書かれております。何代にも亘った勇者はあの状態の剣を使っていたという事でしたので、あの形でも問題はないはずです」
「うむ。では剣については一安心という事だな?」
「はい。ただ、形状が気にはなりますので万が一という可能性を含め、今も魔術師団で魔石と合せておりますが、今のところ適合する魔石は無いようです」
「フン、適合とは大げさな。魔石と穴の形を同じくすれば、剣に嵌るのであろう?」
国王は、さも難しいと言わんばかりの宰相の言い方に鼻を鳴らす。
「いいえ。それが、どんなに魔石と穴の大きさを合せても、外れてしまうらしいのです。まるで剣が拒否をするかのように」
「……」
宰相と国王は顔を見合わせて、見つめ合った。
そもそもあの勇者の剣は不思議な存在で、使い手を選ぶという事になっている。それに毎回の討伐に持って行っても、剣だけは必ず城に戻ってくる。そしてそれは、まるで剣が次の戦いに備えている様にも見え、そんなはずはないと分かっていても剣には意思があり、この剣は繰り返す戦いの真の勇者であるとさえ思える程だ。
「まあ我々が考えられる範疇には収まりきらぬ剣ゆえ、その様な事も起こりうるのであろうな…。一応勇者の儀までは、魔術師団に任せておれば良いであろう。…それ以外の報告は?」
国王は座るソファーの背もたれに身を預け、疲れたように言って宰相を見つめる。
「……そちらは何の進展もなく……」
「……そうか……」
最後に宰相に促した報告は、この国の第二王子捜索の件であった。
初めの数年こそ、一部の近衛に内密に近隣の国まで捜索させていたが、何より、何の形跡もない事で捜索は難航した。
しかし数年が経過する頃には、近衛の間にも不安が広がって行った。
“神隠し”
密かに囁かれていた言葉は、宰相も知っている。
確かに忽然と消えてしまったルシアス殿下は、まるで別の世界にでも連れて行かれてしまった様だと、宰相ですら思った程だ。
だがそんな事は、今の世ではありえない。
いくら魔法が使える世の中とは言え、一瞬で人を移動させる魔法を習得したという者は一人もいない。現在人間が使える魔法は、火・風・水・土・雷・聖の6つ。その魔法を以てしても不可能と断言すらできた。
それに巷に浸透する魔導具も、国が全ての品目を記録管理しており、今現在そのような用途で使える魔導具はない。
魔導具の生産量から価格まで、生産ギルドから各品については報告を受けている。
その上、近隣諸国の動向も勿論調べており、他の国でさえそんな魔法や魔導具を開発した形跡はなかった。
その為まだ王子は国内にいるかも知れぬと、現在も諜報部員だけが容姿の似た者を探して動いており、その者達からも随時報告を受けているがそちらも全て空振りに終わっている。しかしだからと言って捜索を止める訳にも行かず、もう何年もそんな状態が続いていた。
「勇者の儀までにお探しきれなければ、影武者を立ててはどうかという声もございます」
「ふむ…。だがそうなれば、真実を知らぬ者達が群がってくるやも知れぬな…」
今までずっと姿を見せなかった王子が、いくら病気であるとは言えその姿を見せる事で、あわよくばお近付きになりたいと考える者達も少なからずいるであろうと国王は言う。
「ええ。その為、そこは療養中である殿下がお姿を見せただけ…という体裁で、勇者の儀そのものには参加させない方向でと考えております」
「…そうか、これも良い機会かも知れぬな…。いつもでも隠し通せるとは思えぬし、これだけ探させていても見つからぬとは、時間の狭間にでも落ちてしまったのではないかと思う時もある」
時間の狭間に落ちた。それは物の譬として使われる言葉で、理由が分からない事や物を無くした時などによく使われている。親として一国の国王として、どうにかして消えてしまった事に理由を付けたいだけの思考でもあり、言い換えれば、もうこの世にはいないかも知れないという意味も含まれている。
もし少しでも手がかりがあったのならそこから何としてでも探し出す事は出来ようが、ルシアスの件に至っては本当に何ひとつ手がかりさえないのだ。
それにいなくなった時は9歳という年齢だった為、10年が経った今その容姿を知る者もいない。
今諜報部員に探させている姿は、王族に受け継がれる金色の髪と目を持つ者の捜索だ。
この王国内でその色を纏う者と接触し今まで3人程が候補にあがったものの、それは全て王家の傍系に連なる者で身元もしっかりしており、そして年齢さえも異なっていた。
このウィルス王国では金色の髪と目を持つ者は珍しく、稀に王族の血筋には現れるものの、その殆どは国を治める者達だけに受け継がれているのだった。
その為、もし違う色彩を持つ子供が国王の子供に生まれようものなら、王妃の不貞が疑われる事もあると、これまでの歴史の中には記されている。
「ルシアスがどこかにいれば、喩え何を着ていても分かるはずなのだが…」
「さようですね…」
2人はそこで口を閉じ、考え込むように視線を下げた。
「……この勇者の儀が終わった後、ルシアスの件は公式に発表をする事も視野に入れねばならぬな。いつまでも行方不明者を“療養中”として隠し立てしておくこともできまい」
「……はい。そろそろ限界ではございますが…しかし発表とは?」
「うむ。病により死去した事になるであろう…」
「………」
今回の勇者の儀では、多分アレクシスか国王が剣に選ばれる事になるのだろう。そしてその後、ルシアス王子が亡くなったと発表すれば、それは国を治める者が潰えてしまった様に思われるかもしれない。勇者はもう戻ってはこないのだから…。
だが末娘のセレンティアが今年17歳であり、もしもアレクセイが勇者になった場合にも、セレンティアが中継ぎとして国を治めてくれるはずである。
セレンティアも王族として十分な教育がなされている。
美しく聡明な娘が苦労を強いる事になるのは親として心苦しいが、これもウィルス王国の王家に生まれたものとして諦めてもらうしかないであろう。
暫しの沈黙の間、国王と宰相の2人は口には出さずとも、同じくこの国の行く末を案じていたのであった。
いつも拙作にお付き合い下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>
12月に入り本格的に寒くなってきますので、皆さまにはどうぞお健やかにお過ごしください。
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。




