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【290】壁の向こう側

 ルースが時間(とき)の精霊に因って眠らされ、その後に目覚めたルースは、以前と変わらぬ今までのルースだった。


 それが少しの違和感もあったフェルとデュオであったが、変わらぬのならば良かった事だとその違和感に気付かぬふりをしていれば、その違和感もすぐに忘れる事となっていった。


 ルースは覚えていない事であったが、以前のルシアスの記憶が表に現れてしまった時の事を聞かれてしまえば、全てを話さなくてはならなくなっただろう。

 それ故、聞かれなかった事は、ルースからすれば有難い事であったと言える。


 こうしてルースは、変わらずルースのままで生きて行くと告げた為、皆はそれまでと同じ生活に戻って行った。相変わらずリアの家で世話になっており、やっと状況も落ち着いた為にルース達は王都にある教会へと行ってみる事にした。


 リアの家の場所はあの空き地があった東地区の端の近くで、小さな店が並ぶ通りの奥にある。

 そこは教会が広く敷地を持つ場所にも近いが、教会は独立性を保つ為、その境には高い壁が立っている。教会の入口は王城から東へと続く通りを行った先に一か所あるだけで、リアの家からではグルリと回り込まねば行けない造りになっていた。


 地図で見ると、教会は王都ロクサーヌの東側郭壁に張り付くようにして、大きな楕円が描かれている。教会ひとつの敷地としてはとても広く、小さな町1つ分位はありそうで、まるで王都の中にもう一つの町がある様にさえ見えるものだった。


 ルース達は一旦、中央の通りへ出てから王城近くを通り、それから教会を目指して歩いて行く。


「フェル、そんなに落ち着きがないと逆に怪しまれるよ?」

 4人は教会を目指しているものの、フェルがソワソワとして少々不審者のように周りを見回して歩いているのだ。


 リアに聞いたところでは、教会の入口には大きな建物があって、その建物から敷地全体を囲む壁が繋がっており、その敷地の中は見る事ができないとの事だった。

 ただし、教会はいつでもステータスの確認や神への祈り、病気や怪我などの治癒の為にその入り口は万人へ開かれており、その建物に入ること自体は咎められないのだという。


 しかしルース達はステータス確認でも治癒でもない為、もしかすると中に入れてもらえないかもしれないとリアは話していた。


 “ステータス確認”

 ルース達はもう何年も教会でステータスの確認をしていない。

 それはソフィーの事があったのも一つの理由だが、そもそもが皆のステータス値が伸びすぎている為、目を付けられないようにという意味合いもあった。


 そしてこの王都に着てからはソフィーの事がなくなったにしろ、それに加えキースの名前が教会から漏れゼクヴィー家に知られる恐れも出てきた事、そして記憶が戻ったルースの名前が、この国の第二王子と同じものとなっているであろう事で、ルースは余計に回避しなくてはならい状況になっている。

 “ルシアス”という名前はどこにでもある名前かもしれないが、そこから何かが切っ掛けで話をする事になるのをルースは恐れていた。


 ただ、ルースの以前の名前をフェル達には伝えていない為、ステータス確認が出来ない最大の理由として、キリウスの名前が漏れる事を避ける為と、皆は思っているだろう。


 ルースがそんな思考に落ちていれば、フェルが独り言を言った。

「俺がやればいいのか?」


「え?何をするって?フェル」

「いやさぁ、教会に入るのには理由が必要なんだろう?だったら、俺がステータス確認をすればいいかなって」

「忘れている様だが、フェルのステータスもまずいと思うぞ?」

「ん?」

「…フェルもルースの恩恵を受けてるでしょ」


 ステータス確認をしない理由のひとつをフェルはすっぱり忘れているらしく、デュオが小声でフェルに伝えた。

「おんけい…?」

 そのヒントでもすぐに思い出せないフェルが暫し考えてから、ポンッと手の平を拳で叩いた。

「あっそうか、あっちもあったか…。んじゃ、俺が怪我をして治してもらう…?」


「フェル、わざわざ大怪我をしないでくださいね。その怪我を治すのが彼女とも限りませんし、何より教会の治療費が高額だと聞いていますから、もしかすると私達の手持ちが全て無くなるかも知れませんよ?」

「はぁ?そんなにか?」

 ルースも確証があって言った訳ではないが、デュオもキースもルースの話に同意して頷いていた。


「それじゃ駄目だな…」

 フェルがガクリと項垂(うなだ)れた。


 こうして結局ルース達は教会の建物が見える所までは来たものの、その手前で足を止め、その大きな建物を眺めていた。


「お祈りだけする?」

「それなら入口近くまで入れるでしょう。ですが…」

「どのみち、彼女がいるであろう場所も知らないからな…。入ったところで、その姿は見えないと思った方が良いだろうな」


 キースの尤もな話に、一同は口を閉ざす。

 彼女と別れて約4か月。

 ソフィーは元気にしているのだろうかと、その建物を眺める皆の想いは一緒であった。



 -----



 そのソフィーは今、与えられているひとつの小さな館でネージュと共にソファーに座り、目の前に置かれている紅茶や菓子に手を伸ばすでもなく、じっと目を閉じていた。


 今は朝の祈りの時間を終わらせた後の休憩時間で、この後貴族たちと面会をして治癒をしたり話をするなど、ソフィーにとってはつまらない時間が待っているのだ。



 ソフィーはルース達と別れ自ら馬車に乗った後、おおよそ2週間をかけて王都へ到着したのだった。


 途中の町では上等な宿に一室を与えられ、その翌日には出発するという事を繰り返した。

 食事も宿も今まで皆と泊まってきた質素な物でなく、出される料理も小さく盛られた物を次々に出され、見ているだけでソフィーは疲れてしまう。それに、周りにはいつも聖騎士が立ち、ソフィーを監視するかのように張り付いていたりもして、余計に食欲もなくなるというものだろう。


 そんな旅を続けソフィーは少し痩せてしまったが、気付いたのはネージュだけ。

 他の者はソフィーの上辺だけ…いいや、ソフィー自体を見ている訳でもないのだろう。聖女という偶像をまるで腫物を扱うかの如く、(うやうや)しい態度を崩さずに監視していただけだったと思う。


 こうして王都ロクサーヌに着た後、教会の入口から案内されるまま更に奥まったところへと連れて行かれ、冒険者ギルドの執務室よりも何倍も広い部屋へと通されたのだ。


 そこは黒光りする大きなテーブルが置いてある部屋で、白い服を着て薄く笑みを湛えている9人の男性の前に立たされ、その中で一番刺繍の豪華な服を着た教皇と名乗る男性の抱擁を受け、他の8人の前で名前を名乗らされた。


 その内の一人は、旅に同行したジェフコフだ。

 他の7人もそれぞれ名を告げられ、この9人が教会の中心となる者達だと知らされたのだった。

 ただ、その後ソフィアの家だと言ってこの館に案内をされてからは、彼ら9人と会う事は滅多になく、いつもはソフィーの身の回りの世話をしてくれるという女性の神官が傍にいて、ソフィーを人形のように大切に扱ってくれていた。


 朝はルース達が鍛錬を始める頃と同じ位に起き、ソフィーが何もせずとも、白いワンピースの様な服を用意されて着替えた頃に朝食が運ばれてくる。それを一人で食べるソフィーは、余り食が進む訳もない。

 そして人心地着いた頃に別棟の白い石造りの小さな教会へと移動し、そこで一時間程を祈りの時間として過ごす。


 それが終われば今のように少しの休憩を挟み、ここから夕方までの間一番大きな建物へと赴き、その中の個室で待つ貴族たちと会うのだ。

 ある者は聖女と面識を得ようとして訪れ、ある者は自分の自慢話をするだけの者もいる。中には体に不調があって治癒を求める者もいるが、一体それにはいくらのお金を支払っているのかと、ソフィーは心の中でうんざりもした。


 そんな一日一日を送っているソフィーは、特にいじめられる事も怒られる事もなく平和だと言えるが、言い換えれば、他の者はソフィーに近寄る事すらなく話しかけられる事もない状態だった。唯一話し相手となるのは、いつも傍にいるネージュだけだった。


「ふぅ」

 小さく吐息をもらすソフィーが目を開く。

「ネージュが居てくれて本当に良かったわ。こんなに退屈な毎日だと、気力もなくなっちゃう…。まだネージュがいてくれるから、何とか頑張れるの」


 悲し気に微笑むソフィーの隣に寝そべるネージュが、そっと顔を上げてソフィーの頬を舐める。

『我はソフィーのもの。我を如何様(いかよう)にも使うと良い』


 相変わらずの口調ではあるネージュだが、ソフィーはそう言ったネージュの首にしがみ付き、その温かなぬくもりを感じながら、ここにはいない仲間たちの事を思い出していたのだった。


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