【29】草むしり
それではと、ルースが連れていかれたのは居間である。
「あの上にかかっているカーテンを外したいの。カーテンを洗った物と付け替えたくてね」
「はい」
とルースは頷く。
そして出してくれていたのか、横に立てかけてあった脚立を組み立てるとスルスルと登り、天井近くにあるカーテンの留め具を外していく。
「あっそのまま下に落としてもらっていいからね。私は替えのカーテンを持ってくるわ」
そう言ってエミリアは居間を出て行ったので、ルースは黙々と作業する。
全てを外し終われば、今度は替えのカーテンに留め具を付け替え、カーテンを肩に担いでまた脚立に登ってそれを掛ける。
思いのほか地味につかれる作業であり、これは女性では確かに大変だろうなと、ルースはそんな事を考える。
「次はランプの魔石を入れ替えて欲しいのよ」
と、次々と言われることは本当に生活のための作業で、ルースとフェルは1時間ほど言われるままに動き、そして終了となる。
「ありがとう。助かったわ」
「では、ここにサインをお願いします」
エミリアに完了のサインをもらい、お菓子を手渡されて1件目は終わりである。
「ルースは家の中で、何をやってたんだ?」
薪割りで汗が滲んでいるフェルが、ルースに尋ねる。
「カーテンの付け替えと、魔石の交換、台所の汚れ取りに鍋の焦げ落とし…ですね」
「う…薪割りで良かった…」
2人共程よく疲れているが、もらった菓子を食べながら次の場所へと移動する。
1件目のクエスト代金は、1時間余りで300ルピルだ。一人当たり150ルピルなので、1日の稼ぎには少ないが、まだ午前中である事と、約1時間で300ルピルの金額に思いのほか良い流れを感じていた。
「いいスタートかもな」
「そうですね。次は肉体労働ですけど、フェルは大丈夫ですか?…少し休みます?」
「次って何するんだ?」
「次は草むしりですね。広さはどれ位か分かりませんが」
それを聞いたフェルが、勢いよくルースを見る。
「じゃあ、ルースがちょちょいと刈り取ってくれれば、すぐに終わるんじゃないか?」
「…フェル。言っておきますが、町中ではアレを使いませんよ?そんな目立つ事をして、どうするのですか…。それに、草むしりとは、根っこを抜かないと意味がありません。上辺だけきれいにしてもダメなんですよ?」
「う…そうだった」
フェルは、ルースの風魔法をあてにしたようだが、そんな事はできないしするはずもない。
2人がそんなやり取りをしていると、次の場所に着いたようだ。
ここは先程のキルズ宅から3ブロック程離れた住宅街だ。
ここの家の柵はキルズ宅のものよりも背が高く、2人の腰位の高さの柵が通りに沿って立っていた。そこから薔薇や低木などが覗き、道行く人の目さえ楽しませてくれている様である。
「少し広そうですね」
「そうみたいだな」
今回は草むしりという事がしっかりと明記されているため、多分この庭の事だろうと2人はあたりを付ける。
「では行きましょうか」
「ぉぅ…」
ちょっと小さくなったフェルの声に、ルースは笑みを浮かべて歩き出す。
ここの柵も一部が開かれており、そこから繋がる石畳が家の扉まで続いていた。
ルースとフェルが家の扉の前まで来ると、ルースがノックする。
コンコン
「すみません。冒険者ギルドのクエストで伺いました」
ここでも同じ言葉を繰り返し、ルースは声を掛けた。
「はいはい」
声がして扉が開けば、白が混じる髪を団子にまとめた、2人と同じ位の背丈の綺麗な女性が姿を現した。
「こちらはベル・コルルさんのお宅でしょうか」
「そうだよ、私がベル・コルルさね。冒険者ギルドのクエストと言ったかい?」
「はい。私達はE級パーティの“月光の雫“で私はルース、彼はフェルと申します。本日はご依頼の件で参りました」
「ああ、やっと来てくれたのかい。出してからもう1週間になるから、忘れちまったのかと思ってたさね」
「すみません、遅くなりました」
「いいや、あんた達のせいではないだろう?来てくれたから良しとするよ」
ホホホと笑ってベルは話す。やはりF級のクエストは、消化する人が少ない様だ。
「それじゃ、草むしりを頼むよ。ついて来とくれ」
そう言われてベルの後をついていけば、小さな温室に辿り着く。
「ここの雑草を取って欲しいのさ。だが育てている物を抜くのはやめとくれよ?」
ベルがカチャリと扉を開ければ、中から暖かい風が流れてくる。
「ここは暖かな場所に生息する薬草を育てている。私の商売道具さね」
「では、コルルさんは薬師ですか?」
「そうだよ、この町の店に薬を卸してるのさ。家は作業場兼、といったところさね」
ルースは軽く魔力を放出してみるも、この人からは何も感じとる事はできなかった。その為、ポーションを作る魔女ではなく、薬師として薬を作っている人なのだなと思う。
「私は魔力がないからね、普通に薬師としてしか薬が作れないのさ。だから他の国から珍しい薬草を仕入れて、色々な効能も研究しているという訳さね。ここは大切な場所なんだよ。意味は分かったかい?」
ルースとフェルは慎重に頷く。
そしてもう一度温室を見れば、たいして広くはないが、雑草も快適なのか伸び伸びと葉を伸ばしていた。
「まぁ薬草は大体が、囲いの中の畝に沿って植えてあるからね。わからなかったら聞いとくれ」
「はい。それで、抜いた物はどちらに?」
「そこの一角が肥料用のスペースだから、その辺に置いとくれ」
「承知しました」
ベルはそう言いおいて温室を出て行った。
大切な薬草を何も分からないであろう冒険者に、こんな簡単に任せても良いのだろうかと、ルースは不安になる。今までもそうだったのかは分からないが、言われたルースが試されている様で、何だか緊張してしまう。
「おい、ルース。ルースは薬草ってどれだか判るのか?」
開口一番、フェルが不穏な事を言ってくる。
「私は一般的な物しか知りません。フェルは、全く…ですか?」
「全くだな…」
その答えに、このクエストは時間がかかりそうだと、密かに気合を入れたルースであった。
そうは言っても始めなければ終わらないので、2人は手袋をはめて作業に取り掛かる。この手袋はいつも持っているのだが、はめろと言ったのはルースである。
「もしも、何かに触れただけで作用する薬草があったら困りますし、素手で大切な薬草を触って、傷めてしまってもいけませんので」
という説明だった。何の知識もないフェルは、ただそれに従うだけである。
「では、あの奥から始めましょう」
ここの広さは居間が2つ分位。畑としては小さいが、温室という特別な場所を維持するのには、広すぎても大変なのだろう。
2人は入口から一番離れた所まで行くと、そこから雑草を抜き始めた。
「ルース、これは?」
「それは薬草ですから、抜かないでください」
「おう」
「ルース、これは良いんだろう?」
「それは抜いてください」
「おう」
2人は隣り合って座り、形の違うの草があればルースが確認しながら、という具合だ。その為にやはりスピードは出せず、効率が悪い。
そう言いつつも半分が終わったころ、ベルが温室に入ってきた。
「ほう。結構進んだじゃないかい。ホホホ」
そう言って2人が抜いた雑草を見ると一つ頷く。
「今のところは大事なものは抜いてないね、2人は優秀だ。それっ昼飯を持ってきたから、休憩しなさいな」
2人がそう言われて顔を見合わせれば、そう言えば腹も減ってきていたなと思い出す。ルースとフェルは笑顔でお礼を言うと、手袋をはずし作業台に乗っているサンドパンに手を伸ばす。
「「いただきます!」」
「はいよ、お食べ」
ベルは冷たいお茶も用意してくれていて、2人は喉も潤す。
「はー旨い!」
「美味しいです」
感想をもらす2人に、ベルも笑みを浮かべた。
「お前さん、薬草はわかるんだろう?」
と、急にベルがルースに話しかける。
それに急いで口の中の物を飲み込むと、「はい、少しは」と返答する。
「やはりそうかい。お前さんから薬草の香りがするからね。だからここを任せたのさね」
いきなりの理由に、ルースとフェルはビックリする。
「では、いつも冒険者に任せている訳ではないのですか?」
その問いに、今度はベルがビックリする。
「何を言ってるんだよ。無知な奴に、大切な薬草を任せる訳にはいかないさ。今回は、知識がありそうな冒険者だったから任せたんだ。お陰で私の作業も捗ってるよ」
ホホホとベルが笑う。
「それで…私は匂いますか?」
ルースは自分の着ている物の匂いを嗅ぎながら、ベルに尋ねてみる。ついでに隣から、フェルがルースの匂いを嗅ぐ。
「俺はわかんない」
と、ルースの匂いを嗅いだフェルから感想が送られる。
「ああ、他の人には分からんだろうさね。私は匂いに敏感でないと駄目な仕事だからね。薬草の匂いがすれば、それが僅かでも気付くんだよ」
隣のフェルに苦笑して、ルースはベルを見た。
「私の家族が薬師です。ですが、ここにある様な物の取り扱いはありません。森に自生する薬草や、手間がかからない薬草を植えて育てて使っていました」
ルースの言葉にベルが頷く。
「そうだろうね。こんな国外の薬草を仕入れて研究している物好きは、私くらいのもんさね。手間も金も時間もかかるんだ。人には勧めないよ」
と言いながら、ベルは楽しそうに笑う。
この様子を見る限り、ベルはその研究が好きなのだろうと、ルースは感じた。
こうして3人で話しつつ食事を済ませれば、ルースとフェルは作業に戻り、又雑草を抜き始めたのだった。
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明日は、2話更新を予定しております。
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