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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第八章 ~迷~

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286/348

【286】友

今話は話の区切りの関係で、少し短くなっております。

 

 ― ドサッ ―


 テーブルへ突っ伏すように倒れたルースを見たフェル達3人は、ガタッとイスを倒して立ち上がった。


「ルース!」

「おい!」

「どうした!!」


 リアはペンダントから手を引っ込め、焦る3人に眼差しを向けた。

「大丈夫だよ、問題ないはずだ」

 リアはそう言うも何を根拠に言うのか、そもそもそのリアが何かをしたのかも知れないのだ。


「おい!どういう事だ!ルースに何をした!!」


 飛び掛からんばかりのキースを押さえたのは、隣のデュオだった。

 キースはリアがペンダントに手を触れた一瞬、リアから微量の魔力を感知していた為、リアが何かしたらしいと気付いていた。


「まったく…冒険者は血の気が多いねえ。大丈夫だよ、寝ているだけだろうからね」

 リアはキースの剣幕にもひるまず、鷹揚にそう言った。

 フェルも飛び掛かりそうになったものの、ルースに手を伸ばす方が先になって怒りを抑えていた。


「そのペンダントには精霊が宿っているんだ。…おや?驚かないところをみると、この子に聞いていたんだね?」


 3人からの威圧を受けても態度を変えぬリアに、キース達も段々と冷静さを取り戻していく。

 テーブルに伏せるルースは微動だにしないものの、椅子の背に留まるシュバルツが静観している事もあり、3人は渋々再び椅子に腰を下ろした。


「そうそう。落ち着いて聞いて欲しい。その精霊は以前、わたしにひとつの願い事をした」


 リアが話す内容は、全く意味の分からぬものだ。

 フェル達はずっとこのペンダントを持ったルースと行動を共にしていたが、中にいるという精霊の姿を見た事も声も聞いた事も無い。ネージュにも精霊がいると言われたが、真偽すら分からなかったのだ。


「これがわたしの手元にあった時だ。ある日、どこからか声が聞こえた。それは夢だったのかもしれないしその場所の記憶は曖昧だが、その願いだけは鮮明に覚えているんだ」

 そう話し始めたリアは、ルースの茶金色の髪を優しく撫でる。


「あれはまだ、わたしが若い頃だったねぇ。もう随分と前の事だよ」

 穏やかに話し出すリアに、フェル達は渋々口を噤む。


「これは昔々の男にもらったもので、精霊が宿る“幸せを掴み取る為の(ペンダント)”だと言われてね。その人は不思議な人で、忘れた頃にふらりと現れては色々な物をわたしに渡すんだ。こうして思い出してみれば、いつも放浪していたんだろうと思う。いつも色々な場所の話を、私に聞かせてくれたものさ」


 リアはルースを見つめてはいるが、その眼差しはどこか遠くを見ている様で、一瞬少女の様な微笑みを浮かべた。


「このペンダントは宝箱から出たと言っていたが、それが嘘か本当かはわたしには分からないし、どうでも良い事だった。ただこれを受け取った後、わたしはこの中にいる精霊に会ったんだよ…」


「………」

 フェルとデュオも癒しの精霊を視た事があるし、実際に起こりえる事だと、その話を聴いているキースも理解は出来る。


「この中にいる精霊は“時間(とき)の精霊”だと言っていた。そしてそれはわたしに言った。

『いつか時間(とき)が満ちる時、運命(さだめ)を背負う者が現れる。我はその者の時間(きおく)の綻びを直すため、自らこの中でその時を待っている。だが我は外の気配を知ることが叶わぬ身。なれば其方がその時(・・・)だと思う時、我にその甘美な魔力を注いで欲しい。その後は我の役目。其方であれば違わず、それを見極める事ができよう程に』

 とね」


 そう言った後やっと重たい荷物を降ろしたように、リアは大きく息を吐く。


「そんな事を言われても、わたしがもし間違えたらどうするんだよ、なんて考えた事もあったね。だけどね、そう言われたからには、わたしの勘で良いって事なんだろうと思う事にしたのさ。そしてそれが今…そういう事だよ」


「だが…その精霊がルースに何かしたら…」

 キースは心配そうに眉をひそめ、ルースを見つめる。

 だがキースの問いには誰も答えられるはずもない。その答えはこのペンダントの中にあるのだから。


 そうして少しの沈黙の中、口を開いたのはフェルだった。


「ルースは…10歳位までの記憶が無いんだ」

 フェルから紡がれる言葉に、リアは自分の勘が当たっている事を悟る。

「俺とルースが旅を始めた時、ルースは自分が何者なのかを知りたいと言っていた。俺は小さい頃からの記憶はあるし、ルースが言った言葉の本当の気持ちはわからないと思う」


 そう言ったフェルは、悲し気にルースを見つめている。

「でも初めは、そんなルースに繋がるものを確かに探していたんだ。だけど旅を続けていく内に、ルースは自分の事を後回しにするようになった…。今ではそんな俺ですら、ルースが記憶を探していた事を忘れそうになる」


 とフェルが珍しく、ルースの事を語った。

 2人は長い時間を共にした親友であり、いつも一歩引いて考えてくれるルースに、フェルは頼り切っていたという。


「友達なんて、そんなものだろう?相手の事を大切に想えば、互いが必要な存在なんだよ。どっちがおんぶにだっこって事でもないはず、だろう?」

 リアは落ち込むフェルに、妖艶な笑みを浮かべてみせた。


「だったら、これで良かったのかも知れないね…」

「おいデュオ」

 デュオの言葉を咎めるように、キースが名を呼んだ。


「だってそうでしょ?ルースはずっと記憶を探していた。今までもルースは、時々自分がどこにいるのか判らなくなる事があって、多分そんな時は、何かの記憶に引っ掛かっていたんだと思うんだ。それでもルースは、ちゃんと思い出す事ができなかったんだよ?だからルースが記憶を取り戻せるんだったら、少しのあいだ精霊に任せてみようよ。ここでリアさんに所に来たのも、この精霊が言ったように運命だと思うんだ」


 デュオはキースに向かって想いを伝える。

 そんなデュオにキースは、ギュッと目を瞑りフゥッと息を吐き出した。


 このパーティの中でルースとの付き合いが一番短いのはキースで、そんなルースの症状もキースは目にしていない。だからこの2人が言うのであれば、ここは自分が引くべき処であるとキースは理解した。


「そう…だな。だがもう一度聞く。ルースは大丈夫なんだな?」

 キースがリアへと強い眼差しを向ければ、リアは優しく微笑んで肯定した。


「ただし、わたしもこの子の心の中までは看る事は出来ない。この子が目覚めてから、皆は何があろうともこの子を信じるんだよ」

「そんなの当たり前だ!」

「解っている」

「勿論」

 フェル・キース・デュオの3人は、決意を込めた表情でリアを見つめ返した。


「それならば大丈夫だね」


 リアはルースの頭を撫でながら、シンディの息子は良い友人をもったんだねと、心の中でルースに語り掛けるのだった。



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