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【284】宿はどうする?

 パンッパンッ


 重くなった空気を切り替えるように、リアが手を叩いた。

 座っていた焚火の傍で立ち上がり、腰に手を置いて皆を見回している。


「いつまでも湿気た顔してるんじゃないよ。今わかったんなら良かったじゃないか。別に死んだ訳でもあるまいし、皆はまだ若いんだ。これから先の事を考えるんだよ」


 上品な容姿から飛び出す激励の言葉は、上品とは程遠い言葉遣いではあるものの、それには皆に対する愛情が見える。その言葉で次々と顔を上げる者達に、覇気が戻ってくると分かる。

 年齢こそ、ここにいる者達とさほど変わらぬようにも見えるが、リアが皆の母親の様な存在に見えた。


「今日はもうギルドは閉まっているだろうが、明日にでも行ってみると良い。ちゃんと“生産ギルド”に、だよ?」


 口角を上げるリアに、皆は苦笑する。

「わかったよリアさん、もうそれ位で勘弁してくれって」

 困ったように頭を掻きながら話すのは、オウリエだ。


「君達もありがとうな、教えてくれて」

 セロがルース達に顔を向けて頭を下げれば、その声で他の者もパラパラと頭を下げて行いき、ルースはいたたまれず両手を振る。


「いいえ、そんなに感謝される程の事では…私達ももう少し早くお伝えできれば良かったのですが」

 ルースの言にも皆はまだ、「助かったよ」と口々に話しかけてくれる。


「そう言えば貴方達はどうするんだい?宿の事情って言ってたようだけど」

 リアの言葉にルース達4人は、顔を見合わせた。

「明日から、皆ここに来なくなっていくだろう。ギルドに加入できれば、ギルドが力を貸してくれるはずだからね。だからここには、貴方達しかいなくなると思うのだけど?」


 ここにいる者達の事はどうにか目途が立ったが、確かにルース達の泊まる所は二の次でまだ決まってもいない。そう言われると返す言葉もない。


「明日も宿屋に当たってみて、もう諦めるか…」

 フェルは、仕方がないと言って頭を掻く。

「おや?宿の空きはまだあったんだろう?」

 リアが聞き返し、ルース達は一応頷く。

「はい。まだありました」

「でも、皆で一緒の宿には泊まれないので、それでそうしようかって…」

 ルースの言葉に続けてデュオが補足した。

「オレ達が見たところは一軒の宿には多くて3人までだった。それで決めかねてます」


 とキースも理由を話せば、リアは少し考えるような仕草をして、再びルース達に視線を向けた。

「状況は理解したよ。だったらうちに来るといい。4人なら泊まれるからね。と言っても2人ずつで1部屋だけど、いいかい?」


 思わぬ申し出に、ルース達は驚いて目を見張る。こんな訳の分からない冒険者達を、女性が住まう家に泊めても良いものかと。


「ああ、心配はいらないよ。こう見えて私は強いからね」

 どう見ても細そうな腕に力こぶを作ってみせたリアは、そう言って妖艶に笑う。


「いいなぁ。俺もリアさん家に泊まりたい…」

「俺も」

「僕も」


 パチッと焚火の爆ぜる音に混じりそんな声が聞こえてくるも、ルース達に背を向けリアが彼らに振り返ると、皆が一斉にカチリと口を閉ざした。

 いったいリアがどんな顔をしていたのかは、不明である。


 そうして静かになったところで、リアがため息を吐く。

「全く…コスギはまた傷を増やしているね?薬はちゃんと塗ってるかい?」

 リアが奥にいたコスギに目を留めて声を掛ければ、いつもの態度はなりを潜めたコスギが、しおらしい笑みを見せている。

「スオウも苦労するねぇ…」

 付け加えたリアの言葉に、スオウが苦笑している。


「それで」と再びルース達へと視線を戻したリアは、どうするかとルース達に問う。

「ルース、有難く言葉に甘えよう。早く泊る所も決めないと…」

 フェルが珍しくルースに頼む。


 ルース達は一旦落ち着いてから、ソフィーがいるはずの教会へ行ってみようという話にしていた。まずは自分達の足元を固めてから、という事だ。

 もしも顔を合わせる事ができても、自分達がフラフラしていればソフィーを心配させてしまうかも知れないと思っての事だった。

 だが会える可能性は万にひとつで、この考えは取り越し苦労だと分かってはいるが、そう考えなければソフィーの事だけを考えてしまいそうになる。

 フェルの気持ちも分かっていて今日まで我慢してもらっていた事もあり、ルースはキースとデュオと深く頷きあった。


「遠慮はいらないからね、じゃあ行こうか。あんた達は今日まで我慢して、明日から頑張るんだよ」

 前半はルース達へ、後半はここに残る者達へとリアは話す。

「はい」

「おう」

 返事をする皆は、清々しい笑みを浮かべて手を上げる。

「あんちゃん達、旨い飯をありがとうな」


 ルース達へも挨拶をくれた皆に手を振り返し、こうしてルース達はリアの家へと向かったのだった。



 奥にある空き地から、リアは躊躇う事なく小路を歩いて行く。

 建物の間の角をいくつか曲がり、程なくして道の突き当りに扉が見えてくると、リアはルース達を振り返る。


「あそこだよ」

 リアは、狭い通りの突き当りを指さした。

「え?リアさんは薬屋って言ってなかったですか?こんなに奥にお店があったらお客さんは……」

 デュオは途中まで話し、言い過ぎたと思ったのかそこで言葉を切った。


「あはは。そうだね、心配してくれてありがとう。うちの薬屋は昔からここにあって、まぁ常連しか来ないって言えばわかるかい?」

「一見さんはお断りって事ですか?」

 リアの説明にキースが言えば、リアはニッコリと笑みを広げる。


「そうだよ、面倒事はごめんなのさ。そんなに繁盛しなくても、まぁ食べて行く分には支障もないしね」

 リアは屈託なく笑って、その突き当りの扉の鍵を開けて中に入って行く。


 そこの入り口部分は扉が1つと、その脇に薬草の束が1つつるしてあるだけだった。これでは何だかわからないという店で、本当に商売っ気がないのだと分かる。

 先程ルース達も薬屋をある程度回ってみたものの、この店へは辿り着けてはいなかった。


「入ってちょうだい」

 ルース達が扉の前で止まっていたのを遠慮と受け取ったのか、リアが中から声を掛けてくれた。

「あ、はい。お邪魔します」


 先に入ったリアが明かりを灯すと壁一面に薬草がつるされているのが見え、店内にはこれといって薬の陳列は無く、本当に薬草ばかりが目に入る。

 正面に小さなカウンターが設えてあり、その左側に扉がひとつ。一人部屋程の空間はそれが全てだった。


 フェルが眉間にシワを作って室内を見回している。

「俺の体は入るんだろうか…」

 フェルは狭い店内から想像したのか、泊まる部屋もこれ位だろうと思っている様な口ぶりだ。その声は呟き声だったにも拘らず、リアにも聴こえていたのか肩で笑っている。


「クククッ…流石に、こんなに狭い部屋には泊めないから安心していいよ。ここは店で、この奥が住居になってるんだ。こっちだよ」


 リアはカウンター脇にある扉を開き、奥へと進んで行く。

 扉の奥は真っ直ぐな狭い廊下が続き、突き当りの扉を開けてリアはその先へと消えていった。


 続けてルース達が抜けた扉の先は、後ろの店が何だったのかという程の広さの中庭があった。

 そこは四方が壁に囲まれているものの、月明かりで浮かび上がる草花が一面に植えられている庭は、横幅が30m程もありそうだ。その庭の真ん中には白いレンガで小径が作られており、店と家とを繋いでいた。


「うわぁ~隠れ家みたいだな…」


 フェルが驚きの声をあげる。

 ルース達4人の視界の10m先に、大きな2階建ての家があった。

 フェルは言わずもがなルース達も感嘆の声を出せば、いたずらが成功した様にリアが嬉し気に笑った。


「驚いたかい?ここに連れてくる者は、皆同じ様な反応をしてくれるんだよ。店から入ると、だけどね」

 という事は、リアはわざと狭い店から入ってルース達を案内したという事だ。


「ああ、家の裏には別の出入口があるから、後で教えるよ」

 クスクス笑っているリアに促されて小径を辿り、リアが開いた家の扉の中に入れば、ここも爽やかな薬草の香りが漂っていて、ルースは懐かしいシンディの家を思い出す。


 入口を入ってすぐは高い天井と10m四方の空間広がり、その壁にも少量の薬草が下げてあって、まるで花束を飾っている様な装飾品にも見える。

 床は木材のままであるものの、今磨いたかのように輝いており、魔導具の明かりを反射して室内を一層明るくしているようだった。

 正面の左手には2階の廊下へ続く階段があり、階段の右側にはひとつ扉もある。左右にも2つずつ扉があって、リアは右側にある手前の扉を開けて中へと入って行った。


 リアに続いてルース達もそこへ入れば、そこは広く縦長の部屋で右手の壁には窓が2つ。入ってすぐのスペースにはソファーとテーブル、奥の窓の傍には6人掛けの長い食台が置かれていた。


 その奥のテーブルへと進んだリアは、手にしていたバスケットを置き、振り返ってルース達を呼び寄せるのだった。


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