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【283】足音と勘違い

「よぅあんちゃん達。今日も泊まっていくかい?」


 ルース達が空き地に着けば、6人程がもう戻って来て焚火に火を入れていた。

「オウリエさん、今日も良いですか?」

 声を掛けてくれたオウリエにルースが聞けば、笑顔で頷いてくれた。


「今日は俺達が食事を作るから、食べてくれ」

 オウリエの隣で鍋を持ったセロが、笑みを浮かべて言う。


「そんじゃ有難く」


 そんなお誘いに、フェルはつかつかと空き地の中へと歩いて行く。それを見たルース達3人は顔を見合わせ、笑みを浮かべてフェルの後をついて行った。


「と言っても、大したものは作れねえからな。店でもらってきた端切れ野菜のスープだ」

 ハハッと笑ってオウリエは言う。

 そうしてオウリエとセロが料理を作っている間、ルース達は彼らの傍に腰を下ろし他愛もない話をしていた。



「そうかい、勇者の儀に出るんだな。そりゃすげえ」

「でもまだ申し込んだだけで、参加できるかは分からないようだった」

 キースが肩を竦めてそう話す。

「は?なんだそれは。申し込んだらみんな、出られるんじゃないのかい?」

 そう言った20代位の家具職人だというマルトロも、この町で働くために出てきてここに辿り着いた一人だ。


「まだ分からないんですけど、勇者の儀の前に一度来てくれって言われました。その時にもしかして、ふるい落としがあるのかも知れないなって思ってます」

「へえ~。案外面倒なんだなぁ…」

 ここにいる彼らは、勇者の儀があるからと王都に来たわけではない為、それについては詳しくはなく、それに余り興味もないのだろう。


 そこへ、続々と他の者達が帰ってくる。空がすっかり暗くなった頃には、昨日いた面子が勢ぞろいしていた。

 その中で昨日傷を作っていたコスギが、今日も新たに傷を作っていると知る。


「ほらコスギ、じっとしてて」

「いてて」

 コスギの前にスオウが座り、ルースが昨日渡した薬を顔に塗りこんでいた。


「コスギは喧嘩っ早いのか?」

 そんな様子に、フェルが困った者を見るように呆れた顔をする。

「違うってーの。いてっ」

 フェルに言われたコスギが、ふてくされた様子で言い返した。


「今日も、傷が増えているようですが…」

 ルースも傷を増やしたコスギに視線を向けた。

「チッ」

 舌打ちするコスギに、スオウが薬を押し付ける。

「いてえってば」

「もぅ、コスギは口が悪過ぎ。だから毎日殴られるんだよ?」

 2人のやり取りで、ルースは仕事先の事かと理解する。


「俺は何もしてねーだろ。勝手にあいつが生意気だって手を上げやがる。悪いのはあいつだ。俺が説教される覚えはねえ」

「もう…」


「仕事先で…なのですね?」

 と、ルースはそっと口を挟む。


「そうなんだよ…。荷運びの仕事は、どうしてもその人の体格や体力が影響してくるから、それに文句を言う人もいて…。それに口答えするコスギも悪いんだけど、僕たちは日雇いの人間だからね」

 苦笑するスオウに、ルース達は顔を見合わせる。


「おーい、出来たぞ!」

 そこへセロが皆に声を掛けた。

「大したもんでもないが、量は作ったぞ。沢山食べてくれ」

 ルース達が話している間、オウリエとセロは自前の調理器具を使って大量のスープを作ってくれたらしい。

「端切れ肉も入ってるから、腹も膨れるはずだ」

 名前のある料理ではないがと笑うセロに、皆は有難く料理をもらって食べ始めた。


 スープとは言うものの、ひたひたの水分ではなく主役はイモと小麦粉を練って一口大にした物で、それにモウの乳などで味を調え、肉と端切れ野菜で色彩を添えた煮込み料理だった。


「うまー!」

 フェルは一口含んで感想をもらす。


「はは。口に合って良かったよ」

「美味しいです。色々な歯ごたえがあって、食感も楽しいですね」

「美味いな…流石調理人だ」

「おいひ~」

 デュオは口に入れた物をホクホクしながら笑みを作った。


 こうして昨日のお礼だと2人が作ってくれた夕食をごちそうになりながら、皆を見回してルースはおもむろに問いかける。


「皆さんに昨日うかがったところ“生産職”だと聞きましたが、生産ギルドにはもう行かれたのですか?」

 そのルースの声に皆は料理から顔を上げ、一斉にルースへと視線を向けた。


「生産ギルド?」

 暫しの沈黙の後、誰かが言う。

「ええ。生産ギルドです」

 ルースが肯定すれば、皆が口を閉ざした。


「ちょっと待って。誰か来たよ」

 その沈黙の中で足音に気付いたデュオが、その方向に視線を向けた。


 デュオの言葉で皆も固まったように動きを止めれば、サクッサクッと土を踏む足音が皆の耳に届いて、小路から一人の女性が出てきた。

 その姿を見た皆から、警戒の気配が消える。


「なんだぁリアさんか。ビックリしたよ」

 セロが親し気に口を開く。


「おや?今日は人数が多いんだねぇ。足りるかしら」

 リアと呼ばれた女性が、そう言って小首を傾げた。


 その人物は30代位で、長い赤毛を片方から三つ編みにしてたらし、少し吊り上がった目の左目元に小さな黒子がある。着ている物は簡素だが、品のある女性に見えた。その上、見た目は妖艶と言える程の美人である。


 突然現れた女性にルース達が困惑していれば、その女性は皆の所を回り始め、手にしていたバスケットからパンを配り始めた。

 そしてルースの所へも来て、パンを差し出す。


「私は“リア”、薬屋だよ。時々ここの元気な者達に、差し入れを持ってきているのさ」


 口角を上げてそう言ったリアに、ルース達は一瞬動きを止めた。余りこの様な女性に免疫が無い為、デュオは顔を赤くしてしまった。


「リアさん、揶揄ってやるなよ。ククク」

 リアの後ろでオウリエが笑っているのを見て我に返ったルースが、差し出されたパンを受け取って礼を言う。

「ありがとうございます。私達は冒険者をしているパーティで、私はルースと申します」

 ルースの返答に、リアが眉を上げる。

「おや?冒険者がどうしてこんなところに。珍しいねぇ」


 そう言ってルースの前からフェル達の方へと移動していき、フェル達もパンを受け取り名を名乗っていった。


「ふぅ、どうやら足りたようだね。今度からもう少し持ってこようかしら…」

 皆を見回して言うリアに、セロが声を掛ける。

「リアさんも食ってきなよ。今日は俺とオウリエが作ったんだ」

「あらあら。それは頂かないと勿体ないね」


 ニッコリと笑ったリアは滑るようにセロに近付き、カップに入ったスープを受け取ってその香りを吸い込んだ。

「今日も美味しそうね。私の所にも毎日配達に着て欲しい位よ」

「ハハハ。リアさんの所なら、いつでも持ってくぜ?」

 オウリエはリアに言って、ウインクを送った。


 そうして和やかな雰囲気になったところで、リアがルース達に視線を向ける。

「貴方達は、何故ここに?」

 ルースはその視線を受け、リアを見つめ返す。

「私達は宿の事で少し事情がありまして。それに今日はここにいる皆さんに、お聞きしたい事もありましたので」


「…なんだい聞きたい事とは…?」


 リアは先程までの緩い雰囲気ではなく、ピリリとした雰囲気を纏ってルースに聞く。その一瞬の変わりようは、ルースがヘタな事を言えば、この人に刺されるのではないかと錯覚する程だった。そして慎重に口を開く。


「ここにいる皆さんは生産職だとお聞きしていたのですが、なぜ商業ギルドに登録をされようとしているのかと思いまして…」


 ルースの質問内容に驚いた顔をしたリアは、気配を戻し皆の顔を見渡した。

「そうなのかい?」

 リアの質問には、皆が困惑の表情を浮かべた。


「いや…生産者も商業ギルドに登録するんだって聞いた…」

「誰からだい?」

 リアの口調は静かだが、有無を言わせぬ雰囲気に変わる。

「肉屋のギルじいさん…」

 奥にいた男性が、リアの異様な気配に怯えたように話した。


「え?だって商売がらみは、みんな商業ギルドに登録するんだろう?」

 と、そんな言葉も聞こえてくる。


「わたしは薬屋だね。薬屋は薬師ギルドへ登録する」

「薬師ギルド?」

「そんなのもあるんだね…」

 リアの話に、フェルとデュが小声で話している。


「なんだい皆、もしかして登録ギルドを間違えてるんじゃないのかい?生産職は“生産ギルド”、商人は“商業ギルド”、冒険者は“冒険者ギルド”だろう?」

 どうやら、皆はリアともそこまでの話はしていなかった様で、リアは呆れたように説明した。


「それで今日私達が聞いた話では、生産ギルドへ登録するだけではお金も掛からないのだと…。ですので、皆さんの本業を探し易くなるかも知れないと、お知らせをしたかったのです」


 ルースが最後まで言い終わらないうちに、ここにいる者達の周りが暗くなったように見える程、皆が落ち込んでいる事が分かる。

「なんだ…タダなのか…」


 ポツリと誰かが言った言葉に、リアとルース達は顔を見合わせ苦笑するのであった。


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