【282】ため息の一日
皆に心の内を話しほうっと息を吐いたキースは、思いのほか清々しい表情をしていた。
「何があっても私達はキースの味方ですので、何なりとご相談下さい」
ルースは、少し演技掛かった仕草でキースに頭を下げた。
「うん。僕も協力する」
「おう。少しでも気になる事があったら、言ってくれよキース」
3人がそう言ってキースへと笑みを向ければ、キースは一瞬あっけにとられるも、照れたように笑う。
「ああよろしくな、みんな」
話も済んで、ルース達は再び冒険者ギルドへ戻る為、木漏れ日がさす広場を後にするのだった。
そうしてクエストの終了を伝えに冒険者ギルドへ戻ったころには、既に昼も過ぎた時間時となっていた。
開いている受付にクエスト完了の報告をすれば、朝の受付とは違う職員だからか、クエストの情報とルース達を何度も見返している。
「本日は…F級のクエストだったのですか…?」
職員は、驚いて目を見開いている。
「はい。クエストも余り残っていませんでしたので、今日はそのクエストを受けさせていただきました」
ルースが律義に返事をすれば、職員は申し訳なさそうな表情になった。
「そうでしたか…。それは余計な事をお聞きして、失礼いたしました」
そう言って謝る職員が別に悪い訳ではないと、ルースは首を振って否定した。
「ギルドも、人が多くなって大変ですね」
とルースが言い添えれば、職員の苦笑が返ってきたのだった。
王都に集まってくる者はまだ増えているのだろう。
そう考えてルース達は報告を済ませると、この後宿を当たってみようという事になった。
ただし食事の後で、だ。
そうしてギルドの奥で食事を摂っていると、見た事のある顔が隣の席に座った。
「よっこいせっと。おや?君達も今頃昼飯かい?」
そう声を掛けてきたのは、王都に来る馬車の中で一緒だったテイルとアリオンだった。
「お?また会ったな」
フェルがニカッと笑って2人を見る。
2人も昼食を食べに来たらしいと、手元の料理で分かった。
「お二人は、宿が見付かったんですか?」
デュオがそんな聞き方をした為か、テイルとアリオンは顔を見合わせた。
「ああ。俺達は丁度2人部屋が空いている所に泊まれた。君達はどうだったんだ?」
「野宿した…」
フェルの力ない声で。テイルとアリオンは苦笑する。
こうして食事をしつつ、隣の席の2人と情報交換となった。
「そっか…宿も一杯になって来てるみたいだしなぁ。2人以上となると、キツイんだなぁ」
「はい。ですが、まだ全ての宿を確認した訳ではありませんので、今日もこれから当たってみようと思っています」
ルースがそう話せば、「頑張れよ」と、2人は笑みを返してくれる。
「ところで、君達も勇者の儀に参加すると言っていたけど、もう申請はしたのかい?」
「はい。今朝済ませてきたんです」
アリオンの問いかけに、デュオは頷いて答えた。
「混んでたよなぁ…まさかあんなに混んでいるとは思わないじゃん…」
テイルは、うんざりした様に肩を落とす。
「そんなに混んでいましたか?」
キースが小首を傾げて聞けば、首を振り落とさんばかりにテイルが首を振る。
「俺達は役場が開く時間になってから向かったんだ。そうしたら役場から通り2本分位並んでた。それ見て止めようかと思った位だよ」
アリオンがそう言って、食事の手を止めて肩を落とした。
「そんなに並んでたんですね…」
「そう。そんでこんな時間になったんだよ」
キースに視線を向け食事を再開したアリオンが、フォークを持って肩を窄める。
「そういう君達は、すぐ終わったのか?」
「はい。私達は役場が開く前に並んだので、すぐに終わりました。その後クエストを一つ受けて今の時間です」
ルースが今日の行動を伝えれば、アリオンがテイルを睨め付ける。
「やっぱりな…だから早く行こうって言ったんだ」
「そんなこと言っても、疲れて眠かったんだから仕方ないじゃんか…」
2人で会話を始めた為、ルース達は食事に集中する。
そしてルース達は食事を終わらせ、トレーを持って席を立った。
「それじゃ、俺達は行くな。宿も探さないとだし」
「おう、またな」
互いに軽く挨拶をして彼らと別れたルース達は、そのまま冒険者ギルドを後にするのだった。
「ふぅ。やっと人心地ついた…」
冒険者ギルドを出たフェルは、食事を摂り満足そうにお腹をさする。
「今日も大盛だったね?」
デュオがクスリと笑う。
「当たり前だ。俺は育ちざかりなんだからな」
『いつまで育ちざかりなのだ、お前は…』
シュバルツの突っ込みにニヤリとした笑みを向けたフェルは、
「満腹になるまでだ」
と、良くわからない持論を展開していたのだった。
取り敢えずは西側にある宿屋を、一軒ずつ尋ねてみる。
大小の宿屋があるが、やはり4人で泊まるには厳しいという。
そうして西から東へと移動しつつ宿を探していくも、やはり1件に3人までが限界で、厳しい現実を目の辺りにする事となった。
「もっと早く王都に来れば良かったか…」
「ですがフェル、そうなると町の安宿と言えど費用が嵩みます。今でさえ一か月以上、まだ日にちがありますから。クエストも少ない今、そう長期に泊まるのは早計と言えます」
「他の奴らはどうしてるんだ…」
「まあ、そういう者達がクエストの争奪戦を繰り広げているんだろうな」
フェルの疑問には、キースが苦笑して答えてくれた。
「そうかもね…皆大変だ」
「デュオ、他人事のように言ってるけど、俺達も、だぞ?」
フェルがげんなりした様にため息を吐いた。
こうなれば、宿を諦めるか別々に泊まるかという所へ戻る事になる。まだ2人ずつであれば先程回った宿の半数ほどは泊まれるため、焦る必要はないが。
「あっそうだ。僕ポーションが無くなってるんだった」
歩きながらデュオが、ハッとした様に声をだした。
今日のクエストは怪我をするようなものでもなかったが、万が一という事もあり、ポーション類は常に各自が必ず持つ事にしている。それにルースも昨日、傷薬を渡してしまった為、手持ちがなくなっていた。
「私も、傷薬を買わなければいけませんでした…」
「それじゃ、これから薬屋にでも言ってみるか。まだあそこには皆、戻ってきてないだろうし」
そろそろ夕方の時間にはなるが、まだ皆は働いている時間だろう。
「そうですね。それでは薬屋を…」
といって、ルースは足を止めた。
「ん?どうしたルース」
フェルがルースに声を掛ければ、ルースは眉尻を下げて言う。
「私事で恐縮ですが、私の養母の知り合いがこの町にいると聞いていた事を思い出しました。その方は薬師をされているとの事ですので、出来ればその方のお店に行ってみたいと思いまして…」
「何だ、そんな事か。おう、いいぞ?」
「うん。別にどこのお店でも大丈夫だから、ルースの行きたいところで良いよ?」
「ルースが行きたい店があるなら、探してみよう」
3人の了承を得て、ルースはシンディの師匠という人の店を探すことにした。
「それって誰だ?」
「確か“グローリア・アヴニール”さんという方です」
「ではその名前で、看板が出てるかもしれないな」
フェルの質問に答えたルースの話に、キースは周辺に視線を向けながら言う。
「そうかもな。グローリア・アヴァンチュール…?」
「フェル、違い過ぎだよ…フフフ」
「しかも長くなってるな」
デュオがクスクス笑っている。
『グローリア・アヴニールだ』
シュバルツでさえ一度で覚えた名前に、フェルは口を尖らせた。
「周りの人の声で聞こえなかったんだよ…」
何故か小声で言い訳をするフェルに、3人は声を立てて笑った。
そんな会話をしながら商業地区の中を暫く歩くも、その店は歩いてきた通りに面していないのか、なかなか見つからなかった。
「ないですね…」
結構な時間を歩いてしまった為、空は少し薄暗くなってきている。
「すみません。先に他の薬屋にでもいけば良かったですね」
「僕は急いでないから、今日でなくても良いよ?」
ルースが皆に謝れば、デュオは首を振って大丈夫という。
「それじゃぁ今日は、ここまでだな。また探してみよう」
「結構歩いたな」
昼食を摂ってからルース達は、宿を探す事もあってずっと歩き続けており、休憩も取っていないので少々疲れも出てきている。体力的にはまだ問題はないが、気力的に…という意味だ。
その為ルース達はここで切り上げ、昨日泊まった場所へと向かって行くのだった。