【281】揺蕩う王都
キースが話をしたいと言い、ルース達は居住区にある広場に立ち寄った。
そこは日中の為か人気もなく、陽の光を受けた明るく静かな一画となっている。
その片隅にあるベンチへ、キースを挟んで4人は腰を下ろす。
しかし皆が座ってもキースは自分の手元を見ており、時々乾いた風がキースの黒髪を揺らしているだけだ。話があるといったものの、キースがすぐに話し出す気配はない。
ルース達は急かす事はせずに暫しの間キースから視線を外していれば、ゆっくりとしたキースの声が聞こえてきた。
「オレは…オレの本当の名前は、“キリウス・ゼクヴィー”というらしい」
いきなり名前を言ったキースに、皆は首を傾ける。以前キースのステータス確認をした時に、“キリウス”という名前は既に皆に知られている事でもある。
それで?というようにフェルが眉を上げるも、ルースは何かが引っ掛かり、キースの次の言葉を待った。
「ルカルトにいた父さんは、養父だったと話していたと思う。その父さんが亡くなる間際、オレの本当の名前を教えてくれたんだ」
キースは拳を握り締め、目を閉じる。
「今の名前が偽名って訳でも無いんだし、キースがわざわざそれを説明してくれなくても、僕たちは気にならないよ?」
「おう」
デュオとフェルはそんなキースに、気にするなと笑みを見せる。
「言ってなかったのはそこじゃない…。いや、全てを言っていなかったとも言えるか」
歯切れの悪いキースに、フェルとデュオは顔を見合わせた。
「オレは多分、さっきの人探しを発注した“ゼクヴィー”という貴族の…“庶子”だ」
ルースはそこでやっと違和感に気付いた。
確かにキースが言った名前は、スミスの所で聞いた貴族の名前と同じもの。
とすれば、その探している家族というのはキースの事であろうと思い至った。
「は?…庶子ってなんだ?」
フェルはそこからの説明を求めた。
「庶子とは、“その家の本妻以外が生んだ子供”という事だ。認知についてはわからない…オレは不要な子供だったからな」
ズシリと重くなる話に、フェルでさえ口を閉じた。
フェルもデュオも困惑した様な表情で、言葉に詰まっている。
「以前、処分されそうになっていたところをお父様に助けられたと…」
「ああ。養父は元々、王都のその家で傭兵をしていたと言っていた。雇い主が養父へオレを渡し、捨ててこいと命じたらしい」
キースの話に、ルースでさえ驚きを隠せずに目を見開く。
自分の子供を従者に捨てに行かせたという事に、衝撃を受けたのだ。
「言われた養父は、困り果てたらしい。とは言え、雇い主の言葉には逆らえなかったのだろう。オレを連れて王都を出て、長い旅をしたのだと」
キースは握っていた手を開き、手の平を見つめる。
「そうして長い旅路で行きついた先がルカルト、そこで父さんはオレを育てることにした様だった。オレにはその父さんとの記憶しかないから、ずっとその事は知らずにいたんだ…」
そう言ったキースは、肩にかかるカバンから小さな行李を一つ取り出し、そして中から一枚のハンカチを手に取った。
四つ折りに畳まれた布は、少し劣化した様にくすんだ色をした白色で、そこには黄色で模様と名前が刺繍されている。
ルースはキースの手元を覗き込む。
少し震えているキースの手の上にある布には“キリウス”と書かれ、その上には丸い円の中に“麦穂と一羽の鳥”が描かれていた。
「父さんは、この黒い布にくるまれたオレと少しの手荷物を渡され、送り出されたようだった。これはその時の物らしい」
「確かに“キリウス”って書いてあるね」
「ああ、その名前は誰が付けたのかは知らないが、オレにこのハンカチを持たせてくれた者ではないかと思っている」
キースはそう言って、ハンカチを握りしめた。
「そんな子供を、今更探しているとはどういう事だっ」
キースは誰かへと問いかけるではなく、独り言ちるように言葉を吐き捨てる。
「確かに“捨ててこい”と言って手放した子供を、今更探しているのはおかしいですね」
「だよな。そもそもその子供が生きてるかも知らないんだろうし、何だってんだよ…」
「その人の考えは、全く分かんないね」
4人は暫し、黙り込む。
その時、静かにここの場を見守っていたシュバルツが念話を挟んで来た。
『我が見に行こう。目的を知らねば、動きようもないからな』
「確かに。もし王都にいる事がバレちゃったら、探しに来そうだもんね」
「その目的が分かれば、キースもこの先を考える事も出来るでしょう」
「何言ってるんだルース。この先そいつと関わる事なんてない。何があろうとも、だ」
キースはルースに目を細めて言う。
この先の事は誰にもわからないが、ルースはそんなキースに微笑みを返したのだった。
そうしてシュバルツを送り出したルース達は、そのまま広場で待機していた。
「なあ…って事は、さっきの魔導具は完成してたって事だろう?」
フェルは驚いた様に言ってキースを見る。
「まぁ、そういう事だろうな」
歯切れの悪いキースに、ルースは頷いて言葉を引き継ぐ。
「スミスさんが休憩する前、光が定まらなかったと言っていたものは、もしかすると、キースが裏庭で片付け作業をしていたからかも知れませんね」
ルース達は裏庭で庭と倉庫を行ったり来たりしていた為、その光が動いていたのではないかとルースは推測したのだった。
「そうかもね」
とデュオも苦笑する。
「って事はさぁ、あの人は腕の良い職人なんだな」
「そうですね。人手が足りていればもっと色々と作業ができて、有名な魔導具師になるかも知れませんね」
何をするにしても一人では限界がある。
特に職人は見習いを雇う事で、雑用を任せたり、その見習いからも刺激を受ける事もあるのではないかと思うルースだ。
「手が足りてないのはどこでも一緒だね。商人も職人も…」
「そうだな。あそこで寝泊まりしてる人達も本職の仕事に就ければ、どちらも丸く収まるんだろうがな…」
「でもさ、さっきスミスさんは生産ギルドに入るのに、お金は掛かんないって言ってなかった?昨日聞いた話と違うんだけど…」
と、デュオはキースの話で思い出したのか、コテリと首を傾げた。
「昨日の話は商業ギルドで、今日の話は生産ギルドだ。商業ギルドは色々な商品を扱う上で、それを盗んだりしないという意味でも保証金がいるんだろう。対して生産ギルドでは、入会するだけでは特に問題はないらしい。工房を開く時の信用という意味では、保証金がいると言っていたが」
キースがそこまで説明すれば、少しの違和感に気付いてデュオが眉をひそめる。
「でも昨日の人達は…」
「ええ。本来の職業は“生産ギルド”の方々ばかりでしたね」
そこで、大きな身振りでフェルが身を乗り出した。
「じゃあ、みんな生産ギルドに登録すれば、見習いとしてでも本業が出来るって事じゃないのか?」
「そうなるでしょう」
「始めから皆が勘違いしていたって事か…」
キースが言えば、デュオは口を尖らせた。
「それだって、皆わからなかったんだから勘違いもするよ。僕もそう思ってたし」
4人は顔を見合わせて苦笑した。
もしかするとあの空き地にいる人達は、これで少なからず住み込みの仕事が見つかるかもしれない。
「じゃあ今日の夜もあそこに行くんだな?」
「そうですね。皆と色々話してみた方が良いでしょうから」
まだ詳細は分からず不安は残るものの、4人は笑顔を浮かべて頷きあう。
と、そこへシュバルツが戻って来て、フェルの肩に留まった。
「お帰りシュバルツ。どうだったんだ?」
フェルが巾着から菓子を取り出しシュバルツの前に出せば、ぱくりと食いついたシュバルツは今までと変わらないフギンに見える。
『この町の南端に、キースと似た魔力を持った者の家があった。周りの家に比べて小さいが、立派な家だったぞ』
シュバルツは、その家の様子から話してくれた。
「それで?」
フェルは、早く本題に入れとばかりに催促する。
『そう急くな。キースと似た魔力を持つ者は、家の中にいた。その者はどうやら最近、息子を亡くしたらしい』
「は?」
「ええ?どういう事?」
フェルとデュオがシュバルツに問う。
『家は喪に服しているらしく、女が黒い服を着てうなだれていた。奉公人らの話を聴けば、先月一人息子が病で急逝したらしい』
「そうであるならば、キースを探しているのはそのせいでしょうね…」
ルースはシュバルツが伝えてくれた話で、考え込むように口元に手を添えた。
「ん?どういう事だ?ルース」
「…跡取りがいなくなったのか…」
フェルがキョトンと首を傾げれば、そこへキースが腑に落ちたように呟いた。
「あぁそういう事か」
フェルも、キースの言葉で何となくでも理解したらしい。
貴族は家族に爵位を継がせて代々家を守っていくものだと、ルースは書物で読んだ事がある。
そうなると一人息子がいなくなった今、家を継ぐ者がいなくなってしまった為、万が一生きている可能性のあるキースを探そうとしているのかと思い至った。
「キースは、どうしたいですか?」
ここでキースが名乗り出れば、出自はどうあれゼクヴィー家の一員として迎えられるのだろう。
そう思いルースがキースへと問えば、キースは口角を上げて皆を見る。
「当然、オレには関係のない事だな」