【280】魔導具の光
『これらは魔導具か…』
シュバルツが庭に散らばる箱の上に降り、中を覗いている。
その声で皆も近くの箱に近付いて、中を覗いた。
「こっちは何かの塊?」
「こちらは魔物の皮でしょうか」
ルース達も素材であれば何となく理解は出来る。
「魔導具師って色々使うんだね」
と、デュオも感嘆の声をあげる。
「“失敗”と書いてある物は、何かの形になってるな」
何の装置かはわからないが、失敗と書かれている物は大きめの箱に入っている。
「そいじゃ、片付けるか」
と、フェルが大きな箱を持とうとして止まった。
「おもっ」
「それ、重いんだね…」
デュオは小さな素材の箱を持ち上げ、倉庫へと歩いて行く。
「大きめの物は後回しにしよう。まずは小さい“素材”と書いてあるやつからだな」
キースも素材と書かれた箱を持ち上げ、フェルに言った。
「こんなの一人じゃ持てないのに、よくここまで運べたな…」
フェルは半ば感心した様に言って小さな箱に手を伸ばし、再び動きを止める。
「…これも重かった…」
先に素材と書いてある小さな箱を倉庫に入れていき、残りは2人掛で持って倉庫へと移動していった。
こうして庭の箱は、一時間ほどで回収し終わった。
4人でやれば造作もない事だが、一人でやるとなればげんなりする量かもしれない。
「終わりだよね?」
「終わりましたね」
そんな言葉を掛けていれば家の扉がカチャリと音を立て、そこからスミスが出てきた。
「ああ、流石に人手があると早いね。ありがとう。僕も休憩にするから、君達も入ってお茶でも飲んで行ってくれ」
スミスは皆を家の中に入れ、廊下の右側の扉を開いて入って行く。
そこは4人部屋程の広さで、窓にかかるカーテンから柔らかな光が溢れ室内を照らしている。
入口の正面には衝立が見え、部屋の中央にテーブル席が置かれている。壁際には本棚と何かの置物などが飾られた棚が並び、綺麗に保たれた居室であるとわかる。
それを見たルースが目を瞬かせれば、ルースを見たスミスが苦笑した。
「僕は散らかっているのが好きではないんだ、本来はね。でも庭に出した物まで手が回らなかった。こっちはギルドの人も来るから、物を置かないようにしてるんだよ」
ルースの疑問に気付いたスミスは、言い訳のように話した。
「取り敢えず座って」
スミスはそう言うと、衝立の奥へと入って行った。
ルース達はお言葉に甘え4つしかない席にそれぞれ座れば、少ししてスミスがトレーに乗せた湯気の立つポットをテーブルまで持ってくると、衝立の奥から椅子を持ってきて座り皆にお茶を入れてくれた。
「人手が足りないのなら、固定の人を雇わないんですか?」
キースは差し出されたお茶の礼を言ってから、首を傾けてスミスに聞く。
「募集はかけてるよ。見習いを受付中なんだけど、中々来てくれなくてね」
「商業ギルドに…ですか?」
ルースの問いには、スミスが首を振る。
「僕たち“魔導具師”は、生産ギルド。そっちに、だよ」
そんなギルドまであるのかと思うものの、言われてみれば、確かに色々なギルドがあるのかも知れないと思い至る。
「生産ギルドって、物を作る人が入るギルドですか?商業ギルドとは別なんですか?」
「そうだよ。僕たちが作る物は、普通は生産ギルドに卸すんだ。貴族から直接指名があれば別だけど、そこから商業ギルドに回したり、展示場で展示してもらって、人の手に渡っていくんだ。時々貴族から“こんな物はないか?”って話が回ってくるとギルドに貼りだしてあって、それが出来たら納品させてもらう事もある」
「へえ…クエストじゃなくて?」
フェルは冒険者ギルドのクエストと比較しているのか、そんな質問をする。
「普通のクエストとは少し違うかな。クエストは、受けてしまえば必ず納品しないとペナルティになるだろう?今言ったのは公募みたいなもので、出来たら提出するし出来なくても問題はないんだ」
「スミスさんのお仕事では、必ず“出来る”という事でもないのでしょうね。素材や技術などの色々な要素が合わさって、納品できれば…という事ですね?」
「そう。でもそれに挑戦していけば、新しい商品が生まれる事もあるんだ。もっとこうしたいと、実際に使いたい人の希望を聞いているからこそ、今まで新しい魔導具が生まれてきたんだよ。作り手はそんな人達を手助けするために、日々物を創っているんだ」
スミスの話に、皆は感心した様に耳を傾けている。
冒険者が獲ってくる素材も、一部は生産者が必要とするものもある。そうやって新しい物が生み出されているのだなと、ルースは一人納得して目を細めた。
「今は何を作ってるんですか?」
「フェル」
フェルが踏み込んだ事を聞いて、キースがそれを止める。
「ああ、大丈夫だよ。別に教えても問題ない物だから。今回も失敗したしね…」
スミスは苦笑しつつ「ちょっと待ってて」と部屋を出て行った。
そしてすぐに何かを手にして戻ってくる。
「今作ってるのはコレ」
スミスが見せてくれたのは、10cm位の四角い箱だった。
「これは探し人を見付ける為の魔導具として作ったんだけど、ちょっと失敗しちゃったみたいで、また一から作り直さないと…。理論は間違ってないはずなんだけどな…」
話していく内に段々と考え込んでしまったスミスの顔は真剣で、作業中の顔はこんな感じなのだろうなとルースはその眼差しを見つめていた。
「それはどうやって使うんですか?」
フェルが箱に視線を向け、スミスに聞く。
「…ん?ああ。使い方は、初めに探している人の血縁者の物をこの中にいれる。爪とか髪の毛とかがいいね。それとその人の名前を書いたもの」
そう話してスミスは箱の上部を開き、何かの小さな袋をそこに収めて蓋を閉めた。
「そして、このボタンを押す」
カチリと音がして箱から光が広がっていくが、多分視えているのはルースだけだろうと思われる。
「この中に魔石が入っていて、ボタンを押すと魔石から魔力が出るようになってる。そして中にいれた物の情報を読み取ってそれに近い人を探す、っていう道具なんだ。…ん?あれ?」
スミスは手元の箱から、光が一点を指している事に気付いて箱を叩く。
「光が出ていますね」
その光は魔力の光ではなく普通の光線のように可視できるもので、それが一本の細い筋となってキースを照らしている。
その光を胸に受けるキースは、困惑気味だ。
「どういう事だ?さっきまで光の先が定まらなかったのに…あれれ?」
「スミスさん、それは探し人の魔導具と仰っていましたが…」
「そうだよ。依頼主の家族を探す為の魔導具で、その人がいる先を示すはずなんだけど…おかしいな…」
光が当たり続けるキースは、訝し気にその箱を見つめて口を開く。
「その魔導具を発注した者は、貴族…ですか?」
「そうだよ。誘拐されたのかしらないけど、生き別れの家族を探したいからって、結構な報酬で公募してたから、僕もちょっと作ってみたくなってね…んん…回路に不具合でもあったかなぁ…」
キースの質問に答えつつ、スミスは箱を触り続けていた。
スミスの答えに、キースの気配が険しい物へと変わった事に気付き、ルースはキースの顔を見た。
そのキースは、睨みつけるようにして箱に視線を向けたままだ。
「ちなみに…といっても守秘義務があれば諦めますが、それを発注した方はどなたでしょうか?」
ルースがキースへと視線を向けたままスミスに問えば、キースはピクリと瞼を揺らした。
「ああ、別に秘密にしろと書いてなかったから大丈夫だ。これは“ゼクヴィー子爵”の出したものだよ」
「ゼクヴィー…」
ルース達はそれが誰だとは勿論分からないが、キースはスミスの言葉を反覆して目を閉じた。
「ん~やっぱり失敗だな」
と、光がキースに当たったまま動かない為スミスはボタンを押して起動を止めると、中の物を取り出し、箱をひっくり返したりして確認している。
「はぁ~。これも倉庫行きだな」
ガクリと肩を落とすスミスに、「頑張ってください」とデュオが声を掛ける。
「ありがとう…人手も足りないし進歩もないんじゃあなぁ…せめて人手位は欲しいよなぁ」
そう言ってやっと顔を上げたスミスは、ルース達に視線を向けて苦笑いする。
「スミスさん、その生産ギルドという所は、入会する為にはお金が掛かりますか?」
「いや、入会するだけなら金は掛からないよ。けど、工房を構える時は少しばかりお金を納めるんだ。保証金ってやつだね。だから職人見習いになるなら、ただって事だね」
君達もどうだい?とスミスは軽く冗談を言って笑う。
質問に丁寧に答えてくれたスミスに礼を言って、再び作業に戻るというスミスにクエスト完了のサインを頼んだ。
「助かったよ、ありがとう」
こうしてクエストを終えたルース達は、スミスに見送られて工房を後にしたのだった。
そして閑静な住宅街を歩き賑わう地区へと向かって行くも、少し歩いた所でキースが足を止めた。
止まったキースに気付き、皆も足を止めてキースを振り返る。
「皆にまだ言っていない事がある。聞いてくれるか?」
そう言ったキースは少し思いつめた様な表情で、皆を見つめていたのだった。