【28】迷コンビ
新しくE級と上書きされたカードを受け取ったフェルは、それを嬉しそうに眺めている。
2人は受付から離れ、クエストの掲示されている場所へと移動した。
まだこの早い時間の冒険者は少なく、貼り出されているクエストもさほど多くない。多分これからギルド職員が貼り出して行くのだろうが、F級のクエストはその中でも選べる位は残っていた。
駆け出しの冒険者でなくなった者達は、やはりそのランクのクエストを受けたがる為だろうと、ルースはF級の掲示物を見ながらそう思った。
「なぁ、E級のクエストが余りないな…」
ルースの隣で、フェルが掲示板を見ながらそう呟く。
「ええ。なので今日は、F級のクエストを受けようと思っています」
その言葉に、フェルが驚いた様にルースを見た。
「え?せっかくE級になったのに、F級のクエストを受けるのか?」
尤もなフェルの言葉ではあるが、ルースは一つ頷くだけだ。
「むう…」
それに納得がゆかないのか、フェルが何か言いたそうな顔をする。
「今日が私たちの初日という事もありますが、まずはクエストというものを理解する為に、安全な所…基本から始めたいと思っています」
この町のF級クエストは、町の人達からのクエストが大半であり、活動は町中で安全という事だ。
「それにこの町を知る為にも、町中で活動をした方が良いでしょう。町の様子や人々の雰囲気など、私達はこれからこの町の事を、学んでゆかねばなりません」
そう言われてしまうとフェルも、そんなものかと思い始める。
「それに一番の理由は、F級のクエストを受ける人が少ないのか、まだこんなに困っている人たちがいる、という事です。それを手伝ってあげた方が町の人も満足しますし、私達も良い経験となるでしょう」
フェルは、ルースの言葉を確認するように、F級のクエストを見る。イモの皮むきや在庫の数を数える等、町人が手伝って欲しい細々したクエストが貼ってあった。
「これを見る限り、冒険者は“何でも屋“ですね。金額こそ少ないですが、1日に何件かを受ければ、収入の問題も解消されます」
そう言い切るルースに、なるほどなとフェルも頷く。
冒険者登録をすれば、いきなり魔物と戦うのかと考えていたフェルだが、そもそもF級やE級には、魔物討伐クエストがないのだった。
「おう。それじゃ、ルースがクエストを選んでくれよ。俺はそれで構わないから」
フェルは、やはりルースは自分と考えているところが違うなと、なかば感心していた。ルースをリーダーにしておいて良かったと、パーティの構成にも満足する。
「では、これにしましょう…まとめて何枚か持って行っても良いのでしょうか…」
ルースは独り言ちて、クエストを手に取っている。
フェルにもその声は聞こえていたが、自分もわからないので、聞こえなかった事にしたのだった。
ルースは3件のクエストを手に取ると、フェルを促して受付へと戻る。
受付は3ケ所で、それぞれ職員が立っている。しかしルースとフェルは、やはり見知ったハーディーの下へと歩いていく。
「すみません。クエスト申請は、一度に複数でも大丈夫ですか?」
ルースは、手に持ったクエストをハーディーに見せながら、そう問いかける。
「ええ。ただし、期限があるものはその期間中に済ませないと、ペナルティとなります。ペナルティは、罰金だったり活動休止になったりといった物です。でも今お持ちのクエストは、全て期限の設定がないので、一度に複数を受けていただいても大丈夫ですよ」
ハーディーの説明に、2人はルースの持つクエストを確認する。確かに“いつまで“と書いていないので、もし今日中に終わらせることが出来ずとも、翌日に持ち越せるという事なのだろう。
2人はそれに納得して頷くと、3件のクエストをハーディーに出す。
「こちらをお願いします」
「はい。ではカードをご提示ください」
そう言ってハーディーは、手際よく3件のクエストに2人の情報を入れていく。
「手続きは終わりました。では、頑張ってきてくださいね」
にっこりと笑みを作ったハーディーに見送られ、2人はそのままギルドの扉をくぐり、朝日の昇る町へと出発していった。
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冒険者ギルドを出た2人は、今しがたハーディーに聞いておいたクエストの場所に向かって歩き出す。
そうやって歩き出せば、道の方々からやってくる冒険者らしき人達とすれ違う。少し早めにギルドへ行った2人だったので、これからの時間に受付が混みだすのだろうと、ルースは心に留め置いたのだった。
「そういえば、フェル。一つ聞きたいことがあります」
町中を歩きながら、ルースがフェルに声を掛ける。
「ん?何だ?」
「冒険者登録の事ですが、フェルは“フェルゼン“で登録したのですよね?」
ルースがそう言いつつフェルの顔を覗けば、“しまった“とフェルの顔が言っている。
「私は“秘密“と聞いていたのですが、秘密でも何でもなくなりましたね」
にっこりと笑みを浮かべたルースがそう言ってフェルを見ていれば、ガクリと肩を落としたフェルがボソリと呟いた。
「すっかり忘れてた…いつものくせで、そのままの名前を書いたんだった…。本当は“フェル“で登録しようと考えてたんだけど、あの時は頭が真っ白で、手が勝手にそう書いちゃったんだ」
その話を聞く限り、うっかりだったという事の様だ。
冒険者登録をする際、確かに本名で登録をしなくても確かめる事はできない為、渾名でも偽名でも大丈夫だとは思うが、ルースはそもそも後からシンディにつけてもらった名前な訳で、自分も偽名なのかと疑問に思うも、ルースには名を偽っているという認識はなく、結果、それはどうでも良い事なのだとそこへ落ち着く。
ルースの問いから一気に気落ちしたフェルだったが、それはもう仕方がない事だ。今更名前を変えてくれとギルドに申し出たところで、大変な手続きとなる事は安易に想像がつく。
「まあ別に、他の冒険者にそのカードを見せる事もまずないでしょうし、私が“フェル“と呼んでいれば、皆もそう呼んでくれますよ」
過ぎてしまった事をいつまでも気にされては、これから行うクエストにも支障が出るだろうと、ルースは意識を切り替えさせるために、一応フォローを入れておく。
だが、
「私が爺臭くてフェルはうっかりさんの、迷コンビですね」
と最後の余計な一言に、復活しかけたフェルがガクリと肩を落とした。
ルースは案外、根に持つ方かもしれない。
そうこうしている間に、何とか1件目の目的地へ着いたようだ。
ここは町の中心からは少し離れた住宅街で、大きな家はないが寂れた様子もない一画だった。
「ここのようですね」
ルースとフェルは、赤い屋根の家を見る。家の前には低い柵があり、途中の途切れた所から不揃いの平たい石が並べられ、扉の前まで続いているところを見ると、ここが入口という事だろう。
2人はそこから扉の前まで進み、ノックする。
コンコン
「すみません。冒険者ギルドのクエストで伺いました」
ルースが声を張って呼びかければ、「はーい」と返事が聞こえて扉が開いた。
出てきたのは50代位の女性で、資料によれば“エミリア・キルズ“という人であるはずだ。
「こちらはキルズさんのお宅でしょうか」
ルースはまず、そう確認する。
「そうよ。来てくれて嬉しいわ」
と緑の髪を揺らしながら、その人物は笑顔を見せた。
「私達は“月光の雫“というパーティで、私がルース、彼はフェルと申します」
そう言ったルースとフェルが頭を下げた。
「私はエミリアよ。クエストを出したはいいけど、誰も来てくれないかと思い始めていた所だったの。受けてくれてありがとう」
そう言ってホッとした様に笑みをこぼす。
「それで本日は、何をすればよろしいでしょうか?」
ルースがそう聞いたのは、クエストの内容に具体的な指示がなかった為だ。このクエストは、家事の手伝いという内容だったので、これから指示をあおぐ事になる。
「そうだったわね、詳細は書かなかったのよね。一番は薪割りなの。いつもは私の弟がやってくれているのだけど、先日ギックリ腰になっちゃってね…だから弟がやってくれていた事を、今日はお願いするつもりなの」
ドジよねぇ、とエミリアが苦笑する。
「まぁ、仕事中の事だったみたいだし仕方がないんだけど、そうなると私が困る訳よ」
「…では、初めは薪を作る場所に、ご案内いただけますか?」
「ああ、ごめんなさい。こんなところで話し込むところだったわね」
エミリアは扉を出ると、裏へと回り込むように歩いて行くので、2人もそれについていく。
そして裏庭らしき場所へ出ると、その片隅に40cm程の長さをした丸太が、こんもりと積んであるのが見えた。
「ではこれを薪用に割ってもらって、そこに積んで行ってくれるかしら」
「はい。わかりました。量はどれ位を?」
「手が届くところまで積み上げてくれれば大丈夫よ。それがなくなる頃には、弟の腰も治っていると思うしね」
そう言った量は、見たところ1時間もやれば出来そうな量だった。
「はい、承知しました」
「で、後は家の中なの…」
そう話すエミリアに、ルースはフェルを振り返る。
「フェル、薪割りをお願いできますか?」
「おう、任せてくれ」
ルースとフェルのやり取りに、エミリアが微笑みを向けると「じゃあ、ここはお願いね」とフェルに声を掛け、ルースを伴って、勝手口から家の中へと入っていったのだった。
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