【279】残り物のクエスト
裏口から出たルースは、立っていた職員に促されて表通りへと戻り、そこで皆が揃うのを待っていた。
勇者の儀へ参加を申請する者は多く、見ている間も入口には列が続いている。他の用事で来場する者の為にその参加者たちは一方通行で、帰りは他の出口へと流している様だ。
そうして10分程待ったところで、最後のキースが出てきた。
「皆も申し込んだんだろう?」
「一応ね」
「ああ」
「はい」
フェルの問いかけに、3人は肯定する。
「止めた人も居たみたいだね」
「そうみたいだな」
デュオとキースも、辞退していた者達に気が付いていた様だ。
「何で止めるんだ?参加するつもりだったんだろう?」
とフェルが口にする。
「やっぱりアレだよね?」
「ええ。初めに目にする内容で、考えを改める方もいるようですね」
「ああ、アレか…命を賭けられるか、みたいなやつだろう?そんなん、初めから分かってる事じゃないか」
フェルは当然だというが、今まで争いごとに無縁な人も雰囲気で申し込むつもりであったのだろう。そこに“命を賭して”と書かれていれば、躊躇するのもわからなくもない。
勇者という者は英雄とも呼べるもので、物語の世界では良く使われる言葉だろう。
自分もいつかそう呼ばれてみたいと思うのは、皆が一度は考える事だ。しかしその英雄になる為には危険が伴い、死と隣り合わせであると考えるものは少ないのだと思う。
物語に出てくる英雄は、決して死んだりはしないのだから。
しかし現実の勇者ともなれば命を無くすことも考えねばならならないし、命の保証はどこにもない。
「ノリで参加しようとする者も多いんだろう。まぁ気軽に参加してみようと思った者には、あの一文は考え直す良い機会だな。だがアレに向かって行く為には、文字通り命がけじゃないとそもそもが無理な話だしな」
とフェルの疑問に、キースが答える。
「考えが浅いんだな…」
フェルも元は田舎から出てきた少年であったが、ルースと冒険者として戦いの日々を送り、色々と逞しくなったようである。そしてフェルに“浅い”と言わせる者達には、苦笑するルースだった。
「それで、この後はどうしますか?」
まずは王都に来た目的をひとまず終了させた。
「次の召集は、2週間後だったな」
「はい、その様です」
「じゃあその間、クエストでも受けようよ」
「デュオ、クエストが残ってればな?」
フェルは、デュオが気軽に言った言葉に疑問を呈す。
フェルも薄々、クエストが無いかもしれないと感じている口ぶりである。
ルース達は冒険者ギルドへと戻りながら、そんな事を話していた。
こうして15分程あるいて再び冒険者ギルドへと入って行けば、まだ午前中ではあるものの、中にはもう余り人は残っておらず10人程がいる位だった。
そんな彼らは掲示板の前に集まり、残り少ないクエストが貼られた掲示板を見てため息を吐いている。
「やっぱり今日も残ってないな…」
「ああ。あとは魔石回収と、S級とF級位だな」
そんな会話が聞こえてきて、ルース達は顔を見合わせた。
フェルも“やっぱりな”と渋い顔をしている。
「そっか…ギルドの宿もない位だから、クエストも当然ないよね」
デュオもそこに気付き眉を下げる。
「F級…オレはやった事が無いが、どんなのがあるんだ?」
キースはつかつかと、残っているクエストを見に行き少しして戻ってくると、なぜか笑みを浮かべている。
「今日はF級にしてみないか?簡単そうだし」
そんなキースの言葉で、ルース達もキースが見ていたクエストを見に行った。
【依頼書:荷物整理(力仕事含む) 対象:F級から 報酬:1,000ルピル 依頼主:魔導具師・ポールナ・スミス】
「1,000ルピル…」
フェルはその報酬額に苦笑している。
ルースとフェルがそれ位のクエストを受けていたのは、もう随分と前の事だ。
「いいんじゃない?どうせこれ以外なさそうだし」
後はS級と、魔石回収のクエスト位なのだ。
「そうですね。たまには初心に帰るのも良いでしょう」
「じゃあ今日は、これにしよう」
思いのほか、キースが嬉しそうなのは意外だった。
フェルが何かを言う前に、キースはそれを剥がして受付に行ってしまった。
「あはははは…」
その様子にあっけにとられるフェルは、諦めて乾いた笑いを漏らしていた。
「懐かしいですね、フェル」
「…そうだな」
こうしてルース達は、残っていたF級クエストを受ける事になったのだった。
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「この辺りのようですね」
ルース達は、依頼主の住宅兼作業場であるらしい場所に来ていた。
ここは王都南側の居住地区で、レンガが敷かれた道の脇に小振りな家が並ぶ。
その道の両脇には所々に木が植えられており、民家の前には花を植えている所もあって、商業地区とは違い落ち着いた雰囲気の地区となっていた。
「へえ、こっちは静かだな」
『昼間は人が少ないのだろう』
フェルの肩に留まるシュバルツは、フェルの言葉に目を細める。
記憶が戻ってからのシュバルツはルース達と過ごす時間が増え、食事の催促をする事もなくなり、やはり根本的な何かが変わったのであろうとルースは思っている。
そのシュバルツはフェルの肩からフワリと跳び上がり、一軒の家の前にある柵に留まった。
『ここだろう』
「え?何で分かるんだ?俺でもわからないのに」
シュバルツの言葉に驚いたフェルが、目を見開く。
『ここの家から魔力が出ているからだ。だが半分は推測だ』
ルースはシュバルツの理由に納得する。
ルースも、何処かで魔力の気配がしているのを感じていたのだ。
「では、そのお宅へ行ってみましょう」
柵の間を通りレンガで作られた小径を辿れば、少し大きめの家の前に辿り着く。
扉の横には“スミス工房”と、表札が掲げられていた。
「ここですね」
ルースは振り返り皆に頷く。
「当たりだなシュバルツ」
フェルの肩に戻ったシュバルツは、フェルに褒められて胸を張った。
「それでは声を掛けてみましょう」
コンッコンッコンッ
「こんにちは。スミスさんはいらっしゃいますか?」
ルースが扉を叩けば少しして扉が開き、中から30代位の男性が顔を覗かせた。
「はい…。何か用ですか?」
4人で押しかけて来たからか、訝し気に眉をひそめた男性に、ルースはクエストを受けたと伝える。
「え?だけど、君達がF級?」
そう言って4人を見まわして、フェルの肩に留まるシュバルツに気付き目を見開いた。
「いいえ、F級ではありませんがスミスさんのクエストを受けました。私達では力不足でしょうか?」
スミスの反応に、自分達では駄目だったのかとルースは肩を落とした。
「いやいやいや、反対の意味だ。もっと頼りなさそうな人達がくると思ってたんで、ビックリしただけだよ。でもクエストの報酬は子供の小遣いくらいしか出せないんだけど、いいのかい?」
「はい。そこは確認して受けていますので、文句を言うつもりはありません」
互いに誤解がない事を確認すれば、スミスはホッとした様に微笑んだ。
「僕がポールナ・スミスで、仕事は魔導具師をしているんだ。今日はよろしく頼みます」
「申し遅れました。私達は冒険者“月光の雫”パーティで、私はルース、彼はフェル、そしてキースとデュオです。肩にいる彼はシュバルツと申します」
最後にシュバルツも紹介すれば、目を瞬かせたスミスがぎこちなく頷いた。
「へえ…魔物かな?という事は調教師がいるのかな?」
「いいえ、調教師はいません。彼は従わせている訳ではなく仲間です」
ルースが否定すれば、どこか考える風なスミス。
「まぁ良くわからないけど、危険ではないって事だね?」
「はい。彼は立場を弁えています。人を襲う事はありませんので、ご安心ください」
ルースがそう説明すれば、一つ頷いてスミスは家の中へと皆を案内した。
入口を抜ければ廊下が真っ直ぐに続き、その左右には一つずつ扉が並んでいる。そしてその先にある扉を開くと、裏庭に出たのか外の光が差し込んだ。
「早速で悪いけど、ここが今日の作業場だよ。この庭にある荷物を分類して、あっちの倉庫に入れて欲しいんだ。それぞれの箱に“素材”とか“失敗”とか書いてあるから、それを倉庫の中に分けて入れて欲しい」
倉庫へと向かいながら、散らばる大小の箱を横目に見る。
見えている庭の広さは15m四方だが、そこには沢山の箱が落ちている。
スミスがその端にある倉庫の引き戸を開け、倉庫の中に光が届く。
奥行は3m位で、左右には棚があって横幅は10m位といったところであろうか。倉庫としてはまずまずの容量がありそうで、棚はまだ半分以上の空間が残されており、左手の棚の側面には“素材”、右側には“失敗”と書かれていた。
「ここに外の物を入れて欲しいんだ。人手が無くて、自分だと庭に出すだけで終わってしまってね。気が付けばあんな事に…」
庭に散らばる物は、お世辞にも整頓されている様には見えなかった。
「じゃあ悪いけど、僕は作業に戻るからよろしくね」
スミスはルース達にこの場を頼むと伝え、一人家の中へと戻って行ったのだった。




