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【277】“旨い”の定義

 食事を摂っている間に皆の警戒が少しずつ薄れ、ここにいた者達は気軽に話をしてくれるようになった。


「俺は東部のルーランという町に近い村からきた。ここはまだ3か月位だが、もとは服飾の仕事をしていたんだ」

 20代位の男性は“モーリオ”と名乗ってそう話した。


「俺は北の町から来た。ミンガってんだが、小さな町でなぁ。調理師なもんで、王都にくればもっと色々学べると思ったんだが、現実はそううまくはいかねえなぁ」

 先程話をしてくれた男性は30代前半位で、名を“オウリエ”と言うらしい。

 その隣の男性も調理師で“セロ”と名乗り、東にある村から来たという。いつか2人で店を持ちてーなと笑っていた。


 そして顔に傷を作っていた男性は“コスギ”、小柄な男性は“スオウ”といって西にある小さな村から一緒に出てきたという。2人も“細工師”という職業(ジョブ)であるらしかった。


「細工師とは、何をするお仕事なのですか?」

 ルースは、存じ上げず申し訳ないのですがと眉を下げた。

「細工師自体も珍しいから、知らない人は多いと思いますよ?細工師は生産系と呼ばれる類で、彫刻の様な見た目を細工する事から、罠のような物を作る事も出来ます」

「俺らの村じゃ罠を作る位しか仕事がなかったら、都に来ればもっと仕事があるかと思ったんだが…」


 何の伝手もなく王都へやってきたという2人は、王都で色々な店に話を聞きに行ったが、生産系の仕事をしている者はギルドを介している為、個人的な知り合いは無く紹介ができないと言われたらしい。


「そうこうしている内にお金も心もとなくなって、今はここでお世話になっています」


 この2人も、やはり住む所で困ってしまったという事だった。

 商業ギルドに入るには初めに身元保証の為、いくばくかの金を納めなければならないらしく、それを知った頃には既に手持ちから払えなくなっていたという事だった。


「俺らは今、商店の荷運びをやらせてもらっている。その辺りだと職業(ジョブ)に関係なく雇ってもらえるからな」

「その店で、住み込みという事は出来ないのか?」

 コスギの話に、キースは問いかける。


 すると、奥にいた30代位の男性が口を挟んだ。

「商店は専属の従業員には部屋を貸すが、それももう殆どが一杯なんだと。今は忙しくなってきて人手は足らねーらしいが、勇者の儀とやらが終わっちまえば今よりも暇になる。そうなるとこれ以上専属で雇っても過剰な人手になるからな。俺達みたいなのは“つなぎ”であって、部屋までは貸してもらえないって事だな」


 彼らは今だけの手伝いであり、賃金は渡されるが、住む所は自分で確保しなければならないという。

 そして“今だけ”という“本業”ではない者は、その時再び職を失う事になるのだろう。


「逆に言やぁ今が忙しい時だからこそ、何とか食い繋いでいってるって感じだ。それが終わるまでに本業の仕事を見付けなきゃあ、まぁ村に帰るしかねえな…」

 と奥の男性が話を続けた。


 こうして話を聞いてみれば、皆本来の職業(ジョブ)は違うが、同じ所で足踏みをしている様だった。その為少しでも金を節約して、ギルドに登録する金を作っているところなのだろう。


「それで、君達はどうしてここに?」

 スオウが首を傾げ、近くに座っているフェルを見た。


「俺達は、宿が取れなくて彷徨ってたんだよ。そしたら何やら言い争っている様な声が聴こえて、見に来たんだ」

「こんな所で騒ぐからだな…」

「ですが、そのお陰で皆さんと知り合えましたので、私は良かったと思っていますよ?」

「確かに。うまいスープも付いてきたし、なぁ?」

 と調理師のオウリエが、皆の間に入って場を和ませてくれた。


「調理人に出すには、少々申し訳ない位だったがな…」

 キースは頭を掻きながら、そう言って苦笑した。

 まさかこの中に、料理の専門家である調理師がいるとは思ってもみなかったのだ。


「いいやぁ、このスープは旨かったぞ?手間を掛けりゃ、そりゃあ美味い物が作れるだろうが、気持ちが籠ってなけりゃ、それは旨いとは言わねーのさ」

 セロも調理師で、お世辞であってもそんな人に旨いと言ってもらえれば、キースも笑みが広がる。


「今日はここに泊っていけば良いさ。こんな所で悪いけどな」

 と一人が言えば、「寝心地は保証出来ねーがな」と皆が笑って頷いている。


「よろしいのですか?」

「男ばかりでむさ苦しいが、気になんなきゃそうしてくれ」

 ルースはフェル達の顔を見まわすと、3人共苦笑して頷いていた。


 どうせ宿が無ければどこかで野営をするつもりだったのだ。

 ルースは有難くその申し出を受け、4人はここで王都の初日を過ごす事にしたのであった。




 翌日ルース達はいつもの時間に起きたものの、まだ寝ている者達もいる為、焚火を借りて朝食の準備を始めた。


 今朝もパンとスープという簡単な物であったが、その香りで目が覚め始めた者達は、チラチラと焚火に視線をむけ喉を鳴らしていた。

 今回も材料を提供しているルース達に皆は遠慮するが、肉は途中で狩った魔物肉の残りであるし、たいして材料費は掛かっていない余りものだといえば、皆は有難いと言って一緒に朝食を摂ってくれた。


 これは、皆が少しでも金を貯め早く本業の職に就く為の、少しばかりの手助けだ。

 勿論これがずっと続く事ではないと皆はわかっており、それ以上ルース達に要求を出す者は一人もいない。


「じゃあ俺達はこれから仕事の時間だから出掛けるが、兄ちゃんたちは好きに居てくれて構わんからな」

 オウリエは笑って手を振り、皆と一緒に町中へと出て行った。

 皆を送り出し焚火の始末をしたルース達も、冒険者ギルドへ向かう。


「みんな大変なんだな」

 フェルも思うところがあったようで、人で賑わい始めた通りを眺めながら歩いている。

「そうそう思い通りには行かないもんだろう。それにこれから、この国も大変な時期となる」


 勇者の儀があるという事は、すなわち“封印されしもの”の出現を意味している。

 町の人達ではそこまで気付く者は少ないかもしれないが、ルース達はその片鱗を既に見ている事もあり、言われずともそれを実感している。


「皆が平穏に暮らす為には、まずはそこからだね」

「そうだな。喩え俺達がその討伐に加われなくても、せめて少しでも役には立ちたいなぁ…」

 デュオの言葉にフェルも頷く。


 フェルはその討伐隊の中に、ソフィーが入る事を知っている故の言葉であろうとルースは思う。

 それはフェルだけでなく、ルースもデュオもキースも思っている事だ。ソフィー一人だけに辛い想いをさせない為にも、ルース達が出来る事をして、少しでも彼女の邪魔をする者達を排除しなくてはならないと考えていた。


「取り敢えず今は冒険者ギルドを通じて、私達にできる事をしましょう」

 ルースの言に、皆は首肯する。


 ルース達は東地区から商業地区を通り賑わい始めた町中で、複雑な胸中をかかえつつ冒険者ギルドのある西地区へと向かって行ったのであった。

 商業地区を抜ければ人通りが少ないかと思いきや、西側も役場に向かう者達や衛兵たちが歩いていたりと、こちらも割と人通りは少なくはなかった。


 その内の一部は、冒険者達である。

 良いクエストを受ける為には、人よりも早く出向かなければならないのであろうか、まだ早朝と言えるこの時間にも冒険者達の姿が見えた。


 その冒険者達の後姿に続き、ルース達も王都の冒険者ギルドへと足を踏み入れる。ルース達は朝が早い方であるが、それでも20人程が既に掲示板の前でクエストを見ていた。


「うわ…ここもクエストの取り合いだったりして…」

 フェルはうんざりした顔で言いながら、掲示板の前に行く。

 ルース達もその後に続き、掲示板の前に到着した。


 ルースはざっと全体を眺め、そこにある1枚に視線を向けた。

「あれが“公示”か?」

 キースも同じものに目を留めた様で、ルースとキースはその公示の前へと歩み寄るのだった。


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