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【274】鱗雲

 カラカラと乾いた音を立て、馬車は整備された街道を進んで行く。


 歩くよりは早いかなという程度の速度ではあるが、幌馬車の中には満員である10人が乗り込み、その分馬は大変だと思うので文句を言うつもりもない。そして何より御者の機嫌が良いのは幸いだ。


 いつの間にか夏も終わりを迎え、立ち枯れた黄色い草が街道の脇を彩っている。遠くに見える木々も、寒そうに葉を落としている物が多くなってきた。


 キルギスの町ではクエストを受ける事なく、ルース達は町中を巡って滞在期間を終えた。

 町では久々に武器屋や防具屋なども覗いたのだが、やはり武器を見るのは楽しいと見え皆は目を輝かせていた。ただ、キースもデュオも唯一と言える武器を既に持っているし、ルースとフェルもソフィーの加護が掛かった武器を手放すつもりはない為何も買わずじまい。店側には申し訳ない事をしたと頭を下げ、店を後にしたのだった。


 こうして食料などの買い出しを済ませたその翌日、ルース達は王都行の馬車に乗り込んだのである。


 この馬車は、キルギスから王都までを約1週間かけて繋ぐもので、金額は一人銀貨1枚だ。

 サンボラの町で馬車を使った時は、2日程度の乗車で1000ルピルだった事を思えば少々割高に感じてしまうが、都心に近いという場所柄と、勇者の儀で皆が王都へ向かっている時期とを考えれば、その辺りも加味された値段設定になっているのだろうとルースは納得した。


 その勇者の儀にはまだ時間もある訳で、節約をするのならば歩いて行っても間に合うだろうし、そこは利用者の懐具合というやつで、選択肢はあるのだ。

 ルース達は今回馬車を選び、のんびりと後方に流れる景色を眺めていたのである。



 この馬車に乗っている後の6人は身ぎれいな者達で、多少の余裕がある事がうかがえる。

 若い男女は夫婦であろうか寄り添うように座っており、その向かい側に座るご年配の夫婦がお菓子を出し、他の者に勧めて笑みを浮かべている。それを受け取っている隣の人物は、多分冒険者だと思われる20代半ば位の男性2人組みであった。


 そんな和やかな車内でルース達も思い思いに過ごし、寝だめをしているフェルの膝にはシュバルツが陣取り目を瞑って大人しくしている。


 キースはルースが渡した魔法の詠唱が書かれている物を出して復習しているし、デュオはキルギスの町で買った羊皮紙の本を読んでいる。

 本は紙でなくとも高級品だが、勇者の話が書かれたこの本を見付け、読んでみたいと即決で購入していた。

 デュオが読み終わったらフェルも読ませてくれと頼んでいたので、結局皆で回し読みする事にはなるだろうとルースは予想している。


 因みに売っていたところは道具屋である。

 本は余り一般には流通していないため本だけを扱った店はないし、あったとしても貴族や一部の金持ちしか買えないという事で、商人に直接注文する事が殆どだと道具屋は言っていた。


 そんな皆を乗せた馬車は、夜になれば平らな場所を探して野営をする。

 少し寒くなってきている為、馬車の中で寝る者はおらず皆は焚火の周りに集まり、外套などの厚手の物にくるまって眠っていた。


 そしてここでも焚火には魔物除けの球を入れているのを見て、ルースが少々懐かしく思った事は口には出さなかったが、ダスティと会った時はその球を使い忘れ、夜中にガルムが襲ってきた。

 ルース達はまだガルムでさえ真面に戦えなかったからなと、焚火を見ながらルースは一人記憶の中に沈んでいたのだった。


 こうして馬車の旅は順調に進み、明日の夕方には王都ロクサーヌへ到着すると、御者をしている40代位の男性で“ギヨム”という人物が、笑みを作って皆に教えてくれた。


 この頃になれば各自が自己紹介を済ませていて、旅の間も皆は気軽に話をしていた。

 若い夫婦の2人はこの王国中央にあるソロイゾの町に住む新婚で、男性が“バッカス”女性は“アリエル”と名乗った。旦那さんの家は代々宝飾品を作っているそうで、バッカスさんも宝飾師としての腕を磨くべく修業をしており、今回新婚旅行として勇者の儀を見るついでに、王都の作品を勉強して来いと、両親が送り出してくれたらしい。


 そして白髪が似合う男性はマーク、その奥さんはユリアナだと名乗り、老夫婦は馬車の出発地であるキルギスに住んでいて、一生に一度見れるか見れないかという勇者の儀を見物する為に王都へ行くのだと言っていた。


 残りの2人組の男性達はやはり冒険者だといい、一人は斧使いのテイル、もう一人は槍使いのアリオンで2人共B級冒険者だと満面の笑みを浮かべていた。


 そうなると、最後に自己紹介となったルース達は居心地が悪くなってしまい、キースが代表してB級冒険者だと濁しておいてくれたが、それでもまだルース達が20歳前後という事でとても驚かれてしまった。


 だがその後は気持ちを切り替えてくれたのか、テイルとアリオンは気さくに話しかけてくれるようになり、自分達は勇者の儀に参加する為に王都へ向かっていると話してくれた。


「俺達も、勇者の儀に参加する予定だ」

「おお、君達もか。ではどちらが勇者になっても、恨みっこなしだぞ?」

 フェルが王都へ行く目的を話せば、アリオンが笑ってそう言った。

 アリオンは筋肉質でムキムキの男性だ。槍は体幹が大事だと、いつも筋肉を育てているらしい。


「勇者は一人、選ばれるのも一人じゃん?」

 テイルは斧使いのイメージよりは細身だが、身長は高く細マッチョというやつである。どちらかと言えば、アリオンとテイルの武器を取り替えた方がしっくりくるとは、言ってはいけないのだろう。


「でも勇者って剣を使うんだろう?2人は斧と槍と聞いたが、剣は使えるのか?」

 と、フェルは疑問に思った事を聞いている。


「ん~それは知らん。けど、勇者って特殊じゃん?俺らが参加しなくて勇者が現れなかったら、皆が困るじゃん?」


 理屈としてはどうかと思うが、要は何とかなるだろうという事の様だ。

 確かに勇者という名称は知っていても、勇者は“こうでなければならない”という定義は知らない為、誰もが希望を持つ事は悪い事ではないはずだ。

 そしてテイルが言ったように、勇者になるはずの者が参加しなければ勇者は現れない事になり、その為、誰でもが参加して良いという事になっているらしい。


 しかし裏の情報では、ルース達も含めてこの参加者たちは賑やかしに過ぎず、王族から選ばれる事が想定されている為、一般の参加者が何の武器を使っていようとも、そこは問題ないとして参加できるのかも知れないなと、ルースはそんな事を考えていた。


「その勇者の儀の募集要項は、ご存じですか?」

 ルースがそこでテイルとアリオンに尋ねれば、2人は顔を見合わせて肩を竦めた。

「詳細は知らないが、キルギスの冒険者ギルドで“誰でも参加できる”と言う話を聞いたんだ。それで俺達は王都に向かうことにした」


 ルース達はキルギスで殆ど冒険者ギルドに居なかった為、そんな話が広まっていたのかとアリオンの答えに頷いて返した。


「そういう君達は?」

 とアリオンはルースに問い返したので、パッセルで知り詳細は王都に着いてから公示を見る予定だったとルースは伝えた。


「そうか、王都には公示が掲げてあるんだろうな。とは言え、折角王都まで行っても参加規定に沿わなくて参加できないんじゃ、ガッカリするだろうな」

「それはそうじゃん」

 アリオンとテイルは2人共苦笑いだ。


 まぁルース達も行ってみなければ勇者の儀に参加できるのか分からないが、それでもソフィーの姿を何処かで見る事ができるかもしれないという意味では、王都に行かないという選択肢はない。



 こうして乗客達と最後の夜を過ごしたルース達は、その夜も魔物に襲われる事もなく…と言っても近付いてくる魔物の気配はあったが、煙の効果で襲ってくる魔物はおらず、無事にあと一日となる馬車の旅は続いていったのだった。


 そうして数時間が経ち遠くに見えてきた王都は、今までの町をいくつも合せた大きさに見える程で、郭壁の外側を歩くだけでも一日では済まないだろうと感じる圧巻の規模であった。


「見えていても遠いから、ここからまだ半日は辿り着かないよ。だが目標が目の前に見えるだけで、気持ちは盛り上がるだろう?」

 ご御者のギヨムは、王都を始めて見るであろう皆に笑いながら話してくれたのだった。


 御者席側の幌の間から見える王都の景色を、皆が希望を目にしたかの如く一心に見つめていた。

 ルースは、覗き込む人々の隙間から見える王都の町から視線を外し、馬車の後方に流れていく鱗雲が広がる空へと、視線を向けたのであった。


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