表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
273/348

【273】剛毅朴訥

 シュバルツの話を聴き、ルースは戸惑っていた。

 聖獣は聖女の為に在るもので、仮にも聖獣に名を付けて只人が絆を作って良いものなのかと。


 だがその時、シュバルツからは温かな想いが流れてきたように感じ、ルースが視線を向ければ、シュバルツの表情は穏やかで微笑んでいる様にさえ見えるものだった。

 シュバルツはルースの想いには触れず、この繋がりを継続してくれるようである事に、ルースも感謝の気持ちを込めて微笑み返したのだった。


 こうして話を経てまた動けるようになったシュバルツと共に、翌日には予定通りルース達は王都へ向け再び出発した。



 カリストから王都まで、聞く所によれば約3か月の道のりだ。

 王都で行われる勇者の儀は5か月後で、順調にいけば余裕で間に合うだろう。


 その道中で立ち寄る町は規模こそパッセルの町程ではないものの、王都に近付くにつれ人の流れも多く、それらの町は賑わいを見せていた。


 町には自警団らしき町を見回る者達がおり、人が多い分、町もしっかりと警備体制を整えていると分かる。

 町は活気に溢れ人々は笑顔を作っているが、その裏では日々、闇の魔の者がその時を待っているのであろうと、ルースは人々の笑顔が曇らないようにと心の中で祈るのである。


 立ち寄る町々で食料を補給しながら街道を進み、3か月程経って王都の隣町“キルギス”へと到着した。


 キルギスには暗くなってから町へ入った為、そのまま冒険者ギルドを探し当て、そこで宿を確認した。

 しかし冒険者ギルドの宿は一杯。

 その為冒険者ギルドで宿を数件紹介してもらい、その中で町のはずれにある小さな宿へと泊まれることになった。


 この宿はベッドがなく、小上がりに布団を敷いて使う部屋だという事もあり、普段は人気が無い宿だと店主は笑っていたが、今は王都を目指す人が多いため、この宿でさえこれが最後の一室だったと話してくれた。


 確かに南下して王都に近くなればなるほど、冒険者ギルドの宿も満室と言われることが多くなった。その場合は今回の様に町の宿に泊まっていたが、ソフィーもいない今、ルース達は野宿でも問題ないと気軽に考える事にしていた。


「取り敢えずは、屋根の下で泊まれて良かったな」

 キースは半ば諦めていたようで、そんな事を言う。

「流石に、王都に行く人が多いようですね」

 ルース達ですら王都を目指しているのだから、皆考える事は一緒なのであろう。


「まあ半分くらいは見物の為、みたいだけどね」

「まだ一か月以上あるのに、もう王都に人が集まり始めてるのか…」

「という事は、王都では宿が取れないかもしれないぞ?」

 キースは焦るフェルに、宿がないかもと揶揄う。


『王都は町の規模が違う。宿もこの辺りより多いはずで、多少の希望はあるだろう』

 珍しくシュバルツが、フェルの肩を持つ事を言った。

「…そんな希望を持って宿が取れなかったら、俺めちゃくちゃ凹みそう…」

『それを狙っている』

「ったくシュバルツは…」


 悔しそうなフェルと目を細めるシュバルツは、何だかんだあっても変わらぬままで、楽しそうに会話をする姿にルースは口角を上げる。

 フェルが本当に悔しがっているかは分からないが、ルースから見れば微笑ましい光景である。


 一旦王都の隣町キルギスで落ち着いたルース達は、翌日の朝には冒険者ギルドの掲示板の前にいた。

 この町には2泊し、町から出る馬車に乗って王都へ向かう事にしていた。

 馬車の情報は宿の店主が教えてくれたことで、それが2日後という流れで宿に2泊の予定を伝えたのである。


 その中日(なかび)の今日は、冒険者ギルドでクエストを受ける事にしていた。

 しかし、やはりと言って良いのか、宿が満室だった事からも分かるように冒険者が多いらしく、掲示板にはC級までのクエストは残っていない。

 B級A級がまだちらほらあるが、ルース達が眺めている横からそれを持っていく冒険者もいる程だった。

 最早、取り合いである。


「……」

 ルース達は無言で見つめ合う。


 あと残っているクエストは数枚で、寒いところにいる魔物の素材であったり、魔石を採取するというクエストで難度が高いものが残されているのみである。


 寒い地域にいる魔物の素材を持ち帰るには、これから王国北部の山にでも行かないとならないだろう。時間の掛かるクエストであり、ルース達は受ける事は出来ない。

 一方の魔石は時折魔物の中から発見される事もあるが、それは小石程度の大きさだ。それでも素材としての買い取りは銀貨以上となるものの、この魔石クエストは“大きければ大きい程良しとする”と書いてあり、報酬はその魔石を見てからという事らしく、書かれてはいない。

 因みにこの魔石のクエストは、冒険者ギルドからの発注であった。


 これらの残されたクエストを見て首を振ったルース達は、別段金に困っている訳でもない為、ソフィーの残してくれた魔石を売る事なくここでのクエストは諦め、今日は町中を見回ってみようと予定を変えて冒険者ギルドを後にしたのである。



 -----



「この剣の穴には、何か意味があるのであろうか…」


 時は少し遡り、ここは王都ロクサーヌの王城にある国王の執務室だ。

 そして今の言葉は、国王の口から出たものだった。


 間もなく催される勇者の儀の準備が本格化したため、宝物庫に眠る“勇者の剣”を持ってくるよう命じていた国王エイドリアンは、それを持参してきた宰相と息子アレクセイの3人でその剣を見下ろしていた。


 3人は手袋を嵌めてはいるが、王族は勇者の儀まで触れてはならぬという決まりもあり、台座に乗せられている剣に手を出す者はいない。勿論、鞘に収まっていて刀身は見えない。


 この剣は普段王城深くにある宝物庫の、その中の鍵が掛けられた部屋にあって、封印されしものの出現なくば誰もその扉を開けてはならないとされており、国王でさえこの剣を見るのは初めての事である。


「特に珍しい剣にも見えませんが、この穴は…」

 アレクセイも、国王に続き首を傾けた。

 この剣の柄部分には10cm程の縦長の穴がポッカリと空いており、しっかりと握り締める部分であるのに壊れてしまいそうだったのだ。


「ちょっと持ってみてくれぬか?」

 エイドリアンはこれを運んできた宰相に言うも、言われた方は固まり動こうとはしなかった。

 宰相であるデイヴィッドも台座ごと運んできた為、未だ剣には触れていない。


「え…私が、ですか?」


 戸惑うデイヴィッドにエイドリアンはニヤリと口角を上げた。

「もしお主が勇者だったとしても、皆にはまだ黙っておいてやるぞ?」

 冗談めかして言ってから、エイドリアンは再び口を開く。

「ひ弱そうに見えるゆえ、持って壊れないかと思ってな。確認したかっただけで、まぁ無理に触らんでもよい」


 一応デイヴィッドも、古くは王族の血筋から派生した家である為、もしかして、という事もありうる。


「父上、コープランド公も触れてはならないでしょう」

「エイドリアン様、揶揄わないでください…」

 冗談だと分かってか、アレクセイもデイヴィッドも眉を下げてエイドリアンを見た。


「しかしこの穴は何とする?」

「何かを入れる為の穴かも知れません。金属で補強させていたものが落下した、ですとか」

「ふむ」

「それとも魔石でしょうか?このままでは普通の剣にしか見えませんが、魔石を嵌めれば魔剣になる…?」


「ふむ、そうかもしれぬな。デイヴィッドの意見、アレクセイの意見も確認した方が良いであろう。初期の文献を調べれば、ここに何が入っていたのかが分かるかも知れぬ。…しかしもし魔石であったなら、この大きさの魔石となれば、すぐには見付かるものではあるまい。今からでも集めておく方が良かろうな。もしもこの剣には使えずとも、魔石は魔導具に利用できよう」


「それでは文献調査の指示を出し、10cm以上の魔石の募集を早急に、冒険者ギルドと商業ギルドへ出しておきましょう。金属については文献を確認してからという事で。それらが手に入れば、魔術師団へと回し確認させるように手配いたします」

「うむ。よろしく頼む」

「畏まりました」


 テーブルの上で台座に乗せられている剣は、この国に古くからある物とされているが、何かの金属である事は確かなはずなのに錆びや汚れが一つもなく、毎日手入れがなされていた物の様な輝きを纏っている。

 しかし装飾はついておらず、一切の派手さはない。人に譬えるならば剛毅朴訥(ごうきぼくとつ)といったところだ。

 一見ただの剣にしか見えないこの剣が、勇者の剣といわれる国の宝なのであった。



 こうして回ってきていた魔石回収のクエストは、キルギスのルース達も目にする事になっていたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ