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【271】眠れる魔物

「お?やっと起きたか?」


 フェルがシュバルツを覗き込み、嬉しそうに笑った。

 なんだかんだありつつも、フェルはシュバルツを気に入っている。


『まだはっきりとは起きていない…』

 返事の違和感に気付いたのは、ルースとキースだ。

 森でのことがあった日からシュバルツは一週間ほど眠り続けていた。心配ではあったが、ルース達ではどうする事も出来ず、ルースとシュバルツの繋がりでは生きていると分かっていた為、様子を見ていたのである。


 そして目覚めたシュバルツは、フェルの胸に抱えられていた。

「シュバルツ、気分はどうですか?」

 ルースはフェルの傍に寄り、シュバルツを覗き込む。

『問題はない…』

 歯切れの悪いシュバルツに、ルースは眉根を寄せる。

「まだ、寝ぼけてるんじゃないのか?」

 とフェルは苦笑して、シュバルツの頭を撫でた。


 今ルース達はイールカの町を出発した後、先を急ぐために街道に沿って歩いていた。

 もうわざわざ隠れて行動する必要もない。そんな考えにルースは首を振り、気持ちを切り替える。


「今はイールカの町から南東に向かっている途中で、明日には次の町“カリスト”に着く予定です」

 ルースはシュバルツが眠っている間に進んでいる事を説明する。シュバルツには余り関係ないかもしれないが、仲間として一応の配慮を示す。


『そうか…』

 シュバルツの返事に、デュオが怪訝な顔をしてシュバルツを覗き込む。

「ねえシュバルツ、会話が滑らかになってない?」


 そうなのだ。

 ルースとキースは気付いてはいたが、今までそれには触れずにいた。まだ混乱しているかも知れないシュバルツに、敢えて触れなかっただけである。


『ああ…昔の記憶が戻っただけだ、心配はない』


 ―?!―

 さらりと言うシュバルツに、4人は目を見開いた。


 シュバルツの昔の記憶がなかったというのも初耳で、その記憶で会話が滑らかになった事と何か関係があるのかと、“フギン”であるはずのシュバルツに、皆は驚きを隠せないでいた。


 だいたいが、魔物が何年生きるものなのかも知らぬ事であり、人間であれば精々が100年未満だ。それでも長寿と言えるもので、その殆どが70年から80年で生涯を閉じる。

 一方、ルース達の魔物に対する知識は書物に載っている事位なもので、その書物にも魔物の実態のほんの一部であろうと想像できた。


「ちなみに、その記憶って何年分?」

 デュオが問いかけるのを聞き、答えの予測が200年位ではないかとルースは見当を付けた。だが返ってきた答えは、その予想をはるかに超えるものであった。


『千年程か』

「はぁあ?!」

 フェルは裏返った声で驚きを表現する。そして顔が固まっている。

「これは少々込み入った話になりそうですね。ここでする話でもなさそうですから、その話は追々」


 皆がシュバルツの話を聞きたそうにしているが、ここは色々な人が通る街道だ。

 シュバルツは念話で話してはいるが、その念話でさえ聴かれてしまうかも知れず、皆はルースの言葉で我に返ったように表情を改め道の先に視線を向けた。

 それから少しすれば、一度目覚めたシュバルツは再び眠ってしまい、ルース達は次の町へ向かって淡々と街道を進んで行ったのである。


 そして次の日の昼過ぎには、予定通り“カリスト”の町へと到着した。


 南下するに従い、町の様子は活気もあり華やかなものへと変わってきている様な気もするが、一方で疲れた顔で町中に座り込んでいる者も時々見掛けるようになった。

 そんな人は、屈強な男性に声を掛けられると立ち上がり、その後ろを黙って付いて行く。そんな不可解な行動に事件にならなければ良いと思いつつ、ルース達は顔を見合わせる。


 カリストの町でそんな男性達を見送っていれば、近くの店の店主がルース達に声を掛けた。


「あの男性は日雇いの勧誘をしているんだよ。道端にいる者に声を掛け、ああやって仕事先に連れて行ってやっている。そして彼は働いて、その日の銭をもらっているんだな」


 ルース達は道の先から視線を外し、声を掛けてくれた店主を振り返った。

 その店は調味料を扱っている店の様で、店からはスパイスの香りが漂ってくる。


「その日その日で声を掛けてもらう、という事ですか?継続雇用ではなく?」

 とルースは話しかけてくれた店主に聞いた。


「そうらしいね。出稼ぎで王都まで行くつもりがここで路銀がなくなり、ああして短期で仕事をさせてもらっていると聞いたね。この町には、そういう人たちを日ごとで雇ってくれる商会があって、それで食いつないでいるんだと。ただ貰えるお金は大金でもないから、そうなると食べる分だけという事になって、寝る場所もなく建物の陰で寝てる奴もいるな」

 気の毒だなと店主はため息を吐き、そして話を続けた。


「結局出稼ぎで出てきても、この町で路銀もなくなって日雇い生活になる。だが、この町はまだそんな人は少ない方で、王都に近付くともっと大勢の人が野宿生活をしているらしいよ。そういう人たちは町のはずれに集まって夜を過ごしているという噂も聞いた事があるなぁ」


 ルース達は冒険者として、“冒険者ギルド”という組織を頼りながら旅を続けている。

 F級やE級の時など、確かにルース達もその日暮らしに近い形になっていたが、そんな人達には冒険者ギルドが救済措置として、ギルドの宿を格安で貸し出してくれていた。

 その為、2か月という救済期間を真面目に働けば、それ以降宿代が上がっても、何とか生活して行けるようになったのだ。


 だが、普通の旅人はそうもいかないのであろう。

 喩え手に職があって、稼ぎの良い王都を目指しても途中で路銀が無くなれば、日雇いなどの仕事などをして路銀を稼ぐしかない。

 そうなると稼ぎも少ないのであろうし、日々の食事代を捻出しながら貯えをする事も難しくなるのだろう。


 一見華やかに見える町中にも、人々は毎日色々な思いを持ち生活している事を改めて知った、ルース達であった。


 それから話をしてくれた店主に礼を言い、ルース達はカリストの町中を歩いて行った。

 この町もメイン通りと思われる通りは、食料品店や食堂、花屋や雑貨屋などの色鮮やかな商店が立ち並ぶ賑わう通りで、メイン通りをはずれた通りには、武器屋や道具屋、薬屋など、外観に色味が少ない店舗が建ち並ぶ。

 こうして今まで訪れたどの町も町の中はエリア分けがなされ、初めて訪れる町でも何となく冒険者ギルドに行きつく事ができていた。

 その落ち着いた通りを進めば、予想通り冒険者ギルドの看板が見えてきた。


 そうして手に掛けた冒険者ギルドの分厚い扉は、手入れがなされているのか滑らかに開く。

 中は窓から陽の光が差し込み、室内を明るく照らしている。


 入口の正面には受付があり、その受付は4か所あるが今は2か所のみに職員が立っている。その内一人の職員は、冒険者と親し気に話しているようだ。

 右手奥には飲食テーブルが6席あり、その脇には小さな売店も見えた。

 まばらに立っている冒険者達を横目に、ルース達は真っ直ぐ受付へと向かっていった。


「こんにちは。こちらで1泊できますでしょうか?」

 ルースはギルドカードを提示して、ギルド職員に尋ねる。今は王都へと急いでいる為、途中の町では1泊か2泊で出発するようにしていた。


「こんにちは。カリストの冒険者ギルドへようこそ。1泊でございますね?―はい、お部屋はございますので、こちらにお名前をご記入ください」

 どうやらここは普通に泊れるようだと、ルース達はホッと胸を撫でおろした。


 後でクエストを確認して緊急性の高いものがなければ、この町ではクエストは受けず食料などの買い出しのみで再び出発する事にしている。


 こうしてルース達は部屋に案内してもらうと、歓談室でソファーに腰を下ろした。


「シュバルツは部屋で寝かしておくか」

 フェルは眠っているシュバルツを包む布を肩から外し、ソファーにあるクッションの上に布と一緒に乗せた。

「そうですね。余り動かしていては休めないかも知れませんから、部屋で待っていてもらいましょう」

「それじゃ、少し休憩したらクエストの確認、その後町中に出て食べ物と薬の買い出し、だね」


 そうデュオが言えば、隣でキースが声を出す。

「あぁ、シュバルツの(しるし)はどうする?」

 それで皆は、一斉にシュバルツに視線を向けた。


 先日一度体が変化した時、足に嵌めてあったリングが壊れてしまったのだ。

 その為今は何も印をつけておらず、人前に出せばただの魔物と認識されてしまうかもしれない状況だった。


「んじゃ、新しい印も買っとくか」

「そうですね。それでは道具屋にも行ってみましょう」


 テーブルの上に用意されていたポットからお茶を注ぎ、取り敢えず皆は打ち合わせをしながら一息吐く。


 それから少し経って冒険者ギルドのクエストを閲覧し、緊急を要するクエストがない事を確認すると、4人は冒険者ギルドを出て、目的の物を買う為に町中へと出かけて行くのであった。


いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。

重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>

引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。

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