【270】思わぬ再会
森の奥から西へ向かって進むものの、ルース達の周りに生き物の気配は余り感じられなかった。
しかしそれが西の端に進むにつれ、禍々しい気配を纏った魔物が時々現れるようになり、こちらに気付いて襲ってくる。まるで人を見付けて殺す為だけに動いていると、そんな気さえするルースであった。
そんな中ルース達は森を抜け、モルラントの冒険者達と合流した。
その冒険者達の数は10人程。
ルース達が森から飛び出して街道に出れば、彼らは一瞬ギョッとした顔をしたものの、それが人間だと分かり力なく笑っていた。
彼らの後ろには魔物の屍が積み上げられており、それは小山を作る程であった。
ブライアン達を先頭にして、モルラント側の冒険者達へと近付いて行く。
その内3人がこちらに背を向け、冒険者達に指示を出しているらしい。
そしてこちらに気付いて振り向いた3人は、何と、ダスティ達だった。
背を向けている時から何となく、体の大きさからダスティ達に似ているなとは思っていたのだが…。
ルース達に気付いたダスティが、面相を崩して歯を見せる。
「イールカからの応援の者です」
そこにブライアンが声を掛けるも、歯を見せて笑ったダスティに少々顔が引きつっている。
「そうか。イールカから来てくれたんだな。助かった」
「森の中は、もう殆ど魔物はいない状況です」
気を取り直したブライアンが、通ってきた森の状況を伝える。
ルース達が東から森に入り奥にいたシュバルツを救出した後、北西から回り込むようにしてここへ向かってきたが、その道中では2回程魔物と遭遇した位で、魔物の気配も獣の気配すらもなくなっていた。その殆どがこちらに向かい討伐されたようである。
「俺達はたまたまモルラントにいたS級の 疾風の剣。俺は今回の指揮を執っているダスティだ」
「私は、イールカに居合わせたA級パーティの明星の天のリーダーで、ブライアンといいます。こちらは同じA級で月光の雫というパーティです。先にこの2組で応援に来ました。後程イールカのC級以上を応援に送ると、ギルドマスターから言付かっています」
かしこまったブライアンがルース達も併せて紹介してくれたので、ブライアン達の隣でルース達も会釈する。
「わざわざ済まなかったな。あらかた討伐は済んだようだが、では後から来る者には、魔物の処理を頼むとしよう。こっちの奴らは、随分と疲労困憊の様だからな」
ダスティはそう言って、後ろで座り込んでいる者達を見て苦笑した。
夜中からずっとこの辺りに出てくる魔物と対峙していたのであろうし、へたり込むのも仕方がないと思う。こうして平然としているダスティの方が異常と言えよう。
「それで、森の中で何か異常はあったのか?」
ダスティ達はずっとこの森の外れで向かってくる魔物達を相手にしていたらしく、奥までは調査には行っていないという。
「ええ。森の奥に闇の魔力が噴き出している所があったようです。それらの魔物はその闇の魔力に触れ、狂ってしまっていた様でした。こちらの月光の雫がその発生源を潰してくれたので、もう異常行動を起こす魔物は出ないかと」
ブライアンの報告に、ダスティはルースへと視線を向けてひとつ頷く。
「では、“影”ではなかった、と?」
ダスティはこの異常行動は“影”のせいではないのかと、見当を付けていたようだった。
「はい。今回の原因は、地中に溜まっていた闇の魔力が地表に溢れ出した為に起こった事だと、私は推測しました。その闇の魔力が充満していた場所は何かの巣であった場所の様で、形状からして恐らくはアントの巣」
ルースの説明で、ダスティは一層強面になった。
「地中にもアレの影響が出てきているのか…」
「はい。これがどこで地表に現れるのかはわかりません。今回はもしかすると地中深くまでアントが掘り進んだために、それを引き当ててしまったのかも知れませんが。状況的には芳しくないと感じます」
「…わかった。その件は俺からモルラントのギルドへ報告をしておく。ルース達はそちらのギルドに報告を上げてくれるか」
「はい」
ダスティとルースの会話を聞いていたブライアン達が、そこで何かに気付き2人を見た。
「もしかして、お知り合いですか?」
ブライアンがダスティに問えば、ダスティは再び歯を見せて笑うも、やはり迫力があった。
「ああ。一応“友人”…だよな?」
ダスティが片眉を上げてフェルに聞いた。
「あっはい!」
急に振られたフェルがそんな返しをしている横で、ゾイとオールトはディオとキースに親し気に話している。
そんなやり取りで少し緊張を解いたのか、ブライアン達は改めて一人ずつ名を名乗り、互いに握手を交わしていった。
「じゃあ今後何かあれば、また連絡する」
「あっ俺達は明日出発するんで、その時は明星の天パーティにお願いします」
フェルが申し訳なさそうにダスティ達に伝えれば、ルース達の行く先を知っているダスティがフェルの肩を叩く。
「そうか、気を付けて行くんだぞ。俺達はまだここの事後処理があるから、町を離れられないしな」
「はい!」
とフェルがダスティに返事をして、ここでルース達はブライアン達と共にイールカへと戻る事になった。
その頃にはもう、すっかり昼も過ぎた時間になっていた。
ルース達は森の外にある街道を辿り、森の東に停めていた馬車まで歩いて戻る。
そこに丁度イールカから来たB級以下の冒険者を乗せた馬車が到着して、ブライアンは彼らにこのまま馬車で、西にいる冒険者達の下へ行くように指示をだした。
そうしてルース達は再び速度を上げて走り出す馬車に揺られながら、各自所持している昼食を食べつつイールカの町へと戻ってきたのだが、道中でブライアン達にダスティ達との関係を聞かれるのは、予想の範疇だ。
その為、昔の知り合いでパッセルの町で世話になったばかりだと大まかに説明する。
そして“影”の意味を知らなかったらしく、それにについても説明を求められて魔の者の事だと伝えれば、「それを影と呼んでいるのか」と隠語として解釈したようだった。ただルースにも、どちらの呼び方が正しいのかはわからない為、曖昧に頷いておいた。
夕方になって到着したイールカの冒険者ギルドでは、ルース達が帰ってきた事がわかると、すぐにギルドの奥に通された。先程あった事をギルドマスターに報告すれば、渋い顔になったギルドマスターから労いの言葉をもらいそのまま解散となった。
その時出過ぎた事とは思いつつ、ギルドマスターに国防騎士団へは声を掛けなかったのかと尋ねれば、ギルドマスターは声を掛けなかった事を後悔しつつ、それについて答えてくれた。
昨日冒険者ギルドにも国防騎士団の班長が挨拶に来てくれ、その時、この隊列の本当の目的を話してくた。内密にと言われ聞いた話では、公には演習に向かう事にしているが、真の目的は北の村の様な場所を出さない為に、これから国内に監視の目を置く為に移動している途中だという事であった。要は冒険者ギルドでも通達が出ている、魔の者の警戒に当たるのだ。
そんな話を聞いてしまえば、今回の事で応援を頼む訳にはいかないと踏み止まったらしいが、結局は闇の魔力が関係していた為、冒険者ギルドを通して国には報告をあげる事になるらしい。
ギルドマスターは、ため息を吐いて苦笑を浮かべていた。
こうして結局今日は緊急招集で一日が終わってしまった事になったが、ルース達は初めての緊急招集という事もあり少々緊張していた様で、部屋に戻ると皆グッタリしてしまっていた。
フェルは部屋に着くと、胸の中にいたシュバルツをベッドへ下ろした。
シュバルツはまだ眠ったままであるものの、体の傷も癒されておりただ深く眠っているだけの様で、4人はシュバルツを囲み今日の不可解な出来事を思い出していた。
急に姿の変わったシュバルツ。
多分それには闇の魔力が関係していると思われるが、どうしてそうなったのかは誰にもわからない事であった。
-----
深い深い眠りに落ちるシュバルツは、この時記憶の底に落ちていた。
シュバルツは自分を魔物であると認識しており、他の魔物よりも知能が高い事を自覚していた。
だが自分がいつ生まれ、生まれた後にどうやって生きてきたのかという記憶は、一切持ってはいなかった。
魔物であればその様な事を考える事はないのだが、シュバルツはシュバルツと呼ばれる前から、その辺りの事は疑問に思っていた。
自分はいつ誕生し、どれ位の間生きているのか。
だが、それらは当のシュバルツさえ何も思い出す事は出来なかったのだ。
そんな中でルースと出会い、なぜかここで別れてはいけないのだと感じたのだ。それは自分の感情とは別のもので、直感や本能という類のものであろうと思えた。
そして自分にシュバルツという名を与えたものとの繋がりができ、離れてはならぬ者だと一層強い確信へと変わったのだが、その理由は未だ解ってはいない。
それが今日シュバルツは、自分に纏わりついた魔力と共に聖の魔力で攻撃を受けた事が引き金となり、何かが断ち切れる音を聴いたような気がした後、今自分の記憶の底へと辿り着く事ができたのだ。
自分は何であったのか。
そしてその宿命。
それが強制的に捻じ曲げられてしまった出来事も、全て思い出しつつあるシュバルツは、まだまだ体と心の安定を保つために、深い眠りから出る事は出来なかったのである。