【27】冒険者
「今日は色々とありましたね」
部屋で荷物を下ろした2人は、床の上に座り一息吐く。
「うん。めちゃくちゃ疲れたな…」
ガルムに襲われ恐怖を味わい、そこへ先輩達から色々と教えてもらい、そのままの勢いで冒険者登録までした。
怒涛の1日だったと言っても過言ではない位、ハードな日となったのだ。
現状がそんな状態で、フェルは何だか良く分からないまま今に至っている風で、取り敢えず泊まる所がある事だけが、安心できる材料となっていた。
「ここは長くても2か月しか借りられませんからね。その間に自分たちで日々の収入を得て、身辺を整えなければなりません」
ルースは町へ来たばかりの今日、既に2か月先の事まで考えているのかと、その言葉に「やっぱり爺臭い」とフェルは感想を漏らす。
「なぁルース」
フェルの呼びかけに、荷物の整理をしていたルースが視線を向ければ、フェルがじっとルースを見ていた。
「何でしょうか」
「さっき話してたパーティの件だけど、俺と組んで欲しいんだ」
と、唐突にフェルが言う。
「ああ…先程の話ですか。私は別に構いませんよ。フェルは、私の魔法の事も知っていますしね」
真剣なフェルに対し、ルースはにっこりと笑んで返事をする。
「はー良かった。断られたら、どうしようかと思ってた」
そう言ったフェルが、肩から力を抜いて笑う。
「私が断ると思っていたのですか?」
「うん。俺はまだ剣の腕も、ルースより全然下だろう?だからお荷物だと思われて、断られることも考えた」
そう言って苦笑するフェル。
「フェルに、私がそんな薄情な人間だと思われていたとは、心外ですね…」
ふむ、とルースはしぶい顔をする。
「いやっ別にルースが薄情だとは、思ってないって!」
と焦るフェルに、ルースは「冗談ですよ」と笑う。
ルースの冗談は解り辛いなぁと思ったフェルだが、それは言わない事にして苦笑する。
「では明日は、パーティの申請に行きましょう」
「おう!」
「それで、パーティ名は、決めているのですか?」
とルースが聞けば、フェルは首を横に振る。
「何かないか?格好いいの」
「格好良い…定義が難しいですね…」
そう返すルースに、フェルはそんなに難しい事を言ったかな?と首をかしげるのだった。
それから2人は候補を出し合い、2人の格好良いに辿り着くまで、随分と時間がかかる事になる。その為、その日も残っていた干し肉をかじりながら、夜遅くまでパーティ名を考えていたのだった。
-----
「おはようございます」
翌朝フェルが目覚めれば、ルースはとっくに起きていたようで、床に座り、魔法の練習をしていた。
「おはよう…早いなぁ」
頭を掻きながらフェルが起きれば、ルースは部屋に置いてあった桶に水を入れると、フェルに差し出す。
「これで顔を洗ってください」
「おう、ありがとう」
パシャパシャと顔を洗うフェルに、ルースが話しかける。
「ここは、1階の入口近くに水場があるそうですよ。他の方達はそこへ行って顔を洗ったり、洗濯したりする様です」
「へえ、そうなのか」
顔を拭きながらフェルが言えば、ルースは冒険者ギルドの受付でもらった羊皮紙の冊子を指さす。
「これに色々と書いてありました。フェルも読んでおいた方が良いと思います」
そう言われてフェルも、昨日そんな物を渡されたなと思い出す。
ルースによれば、それには冒険者の心構えと、F級から始まるランクについてが書いてあり、最上位はS級で、そこまでいけば国民に知らぬ者がいない程の有名人になるらしいと。
ただしF級から、各ランクに設定されているクエストの数を熟さなくてはならず、S級まで行くためには、それらを全てクリアする事になるのだという。
だがフェルは、まだ冒険者になったばかりでクエストも受けておらず、どれ位凄い事なのかが理解できず、ただ「へぇ」という感想だ。
「あぁそれから、冒険者ギルドの食堂についても書いてありました」
「ん?あの奥にあったテーブルの所か?」
「ええ。新人の救済措置として、ここに滞在するF級冒険者は、1品に何を選んでも同額となっているそうです」
「同額?…パン一つでも定食一つでも、同じ料金って事か?」
「はい。それもかなり安価な設定をしてくれていて、50ルピルなんだそうです」
「は?そりゃー安いな…。だったら量の多い物を食べた方が得だなっ」
フェルの食いつきに、ルースは笑って頷く。
「それらは毎週、宿代と一緒にまとめて支払う事になっているそうです」
ここは1泊100ルピル。2食を食べたとすれば宿代を入れて、1日に200ルピルが必要だ。最低でもここに居る間、1日の収入はそれ以上なくてはならない計算となる。その上、この宿を出た後の事を考えるなら、1日に500ルピル以上は稼いでおきたいところだろう。
「ではそろそろ、朝ご飯を食べに行きましょう。そのあとすぐにパーティ登録をしたら、クエストの確認ですね」
「おう!今日から改めて、よろしくなっルース」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
2人は身支度を整え、部屋を出て冒険者ギルドへ向かうと、朝からしっかりと量のある食事をとり受付へと行く。
受付には、昨日対応してくれたハーディーが、笑みを浮かべて立っていた。
「「おはようございます」」
2人はハーディーへ声を掛けた。今は、他の冒険者達が集まる時間にはまだ少し早い為、受付は空いていたのだ。
「おはようございます。部屋に問題でもありましたか?」
ハーディーが心配そうに2人を見る。
「いえ、問題なかったです。ルースとパーティを組むことにしたんで、その手続きをお願いします」
フェルの話に、ハーディーは笑って頷いた。
「ふふ。そうなると思っていましたよ。では昨日のカードをご提出いただいて、こちらにパーティ名を記入してください」
そう言って、昨日使った魔導具らしき板を出すと2人へ促す。
「これは、魔導具ですか?」
その板に興味をひかれたルースが、ハーディーに尋ねる。
「ええ、そうですよ。これは冒険者ギルド組合の大本と繋がっていて、ここに入れた情報は、全国の冒険者ギルドで確認する事が出来ます。だから冒険者の方が他の町に行っても、このギルドカードを通して身元を確認する事が出来るので、このカードを身分証として、持っている人もいる位です」
冒険者ギルドの手引書によれば、登録してからクエストを熟すまでの期限は決まっていないと書いてあった。
その為、ずっとF級登録のままでいる事も可能らしく、戦闘能力のない者も登録しておいて、通行の際の身分証として用いる者もいるらしい。
この話で、ギルドカードを持っていても必ずしも冒険者だとは限らないと、明らかになったのだった。
閑話休題
「おぉこの板は、そんなに凄いものだったんだ…」
フェルは感心しつつ、手元を見て呟く。
「凄いですね…ではこれに入金されれば、どこの冒険者ギルドでも引き出せる、という事ですか?」
「ええ、そうですよ。だから冒険者は、ギルドを通してお金の管理もできるという訳ですね。あ、記入が終わったのですね?」
そう言うと2人の名前とパーティ名を確認する。
「“ルース・モリソン“と“フェルゼン・マーロー“のパーティ名は、『月光の雫』。リーダーはルース君、でよろしいですか?」
「はい。リーダーは仮というところですが、それでお願いします」
そう答えつつもルースは、フェルゼンという名は秘密ではなかったのか?と不思議に思った。
「承知しました。ではさっそく今日から?」
「はい。これからクエストを見てみますっ」
と、フェルも笑顔で答える、が。
「あっ」とそこでハーディーが声を上げた。
「何かありましたか?」
ルースがそう確認すると、ハーディーが謝ってくる。
「ごめんなさい。伝え忘れていたことがありました」
だが、ルースとフェルには何も思い当たるものがなく、何だろうとハーディーを見る。
「昨日持ってきていただいた素材の件です。素材の金額は全部で6200ルピルになりましたので、半分ずつお振込みいたします。それからその魔物は、貴方たち2人で対応したと銀の狩人から聞きましたので、それを踏まえた結果、お二人のランクが今日からE級になります。これは銀の狩人の証言と、魔物の情報提供が重なった為の特例措置です」
「E級…ですか?」
普通、ランクが上がったと言われれば喜ぶところだろうが、ルースはそれに喜ぶでもなく、不安そうに問いかけた。
「はい、そうなります」
「では、ギルドの宿はどうなりますか?」
ルースの問いかけに、フェルが何かに思い当たったのか驚きをみせる。
「え?出なきゃいけないのか?!」
冒険者ギルドが運営する宿に入る者は、駆け出しのF級冒険者が優先されると決まっており、その者たちは、先ほど調べていた通りの恩恵を受ける事ができるのだ。それ以上のランクでも宿に泊まる事はできるだろうが、それは当然、駆け出しとは条件が異なっているはずだ。
「いいえ、それは大丈夫ですよ。昨日登録をしたばかりですし、扱い的にはF級のままで、E級までのクエストを受けられる様になっただけです。条件は、昨日のままで大丈夫ですよ」
ハーディーにそう説明され、やっと肩から力が抜けた2人だった。
「よかった…」
「助かります」
「混乱させて、ごめんなさいね。その為クエストはE級まで受けられます。よくよく吟味してくださいね」
そう言ったハーディーは、新しくE級と書かれた冒険者カードを、ルースとフェルに手渡したのだった。
拙作にお付き合いいただき、ありがとうございます。
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。