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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第八章 ~迷~

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【268】ソフィーの置き土産

 デュオがソフィーの聖魔力を纏う矢を、4本連射した。


 それが見えているであろう魔物は逃げる事もせず、矢がその黒い翼に刺さると、ゆっくりとその体は落下していった。


 ザザザッと木々を揺らしながら落ちる魔物の、その落下地点に急ぐルース達。

 そしてそれは、黒い霧を纏う隆起から15mほど離れてドサリと落ちた。


 魔物の体にはまだ黒い霧が纏わり付き、魔物は喉の奥から絞り出すような唸り声をあげていた。

 そして半分畳み切れていない両翼にはデュオの放った矢が刺さり、その付近は霧が無くなっている。そこから溢れ出す赤い血が、少しずつ地面に広がって行った。


 ルース達は近付く事はせずその10m程手前で足を止めるも、フェルがそこから近付こうとして動き出すのをルースが腕を掴んで止める。


「何だよ、アレはシュバルツなんだろう?助けないとだろうが!」

 イラついた様にルースへ怒鳴るフェルに、ルースは首を振って駄目だという。


「まだ近付かないでください」

「何でだよ!」

「体にはまだ、闇の魔力が染みついています。いつまで彼の正気が保てるのか、分かりません」

「だったらすぐにでも!」


「フェル」

 と、そこでキースがフェルの肩に手を乗せた。

「気持ちはわかるが、ルースが言う意味はわかるだろう?他の魔物も闇の魔力のせいで自我が失われ、凶暴になったんだ。まだ闇の魔力が排除できていない以上、近付くのは早計だ」

「フェル…」

 デュオも苦し気に眉を下げ、フェルを見つめた。

「ぐっくそっ!」


 ルース達4人は、倒れたままの黒い魔物を見つめた。

 ここにソフィーがいてくれたなら、シュバルツだと思われる魔物に纏わりつく黒い霧を排除してくれていたかも知れないが、そのソフィーはもうここにはいないのだ。

 そしていない者の事を考えても、仕方がない…。

 そんな思考に陥りそうになるのを振り払い、ルースは黒い霧を纏う魔物を見つめていた。


「シュバルツ…ですか?」


 ルースが感じるシュバルツはこの近くに居るはずだ。

 そしてこの個体がシュバルツでなくとも、こうして呼びかける事でシュバルツが、どこからか応えてくれるかもしれないと思っての呼びかけでもある。


『グゥゥ…』


 そのルースの問いかけには、大きな魔物が喉を絞ったような声を出すのみで、そしてそれにはやはり“苦しい”という感情が込められていると分かる。


「闇の魔力は、どうやったら剥ぎ取れるんだ?」

 フェルは苦悶の表情でルースに聞いてくる。


「先程までの魔物は、死すれば霧が無くなりました」

「って事は、死なないと闇の魔力は取れないという事か…」

 キースは、思案するように額に拳を当てた。

「そんなっ…」

 デュオは悲痛な顔で、黒い魔物を見る。


「…ですが」

「ですが、何だ」

 ルースが言いかければ、フェルが被せるように問いかける。

「私の目には闇の魔力が黒い霧として視えるのですが、あの魔物の翼にあるデュオが放った矢の周りには、それがなくなってきているように視えるのです」


「え?」

 と声を発したのはデュオで、魔物を振り返って確認するように凝視するも、やはりデュオでは魔力を視る事は出来なかった。


「では、聖の魔力で闇の魔力が消せる可能性がある…という事か?」

 と問いかけたのはキースだ。

 ルースはキースの問いに、確信は持てませんがと首肯した。


「だったら、聖水を掛けてみたら?」

「どうやって?近付くなよ。急に自我がなくなり襲われる可能性もある」

「むぅ…」

 フェルは言葉もなく、デュオとキースの話を悔しそうに聞いている。

「デュオが言う聖水を、試してみる価値はあると思います。それに余り時間もないようですし…」


 ルースがチラリと魔物を見れば、まだ唸り声をあげたまま横たわっているものの、その声は段々切羽詰まったものになってきているようだった。


「よしっ何でもいいから、シュバルツを助けるぞ」

 フェルの焦った声でルースは魔物から視線を外し、ルースは巾着から聖水を取り出す。


 これは以前ソニックの森で汲んできた水に、ソフィーが、どうせなら聖魔力を込めたら聖水になるかしら、と楽しそうに作ってくれた“聖魔力が籠った解毒水”である。これを10本ずつルース達は所持しており、売ったら相当な金額になるだろう代物である。


「それでは、私が行きます」

「えっ駄目だって…」

「ルースでも、よした方が良いと思うが…」

「んじゃ、俺がやる!」

「フェルの方がもっと駄目だ」

「何でだよ…」

 キースは危ないから近付くなと、一人一人に首を振る。


「いいえ、私であれば多少感情も伝わってきますし、すぐに距離を取って逃げられます」

「「「……」」」

 ルースとシュバルツの繋がりを知る皆は、一瞬黙り込む。


「…絶対に、危ないと思ったらすぐ離れてくれ」

「はい。承知しています」

 ルースは、キースの忠告に分かっていますと頷いた。


 フェル達3人はここにいてもらい、ルースは一歩一歩その魔物に近付いて行った。

 そしてルースはもう、確信している。この魔物がシュバルツであると。


 シュバルツとの繋がりは、まだある。それはまだ、彼が生きているという意味であり、ここにいる物しか該当するものが居ないのだ。それ以外にもこの魔物から伝わってくる感情と、この魔物がまだ生きているにも関わらずルース達を襲わない事。


 そして“殺してくれ”と訴えてくるこの想い。


 ルースは近付くにつれ黒い霧の中から、その姿をやっと見る事ができるようになっていった。

 シュバルツの元の体長は約60cm程なのに対し、この魔物は翼を抜かしても体長が約2mもあった。それにシュバルツは烏に似た姿をしていたが、この魔物の顔はどちらかと言えば鷲に近いだろう。そして足は太く大きな鉤爪がついており、この魔物が肩に留まる事は不可能だと言い切れた。


 しかし、どう考えてもシュバルツだとしか思えないルースは、魔物の1m手前で足を止め、手に持ったソフィーの聖水の蓋を開けた。


「シュバルツ、今から貴方の体にソフィーの聖水を振りかけます。それで、もしかすると助かるかも知れませんが、助からないかも知れません」

『グゥゥ…』


 もう、ルースには何と言っているのか分からないが、それを了承という意味にとらえ、ルースは瓶を大きく横に振った。


 サァーっと少量ずつ瓶から水がこぼれ、頭から尾まで降り注いだ。

 その雫が垂れた途端、黒い霧が生き物の様に散っていくとともに、ビクリと体を揺らした魔物が身を反らすようにして咆哮した。


『ギィアァーーー!!』

「「「ルース!!」」」


 急に動き出した魔物に、ルースを心配する声が響く。

 しかしルースは動かなかった。というよりも、更にもう1本聖水を取り出し、再び振りまくのだった。


『ガアァァァーー!!』

 苦悶の声をあげる魔物だが、ルースには一切手を出さない。


 やはりこれはシュバルツだと皆が思ったその時、のけ反る様にして上を向いている魔物の嘴に、ルースは自分の手ごと新しい瓶を突っ込んだのである。


 ――!!――


 そのまま嘴を閉じれば、ルースの手はなくなってしまうだろう。無謀とも呼べる行動に、フェル達は動く事も出来ずに、ただ目を見開いているだけであった。

 そして真っ先に我に返ったフェルが、ルースの名を叫ぶ。


「ルース!!!」


 しかし呼ばれているルースは、その嘴の中からスルリと手を引き抜くと、空き瓶をフェル達に掲げてみせた。

 3人はそれを見た途端、脱力した様に肩の力を抜くのだった。

 それからもう一度、体へ聖水を掛けたルースの目は、黒い霧の消えた魔物がぐったりと力を無くして横たわっている事を確認した。


 ルースはその黒い体をそっと撫でる。艶やかな黒い羽は一枚一枚がとても大きく、滑らかな手触りだった。全身が真っ黒ではあるが、胸元を境に頭部と体の毛質が違っているのだと気付く。


 そこまでをルースはしっかり観察してからフェル達に振り返った訳だが、気付けばフェル達はルースのすぐ後ろまで来ていた。

 いつの間に?とルースがキョトンとすれば、フェルが呆れたように長い息を吐き出した。


「ルース、落ち着くのはまだ早い。他からも魔物が近付いてきた様だぞ。普通の魔物の気配がする」

 キースがロッドを握り締め、ルース達の前方にある黒い霧を纏う塚の、その先を見つめた。


 あの塚から漂う闇の魔力を浴びてしまえば、またそれは凶暴な魔物へと変貌するのだろうと、皆の考えは一致する。


「では、私とフェルで対応しましょう。デュオとキースは、ここでシュバルツを看ていてください」

「うん」

「了解だ」

「んじゃ行くぞ、ルース」


 こうして黒い霧を取り除いたものの、まだ色々な事が何も分かっていないシュバルツをデュオとキースに託し、新たにこの場所に近付いてくる魔物へと向かって駆け出していくルースとフェルであった。


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