【267】黒い魔物
「おかしいです」
ルースは明星の天と別れてからシュバルツを呼んでいたのだが、返事がないばかりか気配すら感じられずにいた。
「え?一緒に森に入ったよね?」
「ああ、オレ達の上を通過して入ったはずだ」
デュオとキースが心配そうに空を見上げるも、その姿は見えない。
「何やってんだよ…」
フェルは眉間にシワを作った。
「兎に角シュバルツからの情報がないので、魔物を常に警戒してください」
いつもであればここでシュバルツの助けを借りて動くところであるが、それが出来ない以上、自分達だけで目的の物を探さねばならない。
とは思いつつも、何よりシュバルツを放っておく事も出来ない。
「最後に気配があったのはどの辺りなんだ?」
フェルもシュバルツを心配しているのか、そんな事を聞いてきた。
「奥です」
「じゃあ、大元の場所も探すつもりだったんだし、そっちに行ってみようよ」
「そうだな」
デュオとキースも心配している様だ。
こうしてルース達はシュバルツを探しに、更に森の奥へと入って行った。
もしネージュがここに居てくれたなら、気配を探ってもらったり助言をもらえたであろうが、今はそれを考えても仕方がない事だとルースは気持ちを切り替え、3人は走り出すのだった。
しかしそちらに向かうにつれ魔物の出現頻度も上がり、単体の事もあれば複数の事もあって、それらと対峙しながら進んで行く。
しかし唯一の救いが、その全てが、魔の者より劣る物だった事であろう。
「何だありゃ」
そして奥へ奥へと進んで行き、急にフェルが走る速度を緩めて前方に目を凝らした事で、皆も足を止めてフェルを振り返った。
「どうかしたのか?」
キースが訝し気に聞けば、フェルは眉間にシワを寄せた。
「塚…?」
こうして森の奥へと進めば、聖魔法で奏でる警告音もいつしかなくなり、今は肌に纏わりつく様な禍々しい気配が濃くなってきていた。警告音も必要ない程。
そこで発したフェルの言葉。
デュオとキースにはまだ何かがあるようには見えていないものの、ルースの目には黒い霧が、目指す先を包み込んでいるように視え、余計に視界も悪くなっている。
「ルースも、何か視えるのか?」
キースはルースを振り返る。
「あの奥…闇の魔力が一帯に漂い、黒い霧があるように視えます。その為、何も見えません」
ルースの説明で、皆の纏う気配に警戒の色が増す。
「肌もピリピリする」
デュオは見えないまでも、はやり何かを感じていた。
「兎に角、行ってみるか」
付近には今のところ魔物は見えないが、慎重に木々の間を進んで行くルース達。
しかし。
「ちょっと待ってくれ」
途中、キースが皆に止まれと告げる。
「姿はないが、魔物の気配がする…」
キースの言葉で皆は当たりに警戒するが、キースが言うように魔物の姿は確認出来ない。
「言われてみれば、気配はするな」
フェルも同意するがフェルの目でも見えていないらしく、隈なく周辺一帯を注視しながら体をゆっくりと回転させている。
兎に角“おかしい”としか言いようのない状況だが、このまま様子を見ているだけ、という訳にも行かない。
そこから更に慎重に進みだしたルース達は、誰が言わずとも皆同じ方向に視線を向けていた。
ルース以外の目には、その先に土が隆起した塚の様なものが見えていたのである。
すると突然その隆起の中から飛び出して来たように、3m程の1体の黒い魔物が出現し空へ舞い上がったのだった。
「魔物か…」
塚までの距離は約30m。
「どっから出てきたんだよ…」
フェルは口元を引き締め、表情を硬くする。
「あの塚の様なものからか?」
キースはロッドを握る手を空に掲げるが、ルースが前に出てそれを焦ったように止めた。
「キース!魔法は待ってください!」
ルースの声でキースはロッドを下ろし、皆が一斉にルースに視線を送る。
「近くにシュバルツがいます…」
フェルは周りの木々を見上げ、シュバルツを探すがその姿はない。
だがルースはシュバルツとの繋がりが深い為、ルースが言うのであれば近くに居るはずなのだが…。
「俺には見えないぞ?」
ルースは意識を集中させシュバルツの位置を確認しようとするが、そのルースでさえ位置まではわからないのだった。
だが、ここで大きな魔法を使ってしまえば、どこかにいるはずのシュバルツにも影響が出てしまうかも知れず、上空に舞い上がった黒い魔物に攻撃する事ができなかった。
ルースの目には、停止飛行で上空に留まっている物も黒い霧を纏っており、闇の魔力に毒されていると認識できるため、どうにかあれを止めなければ町まで被害が及ぶかも知れないと、ルースは打開策を考えていた。
「ったく、シュバルツはどこにいる!」
フェルがイライラと叫ぶ。
ルース達がこうして手をこまねいている間に、上空の黒いものはこちらに気付いてか、咆哮を上げた。
『ギャアーー!!』
――?!――
その声に、ルースは自分の感覚を疑った。
今聞こえたのは目の前の黒い魔物の声であるはずだが、ルースの頭の中に“苦しい”という感情が飛び込んできたのだ。
「どういう事…」
ルースでさえ、考えても意味が分からない。
ルースが上空の黒い魔物を見上げれば、その羽ばたきは弱々しくも見えた。
「どうするってんだよ、ルース」
「攻撃しないって事?」
デュオも魔弓を引き絞り魔力の矢をつがえ、いつでも射れる体勢だ。
その皆の反応を知り、ルースは更に混乱した。
それでは今の感情を受け取ったのは、自分だけという事になる。
「もしかして…シュバルツ…ですか?」
「はあ?!」
ルースの呟きに、皆は上空の黒い魔物を見上げた。
それはそこに留まったまま上昇と下降を繰り返しており、見方を変えればフラフラしている様にさえ見えた。
「シュバルツ!」
ルースが思い余って呼びかけてみれば、再び咆哮を上げ“苦しい”と伝わってきた。
それでルースは確信する。
「あれはシュバルツです…」
「何だって?!」
「ええ?!」
「どういう事だ!」
3人は瞠目し、上空を凝視する。
どう見てもあれは“フギン”には見えないし、体の大きさも違うのだ。
「じゃあ、攻撃出来ないじゃないか!」
ルースの言葉を信じ、フェルは叫ぶ。
シュバルツは“友”と呼べる存在であり、ずっと共に旅を続けてきた仲間だ。
人間と魔物という垣根を超え、シュバルツはルース達には家族の様な存在ともいえる。
ルースの剣を握る手に力が籠るが、それをシュバルツに振り下ろす事は出来ない。そしてあちらからも攻撃がない所をみると、“ルース達の不利益にならない”と言った誓いが、殺戮の衝動を止めてくれているのかも知れないとルースは思った。
だがあのままではシュバルツが苦しむだけで、何の解決にもならない。
そして今シュバルツはあの黒い霧を纏わせている中でも、辛うじて自我を保たせルース達を認識してくれており、それが続いている以上こちらに襲い掛かる事も出来ないのだろうと思われた。
『ギャアーー!!』
シュバルツの咆哮が続く中、シュバルツからその感情が流れてくる。
“殺せ”と。
そんなやり取りは1分にも満たないが、ルースの額には冷たい汗が伝い落ちていた。
「“殺してくれ”と言っている様です…。今はまだ自我を保っていますが、このままでは闇の魔力に飲まれて暴走するかも知れません」
「そんな…」
デュオが唇を噛み、魔弓を下ろした。
「どうにかなんないのかよ、ルース」
「………」
フェルの問いかけにも答えられず、苦悶の表情でそれを見上げたままのルースは、ルースの後ろで上空を見上げるデュオへと視線を向けた。
「デュオ、シュバルツの羽を射抜いてください。彼を落としましょう」
「え…」
「矢は、ソフィーの矢を使って下さい」
「ルース…」
『ギャアーー!!』
その間にも苦しみの為か、シュバルツと思われる物は咆哮を上げている。
「時間はありません。お願いします」
ルースの真剣な眼差しにデュオは泣きそうな顔で頷き、矢筒からソフィーが聖魔力を与えてくれた矢を番える。しかし、手元が震えている為か中々矢を放つ事ができぬデュオに、ルースはその背に手を添えた。
「大丈夫です。彼を助けましょう」
ルースの前向きな言葉でやっと手の震えを止めたデュオは、友の変わり果てた姿に集中し、その矢を放ったのだった。
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