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【265】馬車に揺られて

 翌日の、それも早朝だ。


 ルース達がギルドの裏庭で鍛錬をしている時、一人のギルド職員がルース達の前に飛び込んで来た。

「あの!すみません!緊急招集です!」

 ルース達はその声に急ぎ身支度を整えると、冒険者ギルドへと向かった。


 入ったギルドの中は、早朝にも関わらずもう20人程の冒険者がいて、不安気な視線を受付に向けソワソワと落ち着かないようだった。


 ルース達はその中を進み、受付に声を掛ける。

「月光の雫です」

 それだけ告げればギルド職員は一つ頷き、ルース達を奥の扉の中へと案内していった。


 通された部屋は応接室で、コの字に並んだソファーの片側には既に昨日会った明星の天(あけぼしのそら)パーティ4人が座っていた。


「すみません。遅くなりました」

「いいや、皆今集まったところだ」

 声を発したのは、一人掛けのソファーに座る50代位の男性だ。

「取り敢えず座ってくれ」


 ルース達をソファーへ促したその男性は、ルース達が腰を下ろした所で声を出す。

「俺はイールカ冒険者ギルドのギルドマスターをしている“リンジー・ギャッグス”だ。こっちはA級冒険者パーティの“明星の天(あけぼしのそら)”で…」

「いやギルマス、俺達は既に面識があるから、紹介は省いてくれて構わない」

 と、そこでブライアンが口を挟んだ。


「そうか、では手間が省けたな。早速で悪いが、急に呼び出した件についての説明を始める」

 ギルドマスターのリンジーは、そう言って膝の上で組んだ手に力を入れた。


「先程この町の西にあるモルラントの町から、ここイールカとモルラントの間にある森で魔物が異常行動を起こしていると連絡が入った」

 リンジーの言葉で、一同に緊張が走った。


「その森はモルラント側に近い事もあり、先に異変に気付いて調査してくれていた。異変は昨日の深夜からであった為、そこに居合わせたS級冒険者が様子を見てきてくれたらしい。そしてギルドへ報告した」

「何で異変だと、分かったんです?」

 長髪のミックが、訝し気にリンジーに尋ねた。


「夜中に、魔物の声が響き渡ったそうだ。その声が危機感を覚える様な、異様なものであったらしい」

「それが異常行動だったと?森の中には、普段から夜中に魔物の咆哮などもあります。なぜ分かったんです?」

 と、今度はブライアンが聞く。


「最初は声の元を辿るつもりが、森に入った途端、魔物が飛び出して来たそうだ。そして彼らは、魔物の行動に違和感を覚えたそうだ」

「違和感?」

「いつも以上に興奮していた。当然、彼らは調査の為にそれらを切り伏せて奥に進もうとした訳だが、なぜか後から後から同じ状態の魔物が次々と現れるのだと…」


「スタンピート…?」

 ルースはそんな言葉が脳裏に浮かび、静かに呟いた。


「それはまだわかっていない。彼らはそんな状態の魔物に自分達パーティだけでは力不足だと悟り、一旦町に戻ってギルドへ報告した、との事だ。今はモルラントの町からC級以上の冒険者を集め、何とかそれを溢れさせぬよう食い止めてくれている状態らしい」


 とリンジーにここまで説明されれば、ルース達も召集の意味を理解する。


「だがここからでは森まで、普通の馬車で半日かかる。その為この町からは、A級の冒険者だけを先に出すことにした」


 冒険者ギルドでも馬車は持っているが、各町で精々1台程度だ。

 それには乗れるものの人数は限られており、この2組位で目一杯なのだろう。


「そんな訳で、悪いがすぐに向かって欲しい。向こうは既に数時間に渡り対応してくれている以上、手が足りなくなることは目に見えている」

 多分既に負傷者も出ているだろうと、リンジーは暗に続けた。

「こちらからもC級以上の者を後から向かわせるが、それでも10人程度にしかならんがな…」


 イールカは町が小さい事もあり、冒険者自体も少ない。

 今この町にいる冒険者で、C級とB級パーティは全員で10人程度しかいないようだった。


「わかりました。それでは僕たちとルース達はこのまま森へ向かいます。地図はありますか?」

 ブライアンは昨日の優し気な表情を引っ込め、眉間にシワを刻みリンジーと話す。

 ルース達は彼らと同じA級ではあるが、経験はブライアン達の方が豊富であろうと、ここは明星の天の指示に従うことにした。


 こうして、ある程度そこで話を詰めたルース達は急ぎ足でギルドの外に出ると、冒険者ギルドの前に既に用意されていた馬車に乗り込み出発して行った。


 そして町の門を過ぎれば、野営していたであろう騎士団員達は既に出発の準備を整え終わり、各自落ち着いた動きでその時を待っている様で、森でのことは聞いていない様子だと見て取れた。

 本来ならばここに居る騎士たちにも手伝ってもらう事かも知れないが、こうして出立の準備をしているのであれば、冒険者ギルドから助力の願いは出していないのだろう。

 今回の事は冒険者だけで解決できる事と判断したのかも知れないし、流石にたかが魔物の事で、予定が決められている国防騎士団に声を掛ける訳にも行かないのだろうなと、ルースは思った。


 こうして景色と共に遠のく黒い一団を見送り、ルースは気を引き締め直しその視線を車内へと向けた。


 ルース達が乗り込んだ馬車は2頭立てで、黒く重厚な縦長のキャビン部分に扉はついておらず、後部から乗り込む仕様になっていた。着席部分は縦に2列が向かい合うように壁際に備え付けてあり、その長い座席にはしっかりと緩衝材の詰め物がされている。

 普通窓がある上部はただ枠だけの窓となっており、その上に巻き上げ式扉があるようだが、今それは仕舞われ、乗員がいつでもそこから外へ飛び出せる様にしてあるのかとルースは感じた。


 そして乗ってから、他にも気付いた事がある。

 この馬車は、普通に乗る馬車の2倍の速度が出ていたのだ。いくら2頭立てとは言え、この速度では馬がすぐに疲れ使い物にならなくなるだろうとルースが危惧していれば、向かいに座ったブライアンが、そんなルースの思考に気付いたのか声を掛けてきた。


「冒険者ギルドの馬車は、初めてかい?」

「はい。速い分には越したことはありませんが、この速度では馬が疲れてしまわないでしょうか?」

 この馬車のキャビン部分は作りがしっかりとしており、硬く重そうな材料を使用している様にみえる。


「それな、俺達も初めて乗った時は心配したんだが、大丈夫なんだとさ」

 そこで、黒髪をそよがせるコールソンが言葉を挟んだ。

「どういう事です?」

 と、フェルも不思議そうにコールソンに聞く。

「ああ、そうか…」


 その時コールソンが答えるより早く、キースが何かに気付き口を開いた。

「おや?気付いたね?流石に魔法使いだけの事はある」

 緑の長髪を押さえつつ、ミックがキースの反応に満足気に笑った。

 ミックはキースと同じ、魔法使いなのだ。


「風魔法が掛かっていますね?何かしらの補助をしている…?」

 キースの答えはルースも薄々気付いてはいたが、それがどのような作用をしているのかがわからないのだ。


「そう。この馬車はギルドの馬車で、機動性を重視している。その為、風魔法を発動する魔導具が取り付けられていて、荷台の重さを軽量化しているんだそうだよ」

「だから馬の負担は殆どなくって、速度を上げて長い時間、馬車は走る事ができるんだってさ」


 ミックに続き、コールソンが説明をしてくれた。

 コールソンは弓士で、今は背に弓と矢を背負っている。

 しかし魔力を持たないのだと言い、デュオが既に魔弓士になっていると伝えれば、驚いた後憧れを含む目でデュオを見つめていた。


 リーダーのブライアンは槍士であるが、槍は持ち歩くには不便なため、いつもはマジックバックに入れているのだという。

 そしてサイモンは剣士であり、腰から剣を下げている。


 剣を持つ者は剣士か騎士という事になるが、それは圧倒的に剣士の数が多い。一般市民からすれば、騎士という者自体に余り触れる事もない為、剣を握るものはその殆どが剣士になりたいと子供の頃に努力しているからだろうか。

 一方貴族の間では騎士になる者が多いらしく、家を継がない次男や三男は騎士になって国の為に働くのだ、というのはダスティから聞いた話である。ダスティは貴族でありながら、珍しい方の剣士を選んだ人物だ。


 そんなブライアン達とこの先の打ち合わせをしつつ、馬車は速度を緩めることなく進んで行った。

 そうして半日かかると言われていた森へは2時間が経過した頃、馬も疲れた様子もなく到着する事ができたのだった。


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