【264】イールカの町
ここイールカの町は平原の中にある小さな町で、村が大きくなっただけの様に町の雰囲気は長閑だった。
だがルース達が町に着いた時、町の外では騎士らしき集団が野営地を作っていると気付いた。
町に入ってその事を尋ねれば、今外にいる彼らは国を守る国防騎士団員であるらしく、これから北部へ演習に向かう為の移動中で、今朝この町に着き明日には再び移動していくと聞いた。
その中の一部の者は町の宿に入ったが、騎士たち全員を泊める宿がこの町にはない為、あの様にして殆どの者が外で野営の準備をしているらしい。
その為今日は町中を歩けば、黒い縦襟のついた団服を纏った者達をよく見かけた。
彼らは腰から剣を下げ姿勢よく歩く者もいれば、キョロキョロと店々を見回している者もいて、そんな団員は一緒に歩いている団員に小突かれていた。
国を守る騎士として在る国防騎士団員たちは、その役割に誇りを持っている事がその歩く姿からでも伝わっていた。
そんな彼らとすれ違いつつ笑顔を向けてくる店主たちを見ながら、小ぢんまりとした冒険者ギルドを見付けその扉を開く。
キーッという乾いた音をさせた扉を抜けて中に入れば、食堂2軒分程の空間があり受付は2か所、テーブル席は3つ。
「小さいな」
とフェルが小声で言った。
つい先日まで滞在していたパッセルの冒険者ギルドは、ここの3倍以上の広さがあった為、余計に小さく見えるのかも知れない。
「でも、雰囲気は良さそうだ」
キースは室内を見回し、居心地の良さそうなギルドに頷いた。
確かに広いとは言えないが、室内は綺麗に掃除がなされ、雑然とした感じは全くしない。
使い込まれたカウンターも綺麗に磨かれており、この町のギルド職員は皆大切にここを使っている事がうかがえた。
ルース達は昼食を食べている冒険者達を横目に、人の少ないギルドの中で受付へと向かった。
チラリと掲示板を見れば、クエストは半分位まだ残っている様だった。
「こんにちは。本日はどの様なご用件でしょうか?」
ルース達が近付いてくるのを見て、ギルド職員が声を掛けた。
ギルド職員は20代後半位の女性で桃色の髪を綺麗に束ね、その顔には笑みを浮かべている。
「こんにちは。先程この町に着いたばかりなので、宿を探しています」
と、ルースはギルドカードを提示する。
すると一瞬目を見開いた職員は、眉尻を下げた。
「それでは、ギルドの宿をご利用になりたいとの事ですね?ですが生憎…」
その職員は途中で言葉を切ると、困った顔になった。
「満室ですか?」
そんなに冒険者がいる町には感じなかったが、宿は一杯なのだろうかとルースも眉を下げた。
「いいえ、お部屋はあるのですが、一般室になってしまいまして…」
返事を聞いたルースは、フェル達を振り返る。
「よろしいでしょうか?」
「ああ」
フェルの言葉と共に、ルースに頷き返すデュオとキース。
ルースは再び職員に向き直ると「そちらでお願いします」と続ける。
「あっはい、ありがとうございます。それでは4人部屋と一人部屋、どちらがよろしいでしょうか?」
どうやら一人部屋も人数分空いているらしく、ギルド職員は丁寧に確認をしてくれる。
「皆一緒でいいんじゃないか?」
「そうだね。個別だと行き来が大変だし」
「そうだな」
ルースは3人の意見を聞き、4人部屋をお願いした。
そうして案内された部屋は、ベッドが並んだだけの懐かしい部屋だった。
「ちょっと落ち着くな」
フェルが開口一番に苦笑して言う。
ルースとパーティを組んでから、ずっと小さな部屋で寝泊まりをしていたフェルだけに、ルースも苦笑して頷いた。
「初心に帰れ、という事かも知れませんね」
ルースの言葉は、皆の気持ちを引き締めるものとなった。
それから夕方になり、ルース達はギルドの食堂を利用しようと向かって行けば、ギルドの中はそこそこの人数の冒険者達がクエストの報告に集まっていた。
ルース達はまだ一つ残っていたテーブル席を確保して、小さな飲食スペースのカウンターで料理を頼む。
メニューを見れば、“炒めライスとヌードル定食”に“角切り畑肉の熱辛定食”、“魔物肉の甘辛ソース和え定食(日替わり肉使用)”と“体に優しい八種の具定食”となっており、他一品料理などが並んでいる。
「聞いた事ないのが並んでるな…」
「では皆、別々にしてみますか?」
「そうだね。僕は“甘辛ソース和え”」
「お?デュオは無難そうなやつにしたな?」
とキースは笑い、そのキースは“熱辛定食”を選んだ。
「んじゃ俺は、量が多そうな“炒めライス”」
「では、“八種の具”にします」
ルースは“体に優しい”と書いてある為か、最後まで誰も頼まなかった物を頼んだ。
ルース達の話を聞いて、厨房の職員は笑っている。
どんな物かを尋ねれば教えてくれるのだろうが、ルース達は敢えて聞かなかった事をわかっているらしい。
そうして、用意された料理をトレーに受け取って席に着こうとすれば、ルース達がテーブルに乗せていた4つの水を脇に寄せ、誰かがそのテーブルに座ってしまっていた。
冒険者ギルドでは“早い者勝ち”なところがあるものの、ルース達は水を入れたコップを4つ置いていたはずが、それはないものとされてしまった様である。
「あ…」
デュオは席が無くなっている事に気付き、小さく声を落とす。
しかしここで、争い事を起こすわけにも行かないとルースが困っていれば、フェルがつかつかとその席に近付いて行き、席に座っている3人に声を掛けた。
「そこは、俺達が使おうとして水を置いていたんだ。すまないが退いてくれるか?」
フェルは困ったように言葉を掛ければ、座っていた3人は自分達の会話を止め、フェルを振り仰いだ。
「え?水は下げ忘れだと思って座ってしまった…悪い。しかし僕達も、これから食事を摂るつもりだったんだ」
と金髪に緑の目の顔の整った青年が、フェルからカウンターへ視線を向けた。そこには1人、注文をしている者がいる。どうやら1人が皆の分を注文しに行っているらしく、残りは席を確保する為に座っていたようだった。
とは言え、フェル達はもう手に料理を持っている訳で、互いに困った顔を向け合って押し黙る。
その時、隣の席の4人が席を立った。
「こっち使ってくれ。俺達はもう終わったから」
と、食事のトレーを手に持ち、ルース達へと笑みを浮かべてくれた。
「サトリ達だったのか、ありがとう。助かったよ」
金髪の青年がさっと手を上げ、そんな彼らに礼を言った。
ルース隊も「助かります」と礼を言い、ルース達が空いた席に座る事でこの場を納める事が出来た。
デュオが除けられていた水を、隣の席に移動してくれる。
「席を奪った形になって悪かったね。僕達は一週間前からこの町に来ている、A級冒険者パーティの“明星の天”。僕はリーダーの“ブライアン”、彼は“サイモン”でこっちが“ミック”。それで向こうにいるのが“コールソン”」
そう言って金髪の青年ブライアンは、焦げ茶の髪に切れ長の目をした青年をサイモン、緑色の長髪の青年をミックと紹介し、カウンターにいる黒髪で細身の青年をコールソンと言った。
ルース達側もルースが代表して皆を紹介すれば、ルース達がA級パーティだと知り、驚いた様に目を見張った。
「ほう。まだ若そうなのにA級なのか。僕たちは25でA級になったんだが、それでも早い方だと言われていたのになぁ」
そんなブライアンの言葉を、ルース達は苦笑いで返す。
まさか、ルースのスキルが影響しているとは言えないのだ。
ルース達はステータス値が他の者達よりも早く成長できるため、普通であれば逃げなければならない魔物とも戦う事ができ、それゆえギルドポイントも溜まりやすく昇級も早い。
「へえ」
と感心している彼らの下にも食事が並び、先に食べ始めていたルース達と話しながら彼らも食事を始めた。ひょんな事から話が始まったが、互いにA級という事もあり会話も弾んだ。
「って事は、宿は俺達が使っているから、取れなかったんだろ?どうしたんだ?」
切れ長の目で見つめてサイモンは、ここのギルドには特別室が1つしかなかったのだと言う。
「でも、4人部屋は普通に取れましたので」
「ああ…そっちも悪いことしたな」
「それもいいですよ。タイミングが悪かっただけなんで」
フェルはヌードルをすくい上げて冷ましながら、笑顔を彼らに向けた。
互いにそんな話を挟みつつ、皆はギルドの料理を口に運ぶ。
フェルが頼んだ料理は、大盛でスパイスの香りが効いた香ばしいライスと、細長く麦を伸ばしたヌードルと呼ばれる物が入った汁物のセットだった。フェルの笑顔を見れば、口にあったようだ。
そしてキースは、赤い香油の中に入った四角く切られた豆から作ったという白い物をスプーンで掬い、確かに熱くて辛い、とライスと一緒に美味しそうに食べている。
デュオが食べている今日の肉は、アースラットの肉だった。香草で良く揉み込まれ、臭みもなく美味しいらしい。そしてルースは、6種の野菜に鶏肉とクラーケンを一緒に炒めた上にとろみをつけたもので、塩梅が丁度良くライスに良く合う料理であった。
こうしてルース達はひょんな事から新たな出会いを経て、イールカの町での初日を迎えたのである。