【263】目指すは
「ソフィーは、元気にしてるかな…」
そんな呟きが聞こえてきたのは、パッセルを発った後に立ち寄った“イールカ”という町の宿に入った時の事だった。
ソフィーが教会に見付かり連れて行かれた後、残されたルース達にダスティ達は何も聞く事なく、そのまま旅立って行った。
その後戻ったダスティ達に、“領主の館に来てくれ”という伝言をもらう。
それはルース達に、町の警備についてくれた礼を言いたいからだという内容のもので、断る事も出来ず再び領主の館を訪問する。
そして町の警備の礼としての報酬を渡された後、領主とダスティ達にソフィーの件を尋ねられたのだった。
あれはどういう事かとダスティに問われ、詳細は語らずともこれまでの大筋を正直に話した。
ソフィーは元々職業が現れていなかった事、その後、司祭の居ない教会で調べる事が出来た時に聖女であると分かった、という事。
そしてそれからも冒険者としてルース達と行動してきたが、聖女であることが知られ、連れて行かれたという内容だ。
「そうか…。聖女は教会の象徴であるといえるからな。聖女を手元に置き、封印されしものの討伐隊へと聖女を差し出さねば、格好がつかぬという事だ」
体裁を整える為にソフィーは連れて行かれたのだと、暗にドナルドは告げていた。
「どうして教会へ知らせなかったのか、とは聞かないのですか?」
ルースはまるで自分達を擁護するような言い様に、そうドナルドへと問いかけてみた。
それにドナルドは苦笑して話し始めた。
「もしそれが自分の家族であれば、と考えれば、私は本人のやりたいようにさせたいと思うだろう。君達も、彼女が教会に行く事を望まなかったから、教会へは報告しなかったのではないのか?」
ルース達は敢えてそれには返事をしなかったが、黙り込んだルース達を見てドナルドは微笑んだ。
「我々は貴族の端くれでもある為、教会ともある程度の付き合いがある。しかし君達にはそんなしがらみもない。自分の大切な者が教会に奪われる事を、もろ手を挙げて喜ぶ奴もおらんだろう」
そう言って紅茶を一口飲むと、再び話を続けた。
「だが今、君達も知っての通り、封印されしものが再び世に現れようとしている。本人の希望とは違うかも知れぬが、その時に聖女は必要不可欠となる。我々からすれば“勇者の儀”に、聖女が間に合って良かったと言わざるを得ない」
「勇者の儀…」
「そうだ。これから半年後、王都で“勇者の儀”が執り行われ、そこで封印されしものに立ち向かう“勇者”を選出するのだ。と言っても貴族の間では、“いつも勇者は王族から選ばれている”事を知っている。今回もアレクセイ殿下か、ルシアス殿下になるだろうとは思っているが…」
ドナルドはそこで、考えるように顎の下に手を添えた。
「アレクセイ殿下は、御成婚されたばかりであるし次期国王としてのお立場もある。そうなると、ルシアス殿下にお願いしたいところではあるが…」
「ルシアス殿下は病気療養中の為、ここ10年ほどお姿を見せていない」
ドナルドの言葉を引き継ぎ、ダスティがその先を続けた。
ルース達は全く知らぬ事であった為、2人の話に耳を傾けていた。
「ルース達は、“勇者の儀”を知っているか?」
とダスティが尋ねるも、ルース達は首を振って否定した。
「いいえ。存じ上げません」
ルースが以前調べていた“封印されしもの”の書物にその言葉も書いてはあったが、漠然としたもので詳しくは載っておらず、その儀式についての知識はない。
そんなルース達にドナルドが説明を始めた。
「勇者の儀とは、城で保管されている“勇者の剣”をつかい、勇者となる者を選定する事を言う」
「剣をつかって…ですか?」
「そうだ。その勇者の剣とは、歴代の勇者が使っていた剣。その剣が認めたものを、勇者とするのだ」
「歴代の勇者がつかっていた…という事は、当初からある古の剣という事ですか?」
と、そこでキースが尋ねた。
「さよう」
「ですが、歴代の勇者は…」
ルースはその矛盾点に気付いた。
「ルース君が言いたい事は、歴代の勇者は皆、封印されしものの討伐から戻っていない、という事だろう。その通りだ。だが勇者が戻らなくても、その剣は必ず城に帰ってくるのだ。ある時は聖女が持ち帰り、そしてある時は人々の手を借りて王都に戻ってくる。勇者の剣は、「必ず帰る」と言いおいて出発した勇者達の魂が宿っていると言われている」
「………」
ドナルドから語られる言葉に、ルース達は言葉を失う。
歴代の勇者の魂を宿した剣。
恐らくそれは比喩であろうと考えられるが、あながち否定する事も出来ないとルースは思った。
「だから、その剣が選ぶと?」
キースは、先程ドナルドが言った“剣が認めた者”という言葉を、別の言葉で聞き直した。
それにはドナルドが神妙に頷いた。
「我々もどのようになるのかまでは知らぬが、“剣が”認めた者でなくば勇者とは呼べないそうだ。今回は我々も、それがどのような意味なのかを知る事となるはずだ」
ドナルドはその儀式に参列する事になっているらしく、半年後には王都に行くと言った。
「その儀式では、一般の者も参加する事が出来るらしいぞ?」
そこでダスティが、ルース達にニヤリと笑みを向ける。
「参加…とは、見学するという意味でしょうか?」
ルースの問いに、ダスティはその笑みを深めた。
「いいや。言葉通り、勇者の儀に参加するという意味だな。勇者の儀とは国中の者へ、封印されしものの討伐が始まると知らせるためのものだが、それとは別に祭りという意味もあり、国中から自薦他薦を問わずその名声を求める者達が勇者の剣の下に集い、それを見守る観衆はそんな彼らに興奮しそして盛り上げていく」
「先程勇者とは、王族から選ばれるとお聞きしましたが…」
「それは一部の貴族しか知らぬ事実。民衆はそんな事は知らぬから、目の前の者達の中から勇者が現れるはずだと、その時を今か今かと見守る。そして勿論、勇者になろうと参加する者も、その事実を知らない。そして今、国中からその儀式に参加する者を集め始めているそうだ」
「なあルース、俺達もそれに参加しないか?」
今まで黙っていたフェルが、そこで口を開く。
ルースはその言葉の真意を汲み、柔らかく微笑んだ。
「ダスティさん、それは王都に行けば参加方法などが分かるのでしょうか?」
ルースの言葉を聞いたフェルは、自分の問いかけの返事を聞き、嬉しそうに喜色を浮かべた。
「ああ。王都には各所に公示が出ているはずだから、詳細はそこで分かるはずだ。それに、今から向かえば勇者の儀には間に合うだろう」
ルース達は領主の家に呼ばれ、ソフィーの話から勇者の儀が催される事を教えてもらった。
フェルは、ソフィーがいなくなってからずっと元気の無いままであったが、もし勇者の儀に参加できるのであれば、再びソフィーの元気な姿を見る事も出来るかも知れないという希望を見付け、やっと笑顔を見せてくれるようになった。
こうしてパッセルの滞在期間を終えたルース達は、半年後の勇者の儀に参加する為に王都を目指す事になったのである。
そしてそれから一週間、パッセルの南東にあるイールカの町の冒険者ギルドで、ルース達は宿を取ったところだった。そしてフェルの呟きはいつもの事で、常にフェルはソフィーが元気にしているかを気に掛けていた。
「ネージュが付いているんだし、そんなに心配しなくても大丈夫だ」
「そうだよ。ああ見えて聖獣なんだし、ソフィーが嫌がる事をすれば、ネージュが黙っちゃいないはずだよ?」
キースとデュオがこうして言うのも、ここ最近ではいつもの事だ。
シュバルツも元気のないフェルを気遣い、いつもの突っ込みは控えてくれているらしい。
『ソノ内,様子ヲ見テ来テヤロウ』
シュバルツもソフィーの事が気になっているのか、時々フェルにそう言っている。
そんな状況ではあるが、何だかんだフェルは皆に愛されているなと、ルースはそれを嬉しくも思っていたのだった。