【260】祭りのあと
子供達3人を保護し、人攫いを捕まえたルース達は、その夜の内に森を抜けて町に戻る為に馬車を進ませた。
疲れているであろう馬は、当然ソフィーがこっそりと回復させてくれた事で、嫌がらずに進んでくれた事は救いだ。
夜の森は危険ではあるものの子供達を早く親元に帰したい事もあり、ルース達が馬車の周りを囲みカンテラを照らしながら沢山の明かりを灯しながら歩く。
御者席にはフェルが座る事になった。
フェルはこう見えて村では荷運びを手伝う事もあったらしく、手綱を握った事があると、かって出てくれたのだ。正直、他の皆は馬車を操った事が無かったので、有難くフェルにお願いした。
問題となる人攫いたちは、座らせた状態で4人を更に纏めて縛り上げている上、ソフィーの魔法“深眠”で眠らせてある。
人攫いはこうして縛ったまま荷台に放り込み、子供達は先程までの様に御者席側に乗ってもらい、フェルから顔が見えるように布を上げてある。
そして男達とは再び木箱で仕切ったため安心してくれた様で、3人は今そこで寄り添うように眠っている。
そして移動中の魔物は、ネージュとシュバルツが広域情報を知らせてくれている為、魔物を迂回するように進み、なるべく夜間での戦闘は避けている。子供たちの前で戦闘をすれば、怯えさせてしまうからだった。
こうしてゆっくりと歩きながらルース達は夜も更けた頃に、パッセルの北門が見える場所へと戻ってきた。
昼過ぎに町を出たルース達は、10時間ぶりに町へと戻ったのである。
ルース達が遠くの北門を見れば、門前の随所に篝火が焚かれ衛兵たちも多い気がする。そんな彼らが忙しく門の前を走り回り、鞍を付けられた馬も見えた。
「何かあったのか?」
フェルは、一早くそれらに気が付いて独り言ちる。
「人が多いようですね」
ルースも忙しく動き回る黒い人影に気付いた。
「今日はお祭りだったし、まだ皆が騒いているのかも知れないね」
とデュオが言ったところで、ネージュの念話が入った。
『あの者達もあそこにいるようじゃな』
「あの者?」
『うむ。領主の家の者じゃ』
ソフィーの問いかけに、ネージュはダスティ達だと言う。
そうであればダスティ達に声を掛け、荷台にいる者達を引き渡してしまおうと言う話になった。
そしてゆっくりと、煌々と篝火が焚かれた門前に到着したルース達を、10人程の衛兵たちが一気に取り囲んだ。そして槍を突き出そうとして腕に巻かれた白い布に気付いたのか、パラパラと構えていた槍を下ろしてくれた。
ルース達は突然の事に驚き声も出せなかったが、その衛兵たちを掻き分けてダスティが顔を出した。
「ルース、何があった。こんな時間まで」
ダスティに問われたルースは、早速今日あった事を簡素にダスティへと伝えていった。
すると、見る見るうちにダスティが無表情になっていく。ダスティの無表情は、迫力があった。
衛兵たちもそんなダスティに気が付いた様でじりじりと後退りしていき、ルース達の前にはダスティとゾイ、オールトしかいなくなっていった。
「今日の門番は、後でキッチリと話をしないといけないな…」
低い声で言うダスティの言葉に、衛兵たちに緊張が走った。
「何をボサボサしている。荷台にいる奴らを連れていけ」
「はっ!」
流石に領主の息子だ。
ダスティが一言いえば皆が声を揃えて応答し、慌てたように動き出していく。そして荷台の中の4人を引きずり降ろし、そのまま門の中に引きずって行った。
荷台の中にいた子供たちは目を覚ましたらしく、大きな大人たちに囲まれ怯えた表情で馬車から降りてきて、ダスティの前に連れ出された。
そこへ、隣にいたゾイが前に進み出て膝をつく。
「もう大丈夫だぞ?オジサン達は町を護っている人達だから、何も怖い事はしない。お母さん達の所に連れて行ってくれるから、安心して大丈夫だ」
優しそうな笑みを浮かべやんわりと言葉を掛けるゾイに、子供たちは肩から力を抜き「うん」と大きく頷いた。
流石にダスティが顔を近付ければ、怖がられると分かっているパーティメンバーである。それにゾイは子供の扱いが上手いようで、川で溺れた子供を助けた時も頭を撫でてやっていた事を思い出す。
ゾイと子供たちのやり取りを見守っていたダスティが視線だけで衛兵に指示をすれば、彼らは子供達を抱き上げ、町の中へと連れて行ってくれた。
そうして残ったのは、ルース達4人とダスティ達3人だ。
「どこに行ったかと心配してた」
オールトはルース達に視線を向け、ホッとした様に言った。
「ご心配をおかけして、すみませんでした」
「一声掛けてくれれば良かったのに」
ゾイも眉尻を下げてルースを見るも、ルースは不審に思っただけで何の確証もなかったためだと謝罪する。
「ただの勘でしたので…。ですが今後何かあれば、先に声をお掛けいたします」
「ああ、そうして欲しい。せめてパッセルにいる間は、俺達を頼ってくれると嬉しい」
ダスティは仕方がないと苦笑を浮かべ、ルースの肩をポンと叩いた。
その後、馬車も衛兵が引き取りに来てくれ、ルース達はダスティ達に促されるまま領主邸に行く事になった。
深夜にも関わらずそこにはダスティの父親であるドナルドもおり、再び応接室の様な部屋でルース達はテーブルを囲んだ。
「話の筋はダスティから聞かせてもらった。まずは今回の件に礼を言わせてくれ、ありがとう。君達にはいつも助けられてばかりだな」
ドナルドは貴族であるはずが驕ったところがなく、とても誠実な対応を取ってくれている。
「いいえ。こちらこそお騒がせして申し訳ございませんでした」
と、ルースは声も掛けずに飛び出してしまった事を謝罪して頭を下げた。
そこでドナルドから伝えらえてた話では、祭りの前日から子供たちがいなくなったと彼らの親から訴えがあり、内々で捜索していたという事だった。
ルース達も警備の手伝いはしていたが、それは町の治安維持のために動いてもらっていた為、敢えてこの事は伝えなかったという事らしい。
「元々がこの町の事であるから、我々の手で解決させるつもりであったのだが…」
ドナルドは、そう言ってため息を吐いた。
そうして子供たちの捜索を始めるも、余り有力な手掛かりもなく、人員を裂きしらみつぶしに捜索していった結果、人攫いにあったのだという事が分かり、その潜伏先を突き止めたものの、その時にはもぬけの殻だったという事らしい。
それから町中を捜索し門番へも確認を取れば、北門からルース達だと思われる者が一台の馬車の事を確認した後、急ぎ町を出て行ったと知った。そこでその馬車が怪しいとみて子供達を探す為の緊急会議を経て、これから馬で捜索に出る予定だったという話だ。
そして、ルース達が子供達を連れ戻って来て今に至る。
「しかし、よく不審な馬車に気が付いたな。ルース達は、誘拐されたという情報も知らなかったはずだ」
「それは、ダスティさんに教えていただいた場所に居たからです」
とルースが言えば、ダスティは片眉を上げてルースを見た。
「障壁の上に行ったんだな?」
「はい。光の花が良く見えて、壮大な町も望むことができました。その時北門から出て行った馬車が急に速度を上げたので、その挙動を不審に思い、確認する為に後をつけて行きました」
「そうか。そのお陰で、大事にならずに済んだんだな。本当に助かった、ありがとう」
今度はダスティにまでお礼を言われ、恐縮してしまうルース達である。
その上夕食もまだだろうからと、ドナルドが5人に食事まで提供してくれた。と言ってももう遅い時間であるため軽食だと言われ出されたものは、色鮮やかな薄い食器に綺麗に盛り付けられたサンドパンやお菓子に果物で、一口大に作られたそれらは品があり輝いている様に見えた。
確かにこんなお上品な食事では、冒険者の腹は満たされないだろうとこっそり思ったルースであった。
それらを有難くいただき話も終われば、夜も更けまだ祝い気分の抜けない人々がいる町中を通り、ルース達はギルドの宿へと戻って行った。
今日で婚姻の議を祝う祭りは終わりを迎えたが、まだまだ事後処理が残っているパッセルの町なのである。