【259】静かな怒り
夜陰に紛れ、ルース達はパッセルの西側にある森の中にいた。
馬車を追いかけて行ったルース達は、途中馬車が一瞬の休憩をするも又すぐに出発してしまう為に、少しずつ距離を縮めるものの、追いついたのは夜になり、その者達が野営をする頃になってからだった。
小さく火を焚いて野営を始めた者達は、全部で4人。
雰囲気からすれば、少なからず全員が武器を使える者達だろうと、ルースは20m程離れた木々の影からそんな者達を分析する。
『止マッタゾ』
とシュバルツから念話が入りその場所へと向かう途中、走り続けていたルース達をソフィーが回復させてくれた。
そのお陰でまだまだ走り続けられる位には、回復しているルース達だ。
足音と気配を殺しながら、シュバルツが待つ馬車へと近付いた。
ここは森の中であるが高低差も少ない為、小さな馬車でも少し奥まった所まで入れたようだ。そして前からこの場所を知っていたのか、少し木々が拓けている場所で馬車を止めていた。
赤々と灯る焚火の周りに、男たちが座って何かを話しながら干し肉を毟り酒を飲んでいる。
酒瓶を直に呷りそれを隣の者へと回している様で、「こっちに寄越せ」という声が時々聞こえるが、他は声を潜めている為か話の内容まではルース達には聴こえて来なかった。
その傍にある馬車を見れば、荷台の後ろの布は下ろしたままで中の様子はうかがい知る事は出来ないが、時々くぐもった声が聴こえてくるので、本当に中に人がいるようだとわかる。
「さいてーだな」
風下に隠れるルース達は、そのくぐもった声が悲痛な叫びを上げていると知る。
フェルが苦虫を噛み潰したようにギリリと奥歯を噛みしめた。
「人攫い」
「ええ。多分、子供や女性ではないかと」
漏れ聞こえる声が少し高めである事から、ルースはデュオへと返事をする。
「それで、どうする?」
キースが至極真面目な顔で、ルースに指示を仰ぐ。
「馬車の中の人達が第一優先です。デュオとキース、ソフィーは馬車へ先に向かって下さい。馬は暴れさせないように注意を。フェルは私と、馬車の様子を見てからあちらへ向かいます」
男達を視線で示したルースに、皆は首肯して返した。
それからルース達は気配を悟られぬよう距離を詰め、男達から10m程の所まで近付きルースとデュオが頷きあってから、デュオを先頭に3人とネージュは馬車へと近付いて行った。
ソフィーはネージュの背に乗ったままデュオの後ろに続いている。殿はキースで、馬車に辿り着いてから一番に動いてもらう予定だ。
ルースの所から見えるデュオ達が、馬車の陰に入る。
それから数秒の後、馬車と馬を透明な膜の半円が包み込んで行く。
第一段階は成功した様だ。
気付かれずに馬車へ近付いた後、初めにキースが魔法で馬車の安全を確保してから、その後ソフィーに中の人達を任せる手はずだ。
それを見留めてルースとフェルは頷きあう。
しかしその時馬車の異変に気付いた男が立ち上がり、焚火に反射する馬車を見て大声を上げた。
「おいっ!アレは何だ!」
「誰か来やがったのか!!」
その後は同時に怒号を上げる男たちが何を言っているのかは不明だが、その内容を確認するまでもなく、ルースとフェルは地を蹴って焚火の前に飛び出していった。
ルース達に気付いた男達は、鞘を放り投げて剥き出しの剣をルース達へ向け待ち構える。
「フェル、殺さないで下さいね」
真顔で軽口をたたくルースに、フェルは一応了解の意を伝える。
「こんな奴ら殺したって死なねーだろうがな。まぁしゃーねーな」
フェルの言い様にルースは薄く笑い、再び口元を引き締めて剣を抜いた。
「うぉりゃー!」
焚火から飛び出して来た男達は4人。
それらは多少腕に自信がある様で、2人ならば勝てるとでも思ったのか、その顔には余裕の表情が見える。
― ガキンッ! ―
男が振り下ろした剣は、ルースの剣で往なされる。そこで横から飛び出して来た男が剣を横に振り抜くも、それさえも来ることが分かっていたかの様にルースは軽々と弾き返す。
フェルにも2人の男が交互に剣を向けるが、フェルは盾を出すまでもなく剣で押し返していた。
ルースとフェルが4人の男を相手にしている間、デュオ達は荷台の後ろの布を開き、中をうかがった。
その荷台の真ん中には木箱が横一列に積み上げられており、視界を塞ぎ奥が見えないようになっていた。
「大丈夫ですか?」
奥に向かって初めに声を掛けたのはソフィーだ。
デュオが荷台に上がり木箱を退かしていき、その隙間からソフィーが顔を出す。
キースが馬車に掛けている魔法“気泡球”は外の音までは遮断しない為、周りで男達が上げている叫び声がありありと聴こえてくる。
ソフィーの声でゆっくりと顔を上げた者は3人。
一人はお祭りに出る為に着飾ったのか、花柄のワンピースを纏った15歳くらいの女の子。
その彼女にピッタリと寄り添い、5歳位の男の子と10歳位の女の子が泣きはらした顔をソフィーへ向けたのだった。
ソフィーの問い掛けには花柄の女の子が頷き返してくれたものの、3人共憔悴した様に顔色を悪くし、縛られた手足は青白く見える。
「ひどい…」
ソフィーがその子供達に近付き猿轡を外していく間、デュオが短刀でその拘束を解いていく。
猿轡を外された子供たちは、やっと自由になった口で大声を上げた。
「うわぁーーん!」
「わあぁーん!」
「ううぅ…」
一番年上に見える女の子は、今までこの2人を励ますために恐怖を我慢していたのだろう。嗚咽と共にポロポロと大粒の涙を流している。
「もう大丈夫だよ。今外で、あいつらを懲らしめてもらってるからね」
デュオは優しく笑って男の子の頭を撫でる。
「手首がいたそうね。すぐに治してあげるわ」
ソフィーは3人を胸に抱き込み囁き声で詠唱を唱えると、4人を温かな光が包み込んで行った。
光が収まると男の子はキョトンとした目をソフィーへ向けた。泣きはらした目元も綺麗に治り顔色も戻っているが、何をされたのか分からぬまでも体が軽くなった事に気付いてパアッと笑みを広げた。
「貴方は、魔女様ですか?」
年上の女の子は驚いた様にソフィーを見るが、ソフィーはそれを敢えて否定せず、一つ頷いて笑みを向ける。
「でも私、お金は…」
「それは心配しなくても大丈夫よ?」
と、ソフィーは微笑んで首を振った。
「もう手も足も、痛くない…」
そこで初めてもう一人の女の子が声を出した。
「よかったわ。もうみんな動ける?」
ソフィーの声に立ち上がった子供たちは、体に異常がない事を確認して大きく頷いた。
『もう、外も終わりそうじゃ』
馬車の外でキースと一緒に待っているネージュから、ソフィーとデュオへ念話が届いた。
それではまだこの中にいた方が良いだろうと、ソフィーは巾着から飲み物を出し、子供達へと配り始めるのだった。
一方、ルース達は男達を殺さぬまでも遠慮なく剣をかすらせて、決して深手は負わさない様に絶妙な剣捌きで、浅く手足を中心に傷を付けていた。
そう。ルースは静かに怒っていたのだ。
「ぐわーっ!」
「いてーっ!!」
その声に、まだ大声を上げる余裕があるとみなし、ルースとフェルは平然と男達を切り付けていた。
「フェル、向こうも落ち着いた様ですし、そろそろ終わりにしましょう」
「ああ、そうだな」
余裕で会話をする2人に、まだ男達は懲りずに剣を振り上げるものの、彼らの剣はむなしく弾き飛ばされ遠くへ飛んでいった。
丸腰となった男達を追いかけ、ルースは次々とその足元を切り付けていった。
― ズバッ! ―
「ギャーー!」
足の腱を切られた男達4人の汚い悲鳴が森の中に木霊すれば、遠くで獣の遠吠えが聴こえてきた。
「うるせーんだよ」
フェルは、のた打ち回る男達に蹴りを入れ黙らせる。
「では煩いので、拘束してしまいましょう。“樹人の手“」
ルースの魔法で、シュルシュルと4人の体に蔓が巻き付き拘束する。
ルースはわざとギチギチに縛りあげ、4人は芋虫の様にもがく物に変わった。
男どもは口を塞がれながらも唸り声を上げているが、「うるせー」とフェルが再び蹴りを入れて大人しくさせる。
そうして剣を鞘に収めたルースとフェルの所へ、馬車から降りてきたソフィー達と、ネージュにしがみ付いた子供達3人が近付いてきた。
「大丈夫ですか?」
ルースは出来るだけ優しく笑いかけ、子供たちの近くに寄って膝をついた。
ネージュにしがみ付きつつもルースへと顔を向ける子供たちは、少し怯えてはいるがしっかりと頷き返してくれ、ルースはホッと息を吐いた。
「ネージュ、モテモテだな」
フェルがネージュの様子に口角を上げる。
『当然じゃ。我は聖獣であるからのぅ』
僅かに会話がかみ合っていない気もするが、そんな会話で少しだけルース達が和やかな雰囲気に変わった。
「ところでルース、何で初めからこいつらを拘束しなかったんだ?はじめっから拘束しちまえば、楽だったろうに」
フェルは、蔦に絡まる男達を見ながらルースに尋ねた。
ルースはその問いかけに、ニッコリと笑みを作る。
「始めから拘束しては、お仕置きが出来ないでしょう?悪い事をした者は、それ相応の罰を受ける必要があるのですから。ね?」
ルースの返事に、切り刻まれている男達を凝視したデュオ達は、ルースは絶対に怒らせてはならないのだと瞬時に理解するのであった。