【257】祝いの祭り
「お嬢さん、お手をどうぞ」
フェルが気取ってそんな事を言えば、クスクスと笑ったソフィーは、フェルが差し出した手を取って踊りの輪に入って行った。
ルースとデュオとキースがそんな二人を見送り、炎に彩られる皆の踊りを眺めていれば、ルースの視界の端から声が掛かった。
「一緒に踊ってくれませんか?」
その声の主を振り返れば、若い女性がルースを見上げていた。
どうしたものかと思っていれば、「行ってきなよ」とデュオがルースの背を押し、ルースは一歩前に出る。
キースも頷くのを見てルースはその女性に微笑みを向け、右手の平を女性へ差し出す。
「私でよろしければ」
ルースの答えに笑みを咲かせた女性は、ルースと共に踊りの中に入って行った。
ルースが踊りを踊るのは村の教会に通っていた時以来だ。村では年に一度、子供たちが教会で歌ったり踊ったりする催し物があった為、その時以来という事になる。
その当時は年上のラミィがまだ何も分からないルースを気に掛け、文字通り手取り足取り教えてくれたのだった。
その為ルースは拙い踊りしか出来ないのだが、ルースは即座に周りの人たちを観察し、この場の踊りにあわせて行く。
この踊りは、男女が互いに向きあって踊るものだ。
男性は外側に女性は内側に並び、初めに互いに挨拶をして女性の手を取り一歩近づきそして下がる。そして女性がクルリと回転してまた向かい合い、それを何度か繰り返し男女とも右にずれ隣の人へ移っていくという具合だ。
誘ってくれた女性は嬉しそうに次の相手へと移動していくところを見れば、ルースを誘ったと言うよりも一人で踊りの輪に入れなかった為、手近にいたルースに声を掛けたのだろうとルースは微笑んだ。
そして周りを見れば、フェルとソフィー以外の2人もいつの間にか踊りの輪に入っており、それなりに楽しんで踊っている様子がうかがえた。
それからルースが5人程踊った後次の人へと視線を向ければ、そこにいたのはソフィーだった。
「楽しそうですね、ソフィー」
「ええ楽しいわ、踊りなんて子供の頃以来だもの。お祭りの日はずっとお店の手伝いで忙しかったから、夜もヘトヘトでそれどころではなかったの」
「あぁ飲食店では、お祭りの日は書き入れ時ですからね」
「そうなのよ。お店も夜遅くまでお客さんが途切れないと言っていたわ。私は流石に途中で上がらせてもらってたけど」
ソフィーは当時の事を思い出しているのか、とても柔らかく笑った。
「こうして皆と旅に出て、他の町のお祭りに参加するなんて、あの時の私では考えられないわね」
「旅に出た事、ソフィーは後悔していませんか?」
ソフィーにはお世話になった人達がメイフィールドにいる。それに今は、教会から逃げるように旅を続けているのだ。もしあのままメイフィールドでソフィーが教会に保護されたとしても、何も知らないままであれば今の様に嫌悪感を抱く事もなく、すんなりと教会に溶け込めていたのかも知れない。
ルースはそんな事を、ソフィーに尋ねてみたくなったのだ。
「ルースったらおかしい事を聞くのね。私が一緒に行きたいって言ったのよ?」
フフフとルースの手を持ち上げ、クルリと回転するソフィー。
「それは今も後悔なんて一つもしていないわ。こうしてネージュとも会えたし、色々な人達とも触れあえて…。それは今でも魔物は怖いと思うわよ?だって、皆が怪我をしたら嫌だもの。でもね、それを踏まえても、私はこの先に待ち受ける事を知って心構えも出来たし、少しでも困っている人の為に出来る事があるのなら、こうして旅をする事で私は私らしく生きていけるって思うの」
ソフィーの言葉はもう15歳の少女のものではなく、ルース達と過ごした3年で、大人としての知識と心構えを身に付けた者へと成長を遂げていた。
そんなソフィーに、ルースは眩しいものでも見るように微笑みを湛えて目を細めた。
ソフィーを握る手に力を込め、クイッと引き寄せる。そして一歩下がって互いに声を上げ笑いあう。
「ふふ。ルースも楽しんでるみたいね」
「ええ、まあ。相手を変えて踊るのは、新鮮ですからね」
「そうかしら?スティーブリーのお祭りも、同じ踊りだったわよ?」
ソフィーに言われてみて、そう言えば村の祭りも同じだったと思い出し、でもなぜかこの踊りに違和感を持っている自分に戸惑うルースだった。
「同じ相手とずっと踊るなんて、貴人のダンスパーティーじゃないんだから、町のお祭りではそんな事しないわよ。皆と楽しく踊るのが、お祭りの良いところなんだし」
「……そうですね」
結局ルースはこの違和感を拭いきれぬまま、それからも暫く踊りの輪の中でステップを踏んでいたのだった。
こうしてこの夜は踊りを踊り、お腹が空けば外周の出店を巡って食べ歩き、それを幾度か繰り返せば夜もすっかり更けた頃になっていた。
周りの人達はまだまだこれからだとでもいうように踊りの輪が途切れる事は無いが、流石に小さな子供たちはいつの間にか姿を消しており、大人の時間へと変わっているようだ。
「半分位の奴は酔っぱらってるな…」
「そろそろ戻りましょうか」
「そうだね。また明日だね」
ルース達は明日も午前中から警備に着く予定だ。明日の朝もいつもの時間に起きるつもりでいる為、そろそろ引き上げないといけないだろう。
そして夜も更けた頃、ルース達は熱気冷めやらぬ場所から抜け出して冒険者ギルドの宿へと戻って行ったのだった。
翌朝も早朝に朝の鍛錬を終わらせ5人そろってギルドの朝食を摂り、人が動き始めた頃にフェルとキースが午前中の巡回に出発して行くのを見送って、ルース達は部屋に戻った。
部屋でフェル達の帰りを待ってから、婚姻の議を祝う祭りに参加する予定である。
だが少しして、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
コンッコンッ
ルースは特別室という場所柄、躊躇いなくその扉を開けた。
「おはようルース。今良いか?」
「おはようございます、ダスティさん。大丈夫です、どうぞ中にお入りください」
ダスティの後ろにいるゾイとオールドも招き入れ、ソファーに座ってもらう。
ソファーにはデュオとソフィーがおり、ソフィーがダスティ達にお茶を出してくれた。
「あぁすまない、ありがとう」
お茶の礼を言うダスティが、何かに気付いてルースを見た。
「ああ、フェルとキースは外か」
「はい。見回りに出ています」
「そうか。ルース達が手伝ってくれて助かっている。昨日は何人も連れて来てくれたらしいな」
「やっぱり制服を着ていない者の前だと、警戒心も薄いみたいだよね」
クククと笑うゾイもルース達と同じく冒険者の格好をしている為に、似たような状況だったのだろうとルースは苦笑してしまう。
「今日はフェル達が戻ってきたら、祭りに行くんだな?」
「はい」
「その件で、一応伝えておこうと思ってきたんだ。今日の正午、王都で王太子殿下のご成婚の議が始まる事は伝えたと思うが、その少し前に中央広場で領主がご成婚の儀を祝う為の挨拶をする。その後結婚式が始まる同じ時刻に、うちの家から魔導具を使って空に光の花を咲かせるんだ」
「光の花ですか?」
ルース達は顔を見合わせ、初めて聞く言葉に皆がコトリと首を傾げる。
「ああ。光の花と呼ばれる魔導具があってな。それを使い空高く光を打ち上げて、そこに花を咲かせる。今日は天気も良いから青い空に良く映えるだろう。その後続いて祝砲も打つ予定だから、随分と賑やかになるはずだ」
「うわぁ楽しみだわ…」
「ああ、楽しみにしていてくれ」
ソフィーの呟きに、ニヤリと口角を上げて答えるダスティ。
こうしてわざわざダスティ達が訪ねてきてくれたのは、ルース達に今日の祭りで何をするのか、どこで観れば良いのかを教えに来てくれた様だった。
ダスティ達は今まで町中の警備についていたらしく、これからギルドで食事を摂った後、又警備に戻るらしい。僅かな休憩時間に尋ねてきてくれたダスティ達には、感謝しかない。
こうしてダスティ達が退出してから一時間もすれば、フェルとキースが町の巡回から戻ってきた。
小腹が空いたと言うフェルがお菓子を食べている間、今朝の状況をキースから聞く。
「今日は昨日よりも、町全体が浮足立っている。流石祭り本番というところだな」
「では、ダスティさんに教えていただいた場所へは、早めに向かいましょう。荷物は取られない様、気を付けましょうね」
ルース達が捕まえているのは、殆どがスリだ。
皆は苦笑を浮かべて頷き返す。
そうして少し早めに、ダスティ達に教えてもらった場所へと向かって行ったのだった。