【256】炎に集う
ルースとデュオは2時間の巡回を終えた後、ギルドに戻りフェル達と交代する。
フェル達に、人がいない裏路地に怪しい者がいたと情報を伝えれば、「わかった」と言って2人は冒険者ギルドを出発していった。
「さて、ソフィーのお買い物はお済ですか?」
「ええ。沢山買えたけど、人が多くて疲れちゃったわ」
苦笑しつつもソフィーが良い笑顔であるところをみれば、納得の買い物が出来たのだろう。
「ライスも売っていたんだけど少し形が違っててね、お店の人に聞いたら北と南で形が違うんだって教えてもらったの。北の方が細長くて、南の者は丸っこいの。調理も水加減が違うからって色々聞いてきちゃった」
嬉しそうに話すソフィーを、ルースとデュオは目を細めて見る。
『ソフィアはそれで、先程からソワソワしておったのかえ?』
ネージュがソフィーの感情を読み取り、目新しい食材を入手した事で気もそぞろであったのかと問う。
口調はいつもの通りだが、小さい犬が目を細めてソフィーを見上げているのは可愛い仕草と言える。
「いいですよ?」
ルースは唐突に口にする。
「え?」
「ソフィーはそのライスを早く調理してみたいのでしょう?部屋の台所はいつでもソフィーの自由に使えますので、お好きにして下さって構いませんよ?」
「でも…」
「そうだよ、ソフィー。祭りは夜からだから、まだ時間もあるしね」
ソフィーのやりたい事をやって下さいとルースとデュオが言えば、ソフィーが嬉しそうに笑った。
「私達は休憩がてらここに居ますので、何かあれば声を掛けてくださいね。ああ、出来れば丸にぎりをお願いします」
「僕も丸にぎりがいいな」
こうしてソフィーはネージュと部屋へ戻り、ルースとデュオは冒険者ギルドの飲食スペースで休憩させてもらうことにした。
今日のギルドは人がいない為、席の利用はいくらでもと、職員が言ってくれたのだ。
ルースとデュオは明日の打ち合わせをしつつ、ギルドの様子も確認していれば、何人かは受付に行き素材の提出をしている者もいた。そんな者達が薬草や小さな魔物を出している所を見れば、D級あたりの冒険者であろうとルースは推測した。
ルース達もそれ位の時は、毎日食事を切り詰めたりしていた覚えもあり、きっと今日の夜に祭りを楽しむ為に少しでも稼ごうとしているのだろうと想像し、ルースはそんな彼らに目を細めた。
明日は祭りの当日だ。皆が心から楽しめる祭りになれば良いと、ルースは思っていた。
明日結婚するという王太子殿下のお相手は隣国の王女様らしく、一週間ほど前には既に城に入り、環境に慣らしたり体調を整えたりする期間を設けているのだとダスティから聞いているが、特に興味も持てなかった為「そうなのか」と思った位だった。
所詮ルースからしてみれば王族は知らない世界での事で、特に心が動く事もなく自分の無関心さにルースは苦笑したものだ。
だが、そんな自分達も王都から離れた場所の祝いに参加している以上、国民として祝う気持ちではある。
こうしてルースは思考に沈みつつのんびりと休息を取っていれば、2時間はあっという間に過ぎていた様で、腕の布を外しながらフェルとキースが冒険者ギルドへと戻ってきた。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様」
「おう。あれ?ソフィーは?」
手を上げたキースの隣でフェルはソフィーがいない事にすぐに気付き、ルースへ問いかけた。
「今は部屋にいますよ」
ルースがそう言っただけで、“ああ”という顔をしたフェルとキースが苦笑する。
「さっきの買い物は随分楽しそうだったからな。珍しいものを見ちゃ嬉しそうにしてたし」
「ソフィーが作るってくれる物は旨いからな。楽しみだ」
フェルとキースは、ソフィーが何をしているのかすぐに想像がついた様だ。
「ええ。新しいライスを使ってみたいと言っていたので、丸にぎりを頼んでおきました」
ここにいる男どもは、腹持ちが良く味も良い丸にぎりが大好きなのだ。フェル達も嬉しそうに頷く。
「それじゃソフィーが終わるまで、オレ達もここで休憩させてもらおうか」
そう言ってキースはルースの隣に腰を下ろし、フェルもデュオの隣に腰かけるとはーっと小さく息を吐いた。
「どうでした?」
「人が多いと、スリや窃盗が多いな…」
そう言ってフェルは、テーブルに置いてあったポットから自分でお茶を入れて飲む。
「大通りの方が騒がしくなって近付いてみれば、人の波からポンッと1人出てくるんだ。それが又前を見てなくて」
クククと笑うキースとは対照的に、フェルは呆れたように言う。
「何で逃げる奴は後ろしか見ないんだろうな。俺達に体当たりしてきて、勝手にひっくり返るんだぜ?」
まあ、捕まえる手間が省けるからいいけどな、とフェルは頭を掻いた。
「人混みの中で衛兵たちが捕まえられなかった奴らを、俺達が捕まえてたって感じだった」
キース達の説明に、ルースは想像して苦笑を浮かべる。
あの人混みの中で盗みを働いた者を追いかける方も、又その人混みで行く手を阻まれてしまうのだろう。予め配置している衛兵達はある意味、抑止として配備されているとルースは思っている。
そこで悪さをして逃げる者は人がいないであろう場所に隠れようとするはずで、そこをルース達が見つけ出して捕まえ、詰所へ連れて行っているに過ぎない。
「3人程突き出してきた。そのうち一人は、ただの通行人だと思ったんだが…」
とキースは渋面を作る。
「普通に歩いてる奴だったんだが、何かおかしかったんだ。足音もしねーし」
その人物は、フェルが怪しいと気付いたらしい。
「で、フェルが声を掛けてみたんだが、その瞬間、ほんの一瞬殺気を飛ばしてきた。それでオレもおかしいと気付いたんだ」
「でな、詰所に来てくれって言った途端、ダッシュで逃げ出して…。キースが魔法で拘束してくれなきゃ、逃げられたかもしれない。チョッパヤな奴だった…」
クククと、そこでフェルの言葉にキースが笑った。
「俺も一瞬唖然としたな。魔物並みに足の速いヤツだったもんで…」
そんなフェルとキースの報告を聞きつつ夕暮れ時になれば、ポシェットにネージュを入れたソフィーが扉を開けて入ってきた。
「みんな、お疲れ様」
「ああ、ソフィーもお疲れ」
満足そうなソフィーが入って来て皆に声を掛ければ、フェルが手を上げて返す。
「丸にぎりは沢山作っておいたわよ?」
フフフと笑ったソフィーも、テーブル席へと腰を下ろした。
「あのライスは今までの物より甘みが強かったから、辛いものや味の濃い物を具材に入れておいたわ」
「おおー楽しみだな」
皆もフェル同様、ニコニコと頷いている。
「でもこの町にいる間はギルドの食事で済ませられるから、丸にぎりは出発してからね」
マジックバッグって便利よねと、食べるのはもう少し先だと話すソフィーに、すぐに食べる気満々だったフェルがガクリと肩を落とした。
「ソフィーは疲れていませんか?」
「いいえ。むしろ楽しかったから、疲れもとれたわ」
ルースの問いにソフィーは大丈夫だと返す。
この後ルース達は前夜祭に繰り出す予定で、また人混みに入り体力も削られる為、少しでも疲れているならばとルースが確認をしたのだ。
「では大丈夫ですね?そろそろ夜の祭りが始まる頃ですから、中央広場に向かいましょう」
「あ、シュバルツがそろそろ戻ってくる頃じゃない?部屋に人がいないと入れないかも…」
デュオは、一日中外に出ていたシュバルツを心配する。
「それなら平気だと思うわ。窓を一つ開けてきたから、そこから部屋に入って休めるはずよ?」
「流石」
「気が利くね、ソフィー」
フェルとキースが賞賛すれば、窓を開けておけと助言したのはネージュだと種明かしをした。
「ネージュとソフィーのお陰で、これでシュバルツも問題ありませんね」
ルース達は、長居をさせてもらった冒険者ギルドに礼を言い、祭りを楽しむためにギルドを後にした。
そうして店の明かりが灯り始めた町中をゆっくりと進み、ルース達は中央広場に到着する。
ここに着くまでの間、喧噪の中から微かに音楽が聞こえてきており、既に中央広場では囲いが解かれて中央の井桁の薪に火が入り、その周りを音楽に合わせて踊る者達がいた。
老若男女、様々な年齢の者達が集い、互いに笑みを向け合って楽しそうに手を取り合っている。
ルース達もそんな人々の輪の中に入るべく、焚火に吸い寄せられるように人々の中を進んで行くのだった。
「おい…」
「ああ、間違いないだろう」
中央広場を監視するように遠巻きに眺めていた男2人が、そう言って頷きあった。
そして外套の下の剣を隠すように手で押さえた2人は、人の輪から視線を外し、踵を返して足早に人混みを抜け出していくのだった。
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