【255】巡回
ここにきて、更に姿を変えたネージュをポシェットに入れ、ルース達は意を決して人の波にのまれて行った。
大通りはここに来てから全てを見た訳ではなく、少し進んですぐに人混みを脱したために今日初めてこの通りを練り歩く。
眼下の商店は店先にテーブルを広げ、商品を目にしてもらおうと道行く人々へ声を張り上げている。
「今日はご祝儀価格だよ!安くしとくから見てっておくれ!」
「新鮮な果物だよ!歩きながらでも食べられるようカットしてあるから、祭りを楽しみながらひとつどうだい!」
商人達はここぞとばかりに人々の喧騒にも劣らぬ声量で、気を引こうとやっきになっている。
そんな中をゆっくりと人の流れに押されつつ、途中、道の脇に既に配備されている衛兵の姿を視界に入れながら、取り敢えずダスティに教えてもらった中央広場まで辿り着いた。
そこは商店が途切れた一画で、大きな噴水が水しぶきを上げている。そこから西側に向かって屋敷の庭程もある広場が目に飛び込んでくる。
その広場は普段であれば、ベンチに座り日向ぼっこをする者や待ち合わせの者、のんびりと友人との会話を楽しむ者達が集っているとダスティは言っていた。
しかし今その広場の外周には出店が並び、その中央には人が入らないように大きく簡易的な柵が設置されていた。そしてその円の中には、高く井桁に組み上げた薪が置かれている。
今日の夜にはこの場所を解放し夜通し踊りを踊るらしく、演奏者が柵の中に設えてある台に楽器を持ち込み始めている様だった。
その周りにも衛兵が立ち、まだ入るなと制止する様子がうかがえた。
既にその外周の出店には人が列を作っており、店が用意した簡易テーブルに腰を据えて食事をしている者もいる。まだ昼にもなってはいないが酒を提供している店もあり、その店も随分と繁盛している様だ。
ルース達もその外周店を一周し、肉が焼けるかぐわしい匂いに引きずられるフェルとデュオをなだめつつ店々を回って行けば、見終わったころにはもう昼になっていた。
その為一旦冒険者ギルドに戻ったルース達は、ギルドで食事を摂った。
「結局こっちの方が、ゆっくり出来るんだよな」
フェルが大盛りのトムトパスタを口に入れ、ニンマリと笑う。
今日のギルドのお勧めは、ボア肉を団子にして真っ赤なトムトソースを絡めたパスタだ。ボア肉が“これでもか”と入っている為、フェルも満足そうである。
ルース達はサンドパンやステーキ、シチューなど、それぞれが食べたい物を食べている。
「ああ、ここは人が少ないからホッとするな」
キースも、人混みに辟易したと苦笑した。
今日は朝から人が少ない冒険者ギルドは、昼になった今も開店休業状態に見えた。
その人の少ない冒険者ギルドで、この後の打ち合わせをさせてもらっている。
午後から町の警備を手伝うルース達は2人ずつで見回る予定だが、あの人混みの中は衛兵達に任せる事にして、人がいない辺りを重点に回ろうという話になる。
「では2時間後にまたここで待ち合わせにしましょう」
「そうだな。何かあれば、ダスティさん達もここに来るだろうし」
ルースとキースは頷きあう。
「夜は皆で広場に行きましょう。その間各自、自由時間にしてください」
「ソフィーはどうしたい?」
ルースの言葉を受けてフェルがソフィーの意向を聞けば、ソフィーは町の商店を回りたいという。
「食料品がやすくなっているから、購入しておきたいわ」
「わかった。んじゃ俺らはソフィーの護衛だな」
フェルとキースは、これからソフィーの食材の買い出しに付き合うらしい。
「ソフィー、気を付けて下さいね」
「ええ」
と、ソフィーはまだ小さいままのネージュのを膝に乗せ、嬉しそうに頷いた。
こうしてルースとデュオは冒険者ギルドでソフィー達と別れ、一足先に巡回へと出発していった。
2人は冒険者ギルドを出ると、建物の間にある小さな路地を中心に巡る事にして、ギルドがある東側の地区から路地に入った。
腕にはしっかりと、忘れずに白い布を巻いている。
ルースとデュオは気軽な様子で会話を楽しみつつ、困っている人はいないか、怪しい者が隠れていないかと目を光らせる。
そうして町を見回る事一時間、西側の区画の路地を回っていたところで大通りの方角から小走りで来た男が、スルリと小さな路地に滑り込む所を目にした。
ルースとデュオは視線を交わし頷きあうと、その男が入った路地に小走りで進んで行った。
西地区は役所や図書館、教会などが集まる行政地区でダスティの実家もある。
衛兵の詰所がある為か時々衛兵達が通るものの、今日は人通りが殆どなく閑散としていた。
ルースとデュオは、人ひとりが通れるほどの通路を進んで行く。その足元は建物との境に生える草位なもので、見通しは悪くない道だった。
途中分岐はあるもののルースが集音の魔法で足音を拾い、先程の男の後を追いかけていった。
「…ここまで来れば、大丈夫だな。ひひ」
ルースの耳に、微かにそんな呟きが聞こえてきた。
その声の方向を指で示したルースはデュオと共に、その先に続いていた行き止まりの路地の奥に、こちらに背を向けてしゃがみ込んでいる男を見つけた。
ルースとデュオは足音と気配を消し男から5m程距離を取り、男の退路を塞いで止まる。
「どうかしたんですか?」
いきなりデュオが声をかければ、その男はビクッと盛大に背中を揺らした。
ゆっくりと振り返った男の年の頃は30半ば位、手入れのされていない茶色の髪が目元まで掛かり、日に焼けた肌をもつものの特に特徴と言えるものはなく、普通に町で見かける人の様に簡素な服を着ていた。
その男は2人の姿を見た途端、ホッとした事が表情でわかる。そしてそのままルース達と向かい合うように立ち上がった。
そして前に立っているデュオが丸腰であると判ると、悪びれもせずに口を開いた。
「いやなに、表は人が多すぎちまって少し休憩するつもりが道に迷っただけだ。もう落ち着いてきたから、これから戻ろうってところだった」
だからそこをどいてくれと、男は道を塞いでいるデュオとルースに苦笑して言った。
「まだ息が荒いみたいだけど、本当に大丈夫ですか?」
デュオがそんな男を心配している様に言えば、「ああ、平気だ」という男。
だがずっと走っていたからだろう、呼吸が乱れているのは一目瞭然だ。
「ですが、まだ苦しそうなので休憩した方が良さそうですね。この近くには衛兵の詰所もありますので、そこでゆっくり休んだ方がよろしいでしょう」
ルースが言った言葉に、男はギョッとする。
「いやいやいや、大げさにしないでくれよ…」
そう言いつつ、男がくたびれたジャケットの胸元に手を差し入れたと思えば、その手を引き抜いた時には抜き身の短剣が握られていた。
「どけって言ってんだよ」
いきなり態度を変えた男は、声のトーンを下げ刃物をちらつかせて威嚇するような体勢をとる。
そんな男に、ルースとデュオはただ肩を竦めるだけだった。
「おい!どけ!」
ここは狭い路地の行き止まりな上、その道は人ひとり通れる幅しかない。
ルースが腰から下げる剣は長すぎて振り回す事が出来ないと踏んだらしく、先程までは人畜無害そうに装っていた男は、その態度を攻撃的なものへと変容させたのだった。
「どけと言われましても…」
「ここを通せば、逃げるんでしょう?」
「テメェー!」
その男を警戒するでもなくのんびりと語り掛けるルースとデュオに、クワリと目を見開いた男が突然動き出して向かってきた。
「“樹人の手“」
ルースが一言口にすると一歩踏み出した男の足に蔓が絡み、男はそれに躓いた様にドサッと前に倒れ込んだ。
「ほら、まだお疲れのようですよ?」
「プッ」
目の前でうつぶせに倒れた男に向かって、デュオが噴き出す。
倒れた男はルースとデュオのやり取りに、真っ赤にした顔を上げると目を吊り上げて2人を睨んだ。
「何しやがる!テメー!」
さっと起き上がり手にする短剣を構え直す男に、ルースは白々しく肩を竦めてみせた。
「私達は何もしていませんが?」
「そうそう。自分で転んだのに人のせいにするって…ねえ?」
まだクスクス笑うデュオは、男の怒りを煽った。
「こんのヤロー!」
そう言って再び襲い掛かろうと腕を振り上げた男に、ルースは「“砂射撃”」と呟く。
「うわああー」
目や口に砂が入った男は、手で顔を覆って悲鳴をあげているので、ルースが上からザバリと水を掛けその砂を洗い流してやった。
そうしてびしょ濡れになった男の衣服が重くなった為か、着崩れた服からドサリと何かが落ちた。
「なんだ?」
といって近付いたデュオがそれを拾えば、それはチャリンチャリンと音がする巾着だった。
「重いね…」
「なっそれは俺んだ!」
腕を伸ばし取り返そうとする男をヒラリと躱したデュオは、ルースの傍に戻りそれをルースへ差し出す。
「中を確認させていただきますね」
と勝手にルースはそれを開いて中を覗けば、様々な色の財布が何個も入っていた。
明らかに男物ではない財布まで入っている事を確認したルースは、睨み返す男へと目を細めて視線を向けた。その視線は明らかに容赦をしないと物語っていた。
ルースの視線に怯えたのかそこで抵抗を諦めた男は、ずぶ濡れのまま素直にルースの魔法で拘束された。ルース達は男を連れ、路地を出て50m先にある衛兵の詰所へと移動していった。
そしてすぐさま詰所に入口にいる衛兵に状況を話し男と巾着を引き渡すと、男は項垂れたまま衛兵に引きずられるように詰所の中に消えて行ったのだった。