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【254】御目通り

「随分と大人数だな。その者達は?」

 ソファーに座る紳士は肩眉を上げ、ダスティへ尋ねた。


 紳士の隣に座る制服に身を包んだ人物も、一緒にルース達を見ている。

 その視線からは警戒されている様子はないものの、忙しい時に何だ、という感情が見え隠れしている。

 そんな彼らを特に気にする事なく、ダスティが躊躇いなく口を開く。


「今日明日の警備の一部を手伝ってくれる事になった、A級冒険者パーティ“月光の雫”です。リーダーのルース、こちらがフェルゼン、後ろは弓士のデュオーニと魔法使いのキース、そしてテイマーのソフィアです」


 ダスティの紹介で、入口近くに立ったままのルース達は頭を下げていく。

 ルースとフェルは腰に剣を下げているため言わなかった様だが、デュオとキースは武器を所持していないので、敢えて得物も紹介したのだろうとルースは思い至った。


「そうか。人手はいくらあっても困らんからな、君達を歓迎しよう。私はこの町の領主をしている“ドナルド・ストラドリン”という者だ」

 そう言って立ち上がり、ドナルドが空いているソファーへとルース達を促せば、ドナルドの隣に座っていた者が立ち上がり、ドナルドの後ろに立った。

 そうして空いたソファーへダスティ達とルース達が腰を下ろしていく。


「君達の話はダスティから聞いている。デニスでの事もな」


 ドナルドがそう切り出したとき、黒いスーツを着た年配の男性がカートを押して入って来て、音もたてずに一人一人の前に紅茶の入ったティーカップを置いて行った。

 無表情なその男性はソフィーの隣で寝そべるネージュを見て、一瞬動きを止めたものの、その後は何事も無かったように頭を下げて退出していった。


 今出された湯気の立つ紅茶を口に含んだ後、それをテーブルに戻してドナルドは再びルース達へと視線を向けた。


「デニスの件は感謝している。ダスティに因れば、あれは野に放ってはならぬものであったとか。まずはその事に礼を言わせてもらおう。ありがとう」

 静かに、しかし重く話すドナルドは、そう言って頭を下げた。

「そしてあの情報は有用なものだった。今頃は国中全ての騎士たちにも、その情報を浸透させてくれていると思う」

 自分の報告は上まで行っているはずだと、ドナルドは自信を持って言った。


 流石に領主ともなれば、その役割は自領を治めるだけではないのであろうと、ルースは黙ってドナルドの話を聞く。


「そして明日の王太子殿下のご成婚の議だ。その混乱が無かっただけでも、明日は成功裏に終わるであろうと思っている」

 真剣な眼差しがルース達一人一人へと向けられていく。

 ルース達はその視線を受けとめ、しっかりと頷き返した。


「だが」

 とそこでドナルドは続ける。

「祝いの祭りにかこつけて、悪さをする者もいるかも知れぬ。今日明日は特に、浮かれて羽目をはずす者もいるだろう。君達の協力は正直ありがたい。それで、彼らにはどう動いてもらうつもりだ?」

 後半はダスティへ視線を向けたドナルド。


「彼らにも、少しは祭りを楽しんでもらうつもりです。今日の日中に2人で2時間ずつ、明日は午前と午後で2時間ずつ動いてもらおうと考えています」

「そうだな。明日の昼は、祭りも最高潮を迎えるだろう。その間はしっかりと楽しんでもらいたい」

 ダスティに似た笑みを浮かべたドナルドが、「それで頼めるか」とルース達に言う。

「はい」


 簡素に答えるルースを満足気に見たドナルドは、後はダスティから指示を受けてくれと言い、ルース達はその部屋を退出していった。


 ここまでがいきなりの展開で、ルース達は少々度肝を抜かれていた。

 まさか直接家に連れていかれ、そのまま領主と対面するとは思ってもいなかったのだ。


 ダスティの後を歩きつつ少し緊張しているルース達を振り返り、ダスティが笑みを向けた。

「急に済まなかったな。手伝ってもらえるのなら一応話を通しておく必要があったんだ。というか、その内に機会があれば一度連れて来いと、あの人に言われていたというのもあった」

 デニスの町の事もあったからな、とダスティは言う。


 そして話しながら別の部屋へと入ったダスティについて行けば、そこは衛兵たちが出入りしているらしく、休憩をしている者達の近くに武器や書類が並べられていた。


 一人その奥へ進んで行ったダスティが、一つの箱から何かを手に取り戻ってきた。見ればその手には、刺繍の入った白い布が握られていた。


「警備に当たる時は、これを腕に付けておいてくれ。制服を着ている者には必要ないが、警備関係者として認識する為の目印として付けておいて欲しい」


 ダスティから一人一人手渡された物には、見慣れない刺繍が一か所入っている。

「それはうちの家紋というやつだ。この町の者が見れば皆分かるだろう」

「わかりました。ありがとうございます」

 ダスティの説明に、ルース達はその布を大切に鞄へ仕舞った。


「警備に出る時間は、ルース達の都合が良い時で良い。祭りも楽しんでくれ」

「そうそう。一生に一度あるかないかっていう祭りだからな」

 ダスティに続き、ゾイもそう言って笑みを向けてきた。


 その3人の腕には、いつの間にかその白い布が巻かれていた。

 これからもう、町の警備に当たるのだろう。

 その3人と町中まで戻ったルース達は途中で別れ、ダスティ達はそのまま大通りの方へと向かって行った。

 彼らを見送り、ルース達は顔を見合わせていた。


「思ったより大事になっちまったな」

 気軽に手伝いを買って出たフェルが、頭を掻いて苦笑した。

「まぁこれも一つの経験ですから、しっかりお手伝いしましょう」

「そうだね」

「ああ」


「それで、割り振りをどうする?」

 フェルが警備の事をルースへ確認する。

「一応私の考えでは、私とデュオ、フェルとキースで回ろうかと思っています」

「私は?」

「ソフィーはしなくてもいいよ」

 ルースが言った中に入っていないソフィーが聞けば、デュオは外れて良いと言う。


「え、でも…」

「ソフィーは食べ歩きしててもいいぞ?」

「ええ。夜のお祭りまで時間もありますし」

「じゃあ、何か食材の買い出しに行こうかしら?」


 ソフィーは、自分が警備についても手伝う事は出来ないとわかっている為、フェルとルースの提案にソフィーは微笑んでで応えた。

「それじゃ、その2組で回る事にしよう。2時間ずつの2回で良いって言ってたな」

「うん。じゃあ、とっとと終わらせる?」

「いいえ。今日の午前中はまだそれ程でもないでしょうから、今日は午後からにして、それまでの間は少し見て回りましょうか」

「んじゃ、早速行くか」

『少し待て』


 そこで、今まで黙って付いてきたネージュが念話を挟んだ。

 シュバルツは朝から人混みは勘弁だと飛んで行っており、今はネージュだけが5人に付いてきていた。


「どうしたの?ネージュ」

『あの人混みでは、我は邪魔になろう』

 そう言った途端、大型犬程だったネージュがみるみる縮み、仔犬の大きさになった。


「ネージュは、そんなに小さくもなれるんだな…」

 もう呆れてしまったキースが、含み笑いを漏らした。

『然様。これ以上小さくなれば流石に維持が大変じゃが、この位までならばいつでも出来る事』

「でも小さくなったら、余計人に踏み潰されるんじゃないのか?」

 とフェルが呆れたように言うも、ソフィーは小さなネージュへと手を伸ばし、その腕に抱きしめた。


「可愛い!ぬいぐるみみたいよっネージュ!」

 ネージュが小さくなった途端に目を輝かせたソフィーを見ていたフェル以外は、きっとこうなると思っていた。

「大丈夫らしいですよ?フェル」

 そんなソフィーを呆気にとられてみているフェルへ、ルースはフフフと笑う。


「あ、そう言えば…」

 そう言って一度ネージュを下ろしたソフィーは巾着に手を入れて何かを取り出すと、それを自分の肩から掛けた。

「これは、お母さんが昔作ってくれたポシェットなの。使い道がないと思ってたけど…これに入るかしら?」

 ソフィーが肩に掛けた物は、ルースの手が丁度入る位の大きさの水色のバッグで、その四隅には可愛らしい植物の刺繍が入っている。


 それをひと撫でしてからネージュを抱き上げたソフィーを手伝い、デュオが袋の口を広げてやれば、小さなネージュはすっぽりと入り、上から顔と手を出してからソフィーを見上げた。

 その姿に再びソフィーが悶え、ポシェットごとネージュを抱きしめている。


「ポシェットは要らないんじゃないのか?」

 ポツリと言ったフェルの言葉は、皆聞こえていない振りをするのだった。


 こうしてルース達も、ダスティ達の後を追うように大通りへと向かって行く。


 今歩いている西地区から見る大通りは少し新鮮で、見ている角度が変われば見え方も違うものだなと、ルースはその人混みに目を細めるのだった。


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