【253】祭りに備えて
「ごめん、みんな」
部屋に戻って来て早々、デュオが皆へ頭を下げた。
「デュオが謝る必要はないだろ?」
「そうかも知れないけど…」
フェルはデュオの肩を慰めるように叩いた。
「災難だったな」
とキースも苦笑しつつデュオに言う。
「あの方とパーティを組んでいたと、お聞きしましたが」
「うん。まだE級だった時に少しだけ。フランクが言った通り、すぐ辞める事になったんだけどね」
デュオは、苦笑しながらルースの問いに答えた。
「デュオが苦しんでた時に、見捨てた人って事ね」
とソフィーは渋面を作る。
後からパーティに加わったキースも、ざっくりとだがデュオの魔力の件は聞いていた為、皆は言葉を無くして口を閉じた。
「まあ、昔の話だけどね。その時の僕は、ちょっと自信なさ過ぎたって言うのか…」
今となれば、それも今のデュオを作るための過程だったと言えなくもないが、デュオは弓士としてずっと苦しんできた事に変わりはない。
それでも仲間の役に立とうと、戦闘で役に立たない分、皆の為にこまごまとした事もやっていたのかもしれない。
「では彼は今もその時のデュオだと思って、何でも言う事を聞いてくれるとでも考えたのでしょうね」
仕方のない人ですねと、ルースはフランクを残念な人と認定した。
「俺らが宿を取れないって聞いた時は素直に諦めようと思ったけど、奴は隣に女を連れていたから、良いところを見せたいとでも思ったんだろうな」
「あの人はフランクとパーティを組んでいる人で、多分…彼女」
デュオがそうだと思うと言えば、皆は「はー」とため息を吐いた。
「結局門の事が聞けなくて、ごめん」
「それは問題ありませんよ。その様な事はいつでも良いんですから」
ルースがデュオの謝罪に無用だと言えば、皆もその通りだと同意するのだった。
そんなゴタゴタがありつつも、いよいよ祭りの前日となった。
ギルドの宿は町の大通りから随分と離れているものの、前日ともなれば朝から町の喧騒がギルドの部屋まで届くほど、いつも以上の賑わいを見せている様であった。
今日は冒険者ギルドも静かなもので、朝食を摂りに来たルース達の他は10人程の冒険者しかいない。
この時間はいつも受付に列を作り始めている頃だが、流石に冒険者達も今日明日は、ご成婚祝いの祭りに繰り出すつもりらしく、クエストの受付をしている者は皆無であった。
確かにルース達ですら町の雰囲気に感化され、ワクワクした気持ちを持て余している位だ。
そうして朝食を摂っていれば、ダスティ達がギルドの扉を開けて入ってきた。
そして室内を見回しルース達に気が付いた様で、ダスティ達3人がこちらへやってくる。
「おはようございます」
とルース達5人が声を揃えた。
「おはよう」
「今日も早いな」
ダスティ達も挨拶を返しつつ、食事の注文をしてから隣の席に着いた。
「ダスティさん達もここで食べるんですか?」
フェルが、いつもギルドの食堂で食べているダスティ達に質問をする。
今この3人はダスティの家に寝泊まりをしているはずで、当然食事も出されているはずなのだが。
「ああ、家の食事では物足りなくてなぁ…」
「オレは上品な味より、コッテリ系が好きなんだよ」
「それに、こっちは量も多いしな」
ダスティとゾイに続き、細身に見えるオールトまでも家で出される食事では物足りないという。
ルース達は貴族の食事事情を知らないが、そんなものかと納得する。
「オレはガッツリ系が好きで、朝から肉を食わないと気が済まないです」
二ッと笑うフェルが食べている “活力定食”は、兎肉に衣を纏わせてキツネ色になるまで油で揚げたものだ。
それをもう殆ど食べ終わっているが、フェルの皿を見たオールトも「俺も同じのにした」と笑みを見せている。
朝から揚げ物、元気である。
といってもソフィー以外は皆肉料理なので、余り大差はないかもしれないが。
そこへダスティ達にも食事が運ばれてきた為、皆は食事を再開する。
「月光の雫は、今日はどうするんだ?」
ダスティがルース達の今日の予定を聞いた。
ルース達も流石に今日と明日位は、クエストを受けずにのんびりしようという事にしている。
「今日と明日、クエストは受けないつもりです」
「じゃあ、祭りに行くのか?」
ルースの返事に、ゾイが大きな肉を齧りつつ問いかける。
「ええ。そうしようかと思っていますが、祭りに行くにしても何処に行って良いのか分からないので、取り敢えずブラブラする位ですが」
「であれば、中央広場に行くと良い。その広場では皆が夜、踊りを踊ったり歌を歌ったりするんだ。それにその周りには出店が並んでいるから、食い歩きも出来るしな」
「じゃあ、ダスティさん達もそこに行くのですか?」
そこでキースが問いかければ、ダスティは首を振る。
「俺達は今日と明日は町の警備に回る。だから祭りを楽しむ余裕は余りないだろうな」
「そうなんだよ。ダスティの親父さんに頼まれてね。今日明日はクエストも休みだ」
といって、ゾイは皿に盛られた長いパスタを器用にフォークに巻き付けてから、パクリとそれを口に入れた。
ゾイの皿は緑と赤が混じったパスタの大盛だ。メニューで言えば“スピナキアとベーコンのパスタ”である。
「あの…警備の人数が足りないのですか?」
ルースは、冒険者であるはずのダスティ達までを警備に回す事に、少々驚いている。
「そういう訳ではないが今回は特別な催しでもあって、今まで経験した事が無い位の人々がこの町に来ているからな。まあ、念のためという事らしい」
内情を知るダスティが実家に頼まれれば、嫌とは言えないのだろう。
「え?もしかして、フェル達も手伝ってくれるの?」
兎肉の唐揚げを頬張っていたオールトが、ゴクンとそれを飲み込んでフェルに言った。
言われたフェルはルースを見て片眉を上げた。“どうする?”と。
それを受けたルースが皆を見回せば、皆も頷き返してくれたため、ルースは改めてダスティに視線を向けた。
「微力でよろしければ」
「そうか、それは助かる。だが皆いっぺんにという訳にも行かないだろうし、2時間ずつで2人を交代で出してくれるだけで助かる」
「わかりました、少しですがお手伝いさせてください」
ダスティ達には世話になっている事もあり、せめてもの恩返しにとルース達も少しの間手伝いをする事になった。
そして朝食が終わった後、一度ダスティの家に行く事になったルース達は、ダスティ達に案内されてギルドがある地区の反対側の西地区へと向かって行った。
その道中、流石に町に詳しいダスティだけに、人通りが普段から少ないところを歩き、大通りを迂回するようにして西側へと辿り着いた。
直線距離では大通りを通った方が近いが、人混みで行きたい方向に歩く事もままならず、迂回するよりも時間が掛かるのだ。
そのついでにダスティが町の裏門として使われている南西門を教えてくれた為、ルース達は教えてもらった道と南西門を記憶に留め、今後利用させてもらおうと笑みを浮かべた。
そうして辿り着いた先は、役場を抜けた西の最奥にある大きな邸館だった。
巨大な柵で仕切られた敷地には、多くの衛兵たちの姿が見える。
衛兵たちの詰所は役場の隣にあるらしく、今ここに居る者達はこの館の警備で集まっているのだとダスティは教えてくれた。
「今日明日は、ここも人の出入りが多いからな」とはダスティの言だ。
という事は、今は普段よりも警備の人数が多いのだろうとルースは納得する。
その警備の者達から挨拶を受けながら、ダスティ達を先頭にしてルース達は敷地内を進んで行った。
時々ルース達を訝し気に見る者もいるが、ダスティが連れている為に言葉を口にする者はいない。
こうして大きな1本の樹に寄り添うように建つ館が近付いてきて、開け放たれた玄関の扉から迷いなくダスティは入って行った。
まるで図書館の様だと思いながら、大きな館に気後れしつつ入って行くルース達は、特に呼び止められもせずダスティの後を付いて行く。
そうして入口から続くレンガ色の絨毯を歩き、一つ角を曲がって廊下に出る。
その廊下にもレンガ色の絨毯が敷き詰められており、片側の壁には明かり取りの為か所々に大きな窓があり、反対側には丁寧な彫刻が入った扉が一定の間隔をあけて続いている。
そうして歩く事しばし、ダスティが立ち止まった扉の前に皆が集まれば、ダスティはおもむろにその扉を叩いた。
コンッコンッ
「ダスティです」
「入って良いぞ」
ダスティに応えた声はダスティの声よりも少し高いが、落ち着いた様子で入室の許可を出した。
カチャリと扉を押し開け一歩中に入ったダスティは、一度室内を見回してから後ろのルース達に頷いて入って行く。
その後ろにゾイとオールトが続き、ルース達も2列になってその後に続いて入室した。
ルースが中に入ると、1人掛けのソファーにシャツの上からベストを羽織った50代位の品のある人物が、隣のソファーに座っている者と話をしていた。
そこから徐に顔をこちらへ向けたその人物は、入室してきたのが大人数である事に気付いた為か、ダスティによく似た目を細めたのだった。
余談:パスタに入っている“スピナキア”は、ほうれん草(ラテン語)です。