【252】理不尽な要求
ルース達がパッセルの町へと到着した後も、日に日に人が増えていく。
その殆どはダスティから聞いた祭りを楽しむために来た者達の様で、若い男女や家族連れが多い様だ。
しかし既に町の宿も一杯と聞いているルースが、泊まる所があるのだろうかといらぬ心配をしてしまう程だ。
祭りの前日までは通常の日という事になるのだが、まだ一週間近く間があるにも関わらず既に町の雰囲気は浮かれている様で、商店では大勢の人々に商品を売るためにと特価品や目玉商品などを広げ、人々の目を引く事で賑わいを見せていた。
「町中を歩くだけで、体力が削られるな」
キースは冒険者ギルドのテーブル席で、ため息を吐いた。
ルース達はこの町に来てから連日クエストを受けているが、早朝はまだ良いにしても帰り際には門前から既に並んでおり、やっと冒険者ギルドに辿り着いたものの人の多さに辟易としてしまい、終了報告が終わった今やっと一息ついたところである。連日がこんな調子だった。
「他に小さな門があるか、聞いた方が良さそうね」
ソフィーも、せめて門前の列に並ぶのは遠慮したいと苦笑している。
「そうですね。喩えぐるりと回り込む形になろうと、あの門以外であれば人通りも緩和されるかも知れません」
北と南にある門は町の大通りに面している為、入ってきた者達がそのまま流れを作り芋を洗うような状態になっているのだ。
「じゃあ僕、受付で聞いてくるよ」
「オレも行こうか?」
デュオが聞きに行くと言えば、キースが声を掛ける。
今、受付前には列ができており、皆がクエストの終了報告で順番を待っている。
「キースはいいよ、座ってて。少し並んでるし、皆で並ぶとその分列が長くなっちゃうしね」
そして一人で行くと言って軽快に席を立ったデュオは、「待っててね」と笑みを見せて受付の列に並ぶ。
ルース達がいるテーブルからでもデュオの姿が見える為、列に並んだデュオが“大丈夫だ”というように親指を立ててみせた。
「デュオがいた町も裏門があると言ってたし、この町にも裏門があるといいな」
「この町の規模では、絶対にあると思うわ」
フェルが当時を思い出したように言えば、ソフィーも住んでいた町では裏門を使っていた為、そう言って皆に頷く。
と、そんな他愛もない話をしていれば、ルースの視界にいるデュオの傍で誰かが立ち止まった。
デュオより少し体格が良い人物が覗き込むようにしている為、それでデュオの体が半分見えなくなっている。
その人物はこちらに背を向けているために、顔が見えず誰かはわからない。
知り合いかな?とルースがデュオを見ていれば、デュオの顔に覇気が無くなっていく。それに心配になりテーブルへと視線を戻せば、フェルもそんなデュオに気付いたのか、そちらを見て眉間にシワを寄せていた。
「トラブルか…?」
フェルがボソリと言えば、キースもその声でデュオを視界に入れる。
「どうも楽しい雰囲気ではなさそうだな」
キースの声でソフィーも心配そうにデュオを見ている。
そこでフェルが席を立ち、「ちょっとみてくる」とデュオの方へと向かって行った。
ルースとキース、そしてソフィーがテーブル席で見守っていれば、合流したフェルにもその人物が何かを言っているらしく、隣のデュオが困ったように眉尻を下げ、フェルを止めようとしているのかフェルの腕に手を添えている。
「トラブルだな」
「ですね」
キースとルースがそう言って席を立とうとしたところで、何かを言っていた男性がフェルの肩を突き飛ばした。
その途端、フェルから重厚な空気が溢れ出し、フェルが男性を睨んだ。
「うわ、フェルがキレてる…」
キースは、フェルが怒ったところを見た事がない。
といってもルース達パーティは皆、滅多なことが無ければ人に怒気を向ける事はないので、キースは面白そうに目を輝かせている。
“いやいやキースさん、そこで喜んでは駄目でしょう”という心の中の突っ込みは、口に出さずに苦笑するルースだ。
だが、フェルがいくら怒りをあらわにしようとも人に手を上げる事はしないはずだと、そちらは端から心配はしていないのである。
ただし今フェルから出ている威圧で、その周りの者達まで顔色が悪くなっていくのを見て、ルースは席を立ち、フェルのスキルを止める為にそちらへと向かって行った。
「どうかしたのですか?」
割り込んできたルースを第三者だと思ったのか、デュオと話していた人物はルースを振り返り、顔色を悪くしながらルースへ訴えてきた。
「こっこいつを止めてくれよ。こいつに絡まれたんだ」
キョトンとした顔のルースは、フェルを指さして言う男性を見つめ返す。
そこで少しでも状況を見ればわかる事なのだが、ルースとデュオだけは顔色一つ変えずにここに立っていた。しかしその人物はそれを特に疑問に思わなかったようだと、ルースはこの人物の力量を知る。
ただ、少々周りがざわついてきた事もあり、ルースはフェルの肩に手を乗せてポンポンと軽く叩く。
それを合図にフェルの威圧が消えれば、周りの冒険者達からは安堵のため息が広がった。
フェルへ笑みを見せたルースは、改めてその人物を見る。
身長はルースとフェルの間位で190cm届かない位。赤茶の髪は癖毛らしくゆるくカーブを描き、厚みのある頬を縁取っている。着ている服は冒険者のそれだが、外套を羽織っている所をみればこの町に着いたばかりかも知れないとルースは判断する。
その隣にいる女性も、歩き易そうなズボンを履いた上に外套を羽織った装いで、心配そうにその男性を見つめていた。
「ふう。止めてくれて助かった。俺がそこの奴と話してたら、こいつがいきなり割り込んできたんだ。それでこの威圧だろう?いきなりの事でビックリしちまってたんだよ」
悪びれずにそう言った男性は、人好きのする笑みをルースへ向けた。
それを聞いたフェルがまた威圧を発しそうになるのを止めるように、ルースはフェルへと微笑んで首を振った。
よく見ればデュオが並んだ列は少し進んでおり、後ろに並ぶ冒険者達が困惑していると気付いたルースは、皆をその列から離して壁際へと誘導すると、そこで改めてルースはその男性へと口を開く。
「先程貴方は、“絡まれた”と仰いましたか?」
ルースの言葉に「そうだ」と言った男性を、隣の女性が止めるように手を添えれば、その男性は女性を振り返り大丈夫だと笑みを見せる。
彼を止めようとしている事からすれば、どうやら隣の女性はまともな人の様だ。
今のルースは、傍から見れば仲裁に入ってくれた第三者に見えるのだろうが、元々この町を拠点にしている冒険者達はルース達3人が同じパーティであり、且つS級冒険者であるダスティ達と懇意にしている事を知っている為か、“何をやっているんだ”という視線をこの男性へと向けている。
そしてギルド職員も途中動こうとしてくれた様ではあるが、それには首を振り遠慮したルースだった。忙しい職員の手を煩わすまでもない。
「それで、どのように絡まれたのでしょうか?」
「俺に因縁を吹っかけてきた」
と言い切る男性に、非難するようにデュオが名を呼んだ。
「フランク!」
そのデュオへとルースは視線を巡らせる。
「おや?お知り合いですか?」
ルースの問いにデュオは頷き、それを引き継ぐようにフランクと呼ばれた男性が口を開く。
「こいつとは昔パーティを組んでいたんだ。といっても余り使いもんにならなくて、すぐに辞めてもらったんだけどな」
な?とデュオーニ、とフランクは嘲笑したような笑みを向けた。
デュオが顔を曇らせたのは、会いたくもない昔の知り合いに会ったからなのかとルースは理解した。
だが昔のパーティメンバーが今更何の用だとルースが視線を向ければ、そこでフェルが答えをくれた。
「昔のパーティメンバーだからって、いきなりその部屋に泊まらせろと言う方がおかしいだろう」
フェルの一言で大筋の流れが見えたルースは、盛大にため息を吐いた。
ルースのため息は周りにいた冒険者達にも聞こえたらしく、そんな彼らの方がビクリと肩を揺らしている。
おおかたこの人物は、デュオがメイフィールドを出た事までは知っていても、今誰とパーティを組んでいるとは知らぬのだろう。そしてこの町に来て宿が取れないと知ったところに、たまたまデュオを見付けて声を掛け、デュオが泊っている宿を間借りしようとしたのか、もしくは…と、ルースは目を細めてフランクを見る。
「話は分かりました。お断りします」
「は?」
何でお前に言われなければならないのかと言いたげに、フランクはルースを睨む。
「お前も関係ないだろう」
少し声を低くして言うフランクに、隣の女性は「もういいから」と止めようとしている。
「お断りします」
と、そこで再度ルースが同じことを口にすれば、フランクの顔に赤みがさした。
そしてフランクが手を上げようとした時、フェルから再び威圧が放たれた。
“ドンッ”
音で表現するならばそうとしか言いようがない重圧に、フランクとその連れの女性はもとより、近くで並んでいた人々にも影響が出たらしく、列では「う…」と固まってしまった者もいるようだ。
「おいフェル、こんな所で威圧を使うなって。なあ、ルース?」
話しが長引いた為か、ルースの後ろにはキースとソフィー達も近寄ってきていた。
キースの言葉に渋々スキルを止めたフェルは、ジロリとフランクを睨む。
「俺は手を出してないからな」
お前が手出しするのを防いだだけだと言いたいフェルは、まだ怒りが収まらないようだ。
一方、言われた方はここにいる5人が仲良さげに話す姿を見て、目を白黒させていた。どうやら自分達の周りを囲んでいる者達は、デュオーニと今パーティを組んでいる者達かも知れないと、フランクは今頃思い始めたらしい。
「デュオ行きましょう。皆さんにもご迷惑になります」
ルースがそこで親し気にデュオーニの愛称を呼べば、フランクは「えっ」と息を詰まらせたところで、ルースはもう一度フランクへと振り返る。
「生憎、泊っている部屋には親しくない人の入る隙間はありませんので、他を当たってくださいね。皆さん、お騒がせいたしました」
ニッコリと笑みを作ったルースは、その笑顔とは対照的に冷たい空気を纏い、そのまま皆と一緒に冒険者ギルドを後にしたのである。
そして扉がパタリと閉まった途端、室内の冒険者達から長い吐息が漏れた。
皆は一応冒険者あるがゆえ、口喧嘩の様なものは日常茶飯事ということもあって、先程の事も皆気付いてはいたが、口出しする者はいなかった。
だが、それとこれとは話が別だと言いたげに、1組の冒険者達が呆けているフランク達の傍にやってきた。
「お前、なに上位冒険者に喧嘩売ってんだよ」
「え?上位?」
「ああ、彼らはA級パーティだ」
「えーきゅう?」
「そうだ。手を出されなくて良かったな。威圧だけでもあれなんだ、手を出されればただでは済まなかったと思え。そんな人達に喧嘩売ったんだ、この町ではお前達を相手にする奴はいないだろうな。諦めてとっとと帰った方が身のためだぞ」
そう言われたフランク達はまだC級パーティで、自分の上を行くデュオーニに顔色を変えた。
こうして、ルース達がいなくなった後フランク達が親切な冒険者に諭されていた事は、ルース達には知らぬ事なのである。