【251】その先を見据えて
「王子が結婚するだけで、祭りになるんだな」
フェルはそんなのんきな事を言いながら、案内された部屋でソファーに座り、ひと心地ついている。
「それはそうでしょうフェル。一国の王子、それも王太子だったら、国中みんなでお祝いするはずでしょ?」
デュオもソファーに腰を下ろし、お茶のカップに手を伸ばす。
「そんなもんか」
「まぁ、フェルが言いたい事も分かりますよ。私達とは接点のない方々ですから、見ず知らずの人をお祝いするというのに違和感があるのでしょう」
一応ルースがフェルを擁護すれば、ソフィーの視線がルースへ向く。
「あら。私は直接しらなくても、お祝いしたいと思ったわ?」
「ソフィーは女性だからな。女性の方がその辺りの気配りが出来るんだろう」
ソフィーの言葉に、キースはそんなものだろうと納得する。
「ただ、確かにオレも知らない者の結婚に余り興味はないが、祭りというからには多少楽しむのも悪くないだろうとは思っている」
キースは目を細め、祭りを楽しみたいという。
そんな皆の意見を纏めれば、一週間後に開催される町を挙げてのお祝いに皆で参加してみようという事になった。
先程ダスティから聞いていた祭りの日程は前日の夜を前夜祭として、各地から集まる出店やこの町の商店などが夜通しで明かりを灯し、飲めや歌えの賑わいになるだろうとの事であった。ただしそこで深酒をし過ぎれば、祝いの当日に何もできなくなるだろうがなとダスティは笑っていた。
そうして当日の正午、王都の教会で殿下が結婚式を挙げる時間、パッセルの町でも盛大にお祝いをするらしい。
流石に領主の家族であるダスティは、その辺りの事に詳しかった。
「それで、その王太子って言いうのは誰なんだ?」
辺境に住んでいたフェルは、そこのところに全く興味がなかったのだと今更な質問を出す。
「王太子殿下は、この国の第一王子の事だね。確かお名前は…」
「アレクセイ様だな」
デュオの言葉を引き継いで、キースが答える。
「へえ」
だが聞いたフェルは、さして興味がない様な返事だった。
「今の国王はエイドリアン陛下、王妃様はマリアンヌ様。第一王子がアレクセイ殿下で、第二王子が確かルシアス殿下…だったと思うわ?」
「それで、一番下がセレンティア王女だな」
ソフィーとキースは詳しいらしく、王族の名前をフェルに教える。
「でも、第二王子はお体の調子が悪いらしくて、ずっとお姿を見せていないらしいわ」
皆詳しいなと、なかば呆れたようにフェルが言うも、「フェルは興味なさすぎなんだよ」とデュオに突っ込まれている。
ルースは、そんな皆の会話をぼんやりと聞いていた。
現在の王族関連書籍を以前読んだことはあるが、殆どルースの頭に入ってこなかった。王族の事を考えようとすれば、なぜか思考が停止した様にぼんやりしてしまうのだ。
そんなルースの様子に気付いたキースが、「どうした?」と声を掛ける。
「いえ…少しぼうっとしてしまって…」
「珍しいな。ルースがぼんやりするなんて」
「ルース、体調が悪いの?」
キースに続きソフィーも心配だと立ち上がるが、ルースは淡く笑みを作り大丈夫だと伝える。
「私も余り興味がないのか、王族の話について行かれないだけです」
「「「「………」」」」
ルースが“興味がない”という事自体が珍しいなと、キース達が驚いている。
「ルースにそこまで言わせる王族って、ある意味すげえな」
フェルは驚きつつも、面白そうにニヤリと笑みを向けた。
それにはルースが困ったように口を開いた。
「必要があって調べようとすると、なぜか興味を失うのです。途中で“何故こんな事をしているのか?”という気持ちになって、書物を読んでも内容が頭に入ってこないというのか…」
「ルース、それは呪いだな」
とフェルが突拍子もない事を言い出して、皆が驚いた様にフェルを見た。
「のろい?」
ソフィーが訝し気に聞けば、フェルは胸を張って言う。
「俺もそうだからわかるんだ。教会で勉強していた時、授業中に何も頭に入ってこなくて、俺は呪われているんだって思った」
そのフェルの言葉を聞いた皆が、今度は呆れた顔になった。
「フェル、それは勉強をしたくないという言い訳だ」
「フェルらしいと言えばフェルらしいけどね」
そう言ってキースとデュオが苦笑すれば、ソフィーも追撃する。
「あら?フェルが呪いというなら、私がそれを解除してあげるわ。そうしてこれから勉強すれば、バンバン頭に入って来るわよ?」
皆の攻撃にたじたじになったフェルは、焦ったように「冗談だってば」と手を振ってそれを拒否している。
そんな皆を眺めながらルースの思考はやはり今も靄が掛かったような感覚がしており、楽しそうに話す皆の会話に混ざる事が出来なかったルースなのである。
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「それでは、私どもで騎士の剣に聖魔力を付与せよと?」
先日の“影”の報告から一週間、その間に聖魔力を付与する物を吟味し、数や納期などの案を記した書類を作った。
そうして今日、宰相自ら王都にある教会本部へと赴き、面会を申し出ていた“オリバー・ベスキス枢機卿”へと、剣に聖魔力を付与して欲しいという話を切り出したところであった。
「ええ。既に教会も色々と状況は把握されている事と思いますが、封印されしものの影響が再び各地で猛威を振るい始めておりましてな」
本来であればそこは教会の仕事だろうという思いを隠し、すました顔を枢機卿に向けた後、宰相は出された紅茶に口を付けるふりをしてからカップをテーブルへ戻した。
「それは勿論」
当然知っているという態度で頷いた枢機卿は、「では」と改めて宰相を見つめた。
「我々も憂いておりました。ですからそのご提案はやぶさかではございません。ですが、我々も慎ましいながらも生きる為の糧が必要でありましてね」
分かっているなという意味を含めつつ、枢機卿のその表情は聖職者の笑みを湛えている。
デイヴィッドは“来たな”と心の中で嗤いつつも、真摯な眼差しを枢機卿に返す。
「ええ、それは我々も同じこと。王国を導くためにはそれなりに必要な物もございますから、仰ることも重々承知しておりますが…。さて、それは如何ほどお納めすればよろしいでしょうかな?」
下手に出るデイヴィッドに、ベスキスは内心ほくそ笑む。
平民から納められる金など微々たるものである為、この機会に国から金銭をむしり取れば教会が潤うのだという歓喜に蓋をして、申し訳なさそうに眉を下げてからベスキスは口を開いた。
「武器に聖魔力を付与できる上位の者は少ないのですが、その者達の日々のお勤めを止めて最優先事項として付与をさせましょう。そうなると、その間にお勤めを代行する者達へも配慮が必要となります。ですが、我々も神の御慈悲の御心をお伝えするつもりで、この件に携わって行ければと思いますので…。剣1本に対し、金貨10枚程でいかがでしょうか」
勿体ぶった前置きを長々と言ってから核心に触れる枢機卿に、デイヴィッドは「結局金だろうが」と表情を変えずに心の中で嘲笑する。
「ほう、それはまた…」
安いとも高いともとれるデイヴィッドの言い方に、ベスキスはそれは確定事項であると張り付けた笑みを宰相に向けたまま、一万人以上いる騎士たちを思い頭の中で金勘定をはじめていた。
「ところで、聖女様はお元気でいらっしゃいますか?」
ここで急に話を変えたデイヴィッドの言葉の中に、触れて欲しくない部分を感じた枢機卿は、動きそうになる表情を必死に抑え、引きつったような笑みをデイヴィッドへ返す。
「はい、それはもう。今は修行中であらせられ、まだ人々の前にお姿をお見せする事は出来ませんが」
一瞬で言葉を選んだ枢機卿に、デイヴィッドは内心で賞賛の言葉を送る。
だが、ここまでだ。
「ああ、そうでしたか。その修行の為に、今は旅をされているのですね?」
うんうんと笑顔で頷くデイヴィッドに、ピクリと肩を揺らした枢機卿。
デイヴィッドはそれを見逃す事なく、心の中でほくそ笑んだ。
「いやはや、聖女様のお姿を見られていたとは…。宰相閣下は流石と申し上げるのか、国中にも目があるようですね。…ところでそれは、どの辺りでの事でしょうか?」
デイヴィッドは上手い具合に聞き出そうとする枢機卿に、やはりこの者に面会を申し出て良かったと思う。
このオリバー・ベスキス枢機卿は、上層部の中では表情が顔に出易い方だと聞いていたからだ。
動揺を隠しているつもりの目の前の男に、デイヴィッドはニッコリと満面の笑みを見せた。
「さて先程の話に戻りますが、1本の剣に金貨10枚ではこの国は破綻してしまいますね。そこで私が知り得ている情報を対価に、このお話をお受けいただけないでしょうか?ああ、もちろん全くお支払いしないという訳ではありません」
どうでしょうかと、あくまで“持ちつ持たれつ”だという方向に持っていくデイヴィッドは、教会が未だ聖女を捕捉できておらず、その情報を喉から手が出るほど欲している事を知っている。
先日パッセルから届いた報告の中に、教会が探している聖女の名前を見付けたデイヴィッドは、点と点が繋がったように感じていたのだった。
どちらにせよ、聖女は封印されしものの討伐にはなくてはならない人物だ。
だとすればここで教会へこの情報を開示する事はその後の流れに大きく関わってくるのだと判断し、今日の交渉材料としてこの情報を使う事にしていたデイヴィッド・コープランド公爵なのである。