【250】お取り置き
「とんでもない人の数だな」
町へと入ったルース達は人でごった返す町中を何とか歩きながら、キースが驚いた様に人々へ視線を向けた。
「町の規模としてはルカルトより少し大きい位だが、人の数が倍はいるぞ」
「私がいたスティーブリーよりも人が多いわ」
ソフィーも大きな町に住んでいたが、その人波に驚いている。
そしてデュオも、「まるで観光時期のメイフィールドだ」と目を見張っていた。
「それじゃあ、何かの祭りでもあるんじゃないのか?」
フェルはごった返す人々をもろともせず、町中を進んで行く。
この混雑では流石に5人が横に並んで進めないので、フェルが先頭になって一列に並んでいた。
殿はルースで間にソフィーとネージュを挟み、はぐれない様に気を付けているルースだった。
溢れる町中の人々に、これでは町の宿はそもそも無理であろうと素直に冒険者ギルドを探すルース達は、門から続く大通りを1本はずれた通りに出ると多少は歩みも楽になった為、大通りを迂回するようにして冒険者ギルドを探していった。
北門から入ってきたルース達は、そこから南へと続く大通りを避け東側へ向かえば、そこは色とりどりの商店とは明らかに装いを変えた建物にホッと息を吐く。
「ここは武器屋も見えるから、多分こっちの方だな」
キースは辺りを見回し、確信した様に頷いた。
そのキースが言った通りに先へと進めば、堅牢な造りの建物が目に入る。
そして入口脇の看板を見ると、“冒険者ギルド”とかすれた文字が読み取れた。
今は夕方というには少し早い時間で、もう少し遅くなっていれば冒険者達がクエストを終わらせてギルドの中が混雑する時間になっていただろうと思いながら、使い込まれた黒光りする扉を開いて中へと入って行った。
それでも中は既に、クエストを終えた冒険者達が受付に列を作る位には混み合っている状況で、掲示板よりも先に部屋を確保する為、ルース達はまずその列に並ぶのだった。
そうして暫くすればルース達の番となり、ギルドカードを提示して部屋の確認をする。
「こんにちは。空きはありますでしょうか?」
ルースは前回の件を踏まえ何がとは言わずに尋たのだが、それでもギルド職員は理解してくれたらしいが、帰ってきた言葉は残念なものであった。
「申し訳ございません。現在冒険者ギルドの宿は、全て満室となっておりまして…。それに今この町の宿も観光の方々で埋まってしまっているらしく、町の宿もご案内出来ない状態です」
そう言ってギルド職員は、深く頭を下げた。
“ガーン”という音が聞こえそうな表情のフェルを横目に、ルースは「わかりました」と頷くしかない。
こうして町の情報を教えてもらえただけでも、町中を彷徨う手間が省けているのだ。
ギルド職員へお礼を伝え皆の邪魔にならぬよう受付から離れたルース達は、取り敢えず飲食スペースへと移動し、食事を摂りながら今後の打ち合わせをする事にした。
テーブル席はまだ空きもあり、すんなりと食事を摂る事はできたが、皆は言葉少なく黙々と料理を食べると先に食べ終わったフェルが口を開いた。
「どうする?折角パッセルには来たけど、外に行くしかないよな?」
「そうですね…町の宿も一杯との事ですから、そうする他ないでしょうね」
ルースも次いで食べ終わり、お茶を手に取って困ったように笑う。
『アイツガ,居ルダロウ?』
そこへソフィーからパンを分けてもらっていたシュバルツが、その黒い目をルースへ向けた。
「あいつ?」
とフェルがシュバルツへ聞けば、『オ前ハ鶏カ?』と突っ込むシュバルツ。
確かに門前で話していた事をすっかり忘れているようなので、そう言われても否定できない。
鳥に“鶏”と云わせるフェルも中々だ。
「はあ?鶏って何だよ…」
『コノ前アノ巨体ニ,言ワレタデアロウ,声ヲ掛ケロト。ソレノ事ダ』
「ああ~そうだった」
シュバルツに言われてダスティを思い出したフェルは「その手があったか」と嬉しそうに言うも、ルースが首を振ってその案を却下する。
「フェル、そんな理由で声を掛けるのは失礼ですよ。ましてや町には人が多いのですから、いらしたとしても多分お忙しいはずですし」
「そうだよ。僕も一瞬考えたけど、やめた方がいいなって思った」
ルースとデュオに反対され、フェルは肩をすくめた。
「やっぱり外に出るしかないな。ギルドの宿も満室ってことは、緊急クエストが出てもそこそこ対応してくれ奴がいるんだろうし」
「そうですね」
キースも意見を出せば、皆が頷いた。
そうして皆の食事がすんだら町を出ようという話になった時、受付奥の扉が開きそこから出てきた者達がルース達のいるテーブルへと視線を向けた事で、ルースと視線が合った。
そうして何かを話し合いこちらへ向かってきた人達は、今しがた話題に上っていたダスティ達だったのだ。
「よう。やっと来たか」
声を掛けてきたのはダスティの後ろに続いたオールトで、その隣でゾイがニコニコと手を上げている。
「「「「「こんにちは」」」」」
5人が声を揃えて挨拶を返せば、ダスティ達は空いている隣の席に腰を下ろした。
そうして開口一番、ダスティが確信を持って言う。
「部屋は取れなかっただろう?」
「そうなんですよ。だからもう出発しようかと思ってたんです」
着いたばかりなんですけどと諦め気味にフェルが言えば、ダスティ達が苦笑した。
「では、すれ違いにならずに済んで良かった。そうだろうと思って先に俺達が部屋を取っていた。フェル達が来たら泊まれるようにな」
ダスティの思わぬ話に、ルース達は驚きに目を開く。
「フェルがパッセルに来るって言っていただろう?だから俺達で一部屋借りていたんだ。本当はダスティがここに泊まる必要はないんだけど、ダスティが“フェル達に譲れるから念のために”ってな」
ハハッと笑ってゾイが言えば、ルース達は更に驚きの声をあげた。
「え?俺達に泊まってる部屋を譲ってくれるんですか?」
フェルの問いかけに、ダスティはひとつ頷いた。
「きっとフェル達が来る頃には、町の宿も取れなくなるのではと危惧していたんだ。俺の勘は当たりだったようだな」
とダスティがニヤリと笑みを作る。
「あの。いつもパッセルは、こんなに人が多いのですか?」
ルースの素朴な疑問に、飲み物だけを頼み口を湿らせていたダスティ達が「おや?」と3人で顔を見合わせた。
「いいや。いつもはこんなに人は多くないぞ?ルース達は知らないでこの町に来たのか?」
逆にダスティから問われたルース達が、今度は顔を見合わせて首を捻った。
「その様子じゃ知らなかったみたいだな。国がある程度告知をしているはずだが…それはまあいいか。一週間後に、王太子殿下の婚姻の儀があると発表されている。この町でもそれを祝うための祭りがあって、王都まで行けない者達がこの町に来て、王太子を祝おうという訳だ。まあ皆、お祭り騒ぎをしたいだけだろうがな」
ダスティの説明に、そうだったのかとルース達は苦笑した。
では今は大変な時でやはり迷惑ではとルースが言おうとすれば、ダスティが「楽しんで行ってくれ」と先に声を掛けてくれた。
「へぇ王太子殿下のご成婚か。僕達からすれば雲の上の人だね。王都まで行く人達は、その姿を見てみたいんだろうなぁ」
「そうね。私も一度くらいは王子様を見てみたいわ…」
ソフィーの呟きにフェルが慌てて振り返った。
「ソフィーは王子が好きなのか?」
と問いかけるフェルに、ソフィーは小首を傾げてみせる。
「何言ってるのよフェル。見た事も無い人を好きになる訳ないじゃないの。子供じゃないんだし」
フフフと口元を押さえてソフィーが笑えば、皆も笑みを広げていく。
「まあ、そんな時くらいしか王族は皆の前には出て来ないからな。人生で一度くらい王族を見てみたいと思うのは、皆一緒だろうさ」
ゾイが、うんうんと頷きながら補足する。
「まあそこまで行かれない者達が、取り敢えず祝おうという意味でここに集まってきているんだ。だから後一週間は町の宿も満室という事だな」
ダスティに言われ、そうかも知れないとルースも同意する。
「じゃぁ代表でルース、受付に伝えるから付いてきてくれ」
「はい。よろしくお願いいたします」
こうしてルース達はダスティ達が使っていた部屋を譲ってもらい、何とか部屋を確保する事が出来た。
ダスティ曰く、特に祭りの期間は上位冒険者には留まって欲しいという意味も含まれていると聞き、町が落ち着くまでを含めて滞在期間は一か月取ることにした。
ギルド職員から、部屋を整えるため暫くここで待っていて欲しいと言われたルース達は、ダスティ達に付き合ってもらい用意が出来るまでの間、王太子殿下の婚儀の話や祭りの日程、この町の主要な建物の場所などを教えてもらい、有意義な時間を過ごす事が出来た。
その後ダスティ達はこれから家に行くからと言って席を立つも、貴族の館を“家”だと軽く言うダスティにルースは苦笑する他なかった。
そのご実家は冒険者ギルドとは反対側で町の西側、役場などが集まっている地区にあるのだと教えてくれた。
「何かあればいつでも来てくれて構わないからな。ただ俺達はいつもギルドにいるから、来てもらわなくても大丈夫だとは思うが」
そう言って冒険者ギルドを出て行ったダスティ達を見送れば、ルース達も準備が整ったという宿の部屋へと案内をしてもらう。
こうして宿も取れた事で、少しの間パッセルの町へと落ち着く事になったルース達であった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>
これからも引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。