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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第七章 ~変~

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【249】パッセルの町へ

「デニスの町近くに、“封印されしものの影”が出現しました」

「なに?」


 宰相デイヴィッドは、至急の報告として執務室に訪れた国防騎士団団長のデュカートと近衛騎士団団長ジェラルドを前に、手にしていたカップをカチリと鳴らしソーサーへと戻した。

 そして視線を手元の紅茶の波紋に向けたまま、その眉間にシワを刻む。


「それで」

 デイヴィッドは目線だけを動かし、目の前に座るデュカートを見る。


 北の村を壊滅させた犯人は、未だわからず仕舞い。

 入念にさせた調査でも確たる証拠がないままで、推測としてであれば“封印されしものの影”と呼ばれるものの仕業だと考えられるものの、未だに元凶の特定は出来ていない状態だ。

 それが今回はっきりと“封印されしものの影”と明言した為、それはどういう事かとデイヴィッドはその先を促した。


「たまたま現場に、パッセル領主の御子息が居合わせたようです。その本人が見た事を文献にすり合わせた結果、デニスに現れたものは“それ”であると確信した上で、パッセル領主ストラドリン伯が私へ報告してきました」

「…被害は」

「今回は、居合わせた者達で消滅させたとの事です」

「そうか……」


 ほうっと息を吐き出したデイヴィッドは再びカップを取り上げ、乾いた口を湿らせるように紅茶を口に含みテーブルへ戻す。


「その報告に因れば、聖魔力のみ対処可能との事です」

 デュカートの隣に座るジェラルドも、その言葉に口元を引き締める。

「聖魔力…今回居合わせた者の中に、聖職者が居たという事か?」

 対処できたという位だ。聖職者が尽力したのだろうとデイヴィッドは推測した。


「いいえ。今回対応した者達は全て冒険者との事で、聖職者は含まれておりませんでした」

「ではどのようにして対処出来たのだ?」

「聖水を使った、との事でした。武器に聖水を掛け、難を逃れたようです。とは言え、今回対処した冒険者に2度目の遭遇だった者が含まれていた為、はじめからそれを使っていたようです」

「なん…だと?」


 デイヴィッドが驚愕した様に動きを止めた為、ジェラルドは今目の前に提出した報告書の内容を、初めから順を追って話していった。


 その話を眉間にシワを刻んで聞いていたデイヴィッドは、デュカートが口を閉じると頭を抱える。

 以前ノーヴェの町でも遭遇していたという冒険者達は、証拠も何も残らなかった為にその事を報告できずにいたという事だった。

 確かにその辺の冒険者がその様な事を報告した場合、信ぴょう性に欠けるからと取り合ってもらえない事も考えうる。いいや、その可能性が大であろう。その為その冒険者は、報告を躊躇ってしまったのかとデイヴィッドは肩を落とした。


 だが今回はS級冒険者である領主の息子が居た事で、嘘偽りないとして報告が上がってきた。

 そうなると多分、この件を含め3度目の出現となる“封印されしものの影”は、あまり時間を置かずして現れている事になる。

 刻々と迫る“封印されしもの”出現の時間(タイムリミット)に、デイヴィッドたち3人は額に汗が滲むような感覚を覚える。


「何にしても影の出現を、指を咥えて待っている訳にも行かん。国防騎士団全員の武器に、聖魔力を付与させるよう教会に申請しよう。そして必ず、聖水も携帯させるように。国民に犠牲者をこれ以上出さない為にも、我々は全力で当たらねばならない。各騎士団も心して当たってくれ」

「「はっ」」


「…ですがコープランド公、教会に頼むとなるとかなりの額を要求されるでしょう…」

 そこで、近衛騎士団長のジェラルドが口を開いた。


「まずそうなるであろうな。それだけで各騎士団の年予算が飛ぶ額を要求してくるだろう。だがそこはどうにかするのが、私の役目というものだな」

 デイヴィッドは口角を上げ、キラリと目を輝かせた。


 そんな宰相を目にした2人は、安心した様に頭を下げる。

 この国の宰相の地位に立つコープランド公爵に、絶対の信頼を置いているデュカートとジェラルドである。

 そうでなければこの国は廻らない。

 国王が頂点で国の象徴ではあるが、その足元全てを把握しているコープランド公は、切れ者として有名であった。


 その宰相はテーブルに乗せられた報告書を手に取り、ある一点に目を留めると、氷の様なアクアブルーの目を細めたのである。



 -----


 

 パッセルから城へ報告が上がる、およそ一ヶ月前。


 デニス滞在の最終日、ルース達は外出をせず鍛錬やソフィーの作る食事を手伝ったりなどし、前日の疲れを取る為にゆったりとした一日を過ごした。

 そしてその翌日、ギルドマスターに出発の挨拶をしてデニスの町を後にしたルース達だった。


 デニスの町から続く東へと向かう道を辿り、メイフィールドから流れる大きな河に差し掛かる橋を渡る。


「うわー。あの川がこんなに大きくなるのか…」

 橋の欄干から下を見下ろすデュオは、地元にあった湖から続く川を良く知っているらしく、その起点の川との違いに目を見張っている。


「デュオが知っている川の幅は、どれ位だったんだ?」

 キースはデュオの言葉に興味深げに尋ねた。

「3m位かな。途中で山から来る川と合流する所があって、そこからは5m位になってたけど。その合流地点では魚がよく獲れるって言ってたなぁ」

 デュオは空を見上げながら思い出しているのか、そう言って眩しそうに目を細めた。


 ルース達の目の前にある河はデュオが言ったものの4倍以上あって、ゆったりと流れていく水面には太陽の光がキラキラと反射している。

 そこから下流を見れば、川縁に何(そう)かの船が停まる船着き場が見えた。

 そしてその近くでは、豆粒ほどの人々が忙しそうに動いている様子が伺えた。


 暖かくなってきたからか、水面では水鳥たちが気持ちよさそうに浮かんでおり、時折髪を揺らして行く風は、瑞々しい草花を思わせる香りを含んでいた。


「のどかねぇ」

 5人が欄干からの景色を眺めていれば、ソフィーが微笑みを湛えて言う。

 この景色を見ていれば、たった数日前に近くまで魔の者が来ていたとは思えない程、穏やかな時間が流れていると感じる。


「そろそろ行きましょうか」

 ルースが皆に先を促して、再び歩き出して行く。

 今シュバルツもフェルの肩に留まり、一緒に道を進んでいる。


 ここは地図上で言えば国の中央よりも南西部に当たる地域だが、今渡ってきた河を越えたその先から道幅が大きくなっており、道の中央には馬車が通れるほどの石畳が敷かれている。

 その石畳の両脇には剥き出しの土もあるが、轍が無くなった分とても歩き易くなっていると感じる。

 少しずつ変化する景色に目を奪われつつ、ルース達は人の行きかう道を進んで行くのだった。


 そして又道をはずれ森林の中へと入り出てくる魔物を倒したり、シュバルツからもたらされる情報で、森近くの道沿いで魔物に襲われている馬車を助けたりしながら、食料調達などで最寄りの町に立ち寄りつつルース達は少しずつ南下して行く。


 こうしてデニスの町を出発してから2か月、ルカルトの町を発ってからは4か月が経過した頃、ルース達はダスティ達が向かったという“パッセル”の町へと到着したのだった。



 今ルース達の視界の先には、遠くに町の北門である巨大な門と堅牢な隔壁が陽の光を受けて輝いていた。

「流石にデカイ町みたいだな」

 と、フェルはその景色に目を細める。


 パッセルの町に近付くにつれ、人々の往来も増えた事である程度の予測はしていたが、やはりマイルスに貰った地図に名が載っていた事でも分かるように、その地方の中核を担っていると思わせる程の賑わいと町の規模を、既にその門前で感じているルースであった。


「ここが、ダスティさんの御実家が治めている町なのね」

 ソフィーは改めて、ダスティが貴族である事を実感している様だ。

「まだ居るかな?ダスティさん達」

「フェル、あれからもう2か月も経っているし、彼らがここに居るかは分からないぞ?」

 キースは苦笑しつつ、目を輝かせるフェルに視線を向けた。


「そうですね。まぁ何事もなければわざわざダスティさん達を探す必要もありませんし、声を掛ければ却ってご迷惑になる可能性もありますから、いらっしゃらずとも問題ありません」


 ルースの言葉に皆も頷き、そして改めて門を目指して人の並ぶ列へと進んで行った。


 その門前の列は皆が町へと入るためのもので、その流れは延々と続いている。

 当然その列は徒歩の為のものであり、馬車に乗ってきた者もその手前で降りてこの列に並んでいるらしく、馬車だけが別にある馬車用の列に並びその順番を大人しく待っている。

 しかし人の列はそうでもないようで、時々横入りだの何だのと大声を上げる者達もおり、その度に門番らしき者が飛び出してきて、彼らを連れ出していった。


 そんな人々を眺めるルース達は一時間程をそこで費やした後、漸くパッセルの町へと足を踏み入れたのであった。


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