【247】思わぬ報酬
「これはまた…」
ギルドマスターのウィクリーは、そこまで言って途中で止める。
冒険者ギルドの応接室、テーブルの上に置いたキースのロッドを見たウィクリーとダスティ達は、大きな魔石が嵌ったそれに、大きく息を吐き出した。
「この魔石1つで、城にある大きな魔導具が動かせるな…」
ダスティはその大きな魔導具を見た事があるのか、そう言って目を細める。
「だけど、あの…魔の者だっけ?あれって、聖の魔力しか効かなかったんじゃなかったのか?」
ゾイは早速、核心を突いた事を言った。
「そうみたいだった。俺の魔法は効果がなかったようだし」
悔し気に言うオールトに、ダスティが慰めるようにその肩に手を置いた。
「オールトも、これ位のロッドがあれば…」
「いやいやダスティ。このロッドクラスになると、金さえ払えば手に入るってもんでもないんだよ?ねぇ、一体これはどこで…?」
オールトはキースへと羨まし気な視線を送った。
「これは…」
キースもルース達から渡された物でありその出所は聞いているが、キースは“どうする?”とルースに視線を向ける。その視線に頷いたルースが、オールトへと顔を向けた。
「これはダンジョンから出た物で、買った物ではありません」
本体だけですがと、心の中で付け加えながらルースは言う。
「やっぱり…」
オールトはその答えに納得したようで、「な?」とダスティに視線を向けた。
そしてルースは、このロッドに少なからず聖の加護が掛かっている為だと辻褄を合せた。
「で、まあ話を戻せば、君達が言う“魔の者”は普通の武器では対処が出来ないもの、という事の様だな」
「そうだ。武器にも聖水を掛けるなどして聖の力を満たさないと、文字道理“刃も立たない”という事らしい」
ウィクリーの問いにダスティが答えれば、それに頷いたウィクリーは、ダスティからルース達へと視線を向けた。
「それを君達は知っていた、という事はいったいどういう事だ?」
その事を話せばそこは誰しも疑問に思うだろうと、ウィクリーの言葉にルースは仲間へ視線を向け、大丈夫だと言うように頷いてみせる。
ルースはウィクリーと視線を合わせ、居住まいを正した。
「私達は半年ほど前、ノーヴェの町でも魔の者と遭遇した事があったからです」
ルースの発言に、ウィクリーとダスティ達は緊張した気配を纏わせた。
「…そいつはどうした…?」
ダスティが静かな声で聞き返す。
「パーティで力を合わせて、何とか消滅させました」
「マジか…」
そこでゾイは、大変だっただろうなと眉根を寄せる。
「その時に試行錯誤した結果、聖の物が効くとわかりましたので、今回は初めから武器に聖の物を纏わせていました」
ルースがそう説明すれば、皆はそれで納得してくれ様だったが…。
「その時は、ギルドへ報告しなかったのか?」
ウィクリーは、子供を叱るような目でルースを見つめ返す。
ここで指摘されるのは当然だ。ウィクリーもギルドマスターなのだから。
「はい、申し訳ございません。その当時はまさか何体もいるとは思っておらず、その後に北の村の噂を聞き、もしかして…と。そして今回の事で何体もいるのだと確証を得ましたので、戦闘が終わってからギルドへ報告するつもりでした」
真実半分、辻褄合わせ半分という具合に、ルースは真実を織り交ぜて淀みなく話す。
いくら信頼できる人達と言えども、ほいほいとネージュの秘密を明かすわけにも行かず、秘密を明かせない事にルースは心の中で謝罪を付け加えた。
「という事は。いつ何時現れるかもわからないそいつらを対処する為には、武器に予め聖魔力を付与しておくよう、各ギルドにも通達を出しておかないとならない。…聖水も持たせた方が良いな」
と言ったウィクリーは、思案気に目を伏せる。
「ああ。俺からも上には話を伝えておく。北の村の件もあるからな」
ダスティはウィクリーに視線を向けて頷いた。
「そうだな、そちらはダスティに頼もう。ギルドからもその内に報告が行くだろうが、それでは手遅れになる可能性もある訳だし」
ウィクリーとダスティが話している内容をルース達では理解できないが、取り敢えず皆に指示を出してくれるという話にホッとするルースだった。
前回と今回は、たまたまなのかルース達の前に現れたから何とか対処出来たものの、この情報を知らなければ北の村の様に、又どこかの町が蹂躙されることになってしまうのだ。
今後又いつどこで魔の者が出現するのかが分からない以上、今となってはこの情報を隠し立てする事は、皆を危険に晒す事と同義。だが、ルース達がこの話を皆に知らせる事は出来なかったのだ。
唐突に話を持っていったところで、まず信じてもらう事が困難であろうと感じていた事と、そこから色々と追及されると差しさわりがあったからだ。その為今まで、ギルドには伝えられなかったというのが本当のところだった。
ゆえに今回の戦闘にダスティ達が居合わせてくれたことは、ルース達にしてみれば渡りに舟という状況になり、ルースはこの巡り合わせに感謝していたのだった。
こうしてルースが思考の中に沈んでいれば、オールトの声が耳に届いた。
「じゃあ、パッセルに行くのか?」
ダスティに確認をするオールトに、ダスティは「ああ」と頷く。
「先に手紙を出すが、俺達が直接話をした方が良いだろう」
「では、すぐに発つんだな?」
ウィクリーも話を理解しているようで、ダスティに聞く。
「早い方が良いだろうな」
と頷くダスティ。
ルース達は話が見えないまでも、ダスティ達の様子を見守っていれば、ダスティの視線がルース達へと向けられた。
「フェル達も聞いていたんだろう?北の村の話を」
とダスティはフェルへと問いかけた。
先程の戦闘中に、北の村の話を出したのがフェルだったからだろう。
「はい。ルースがサモンの町で小耳に挟んだと言って、俺達にも教えてくれました」
その答えにダスティは渋面を作り頷く。
「本当にひどい話だ…ルース達はその村は、あいつがやったと思っているんだな?」
と言って、ダスティが今度はルースと視線を合わせた。
「はい。私が聞いた話では、その村はただ殺戮されただけでご遺体は残っていたと聞きました。魔物であれば血肉をすすり、ともすれば骨まで食らうはずです。先程の魔の者も、ただ殺戮をする為だけに人を襲い、それを楽しんでいる様にすら見えていましたので…」
「楽しんでいた…と」
「ええ。まるで嗤っている様でした」
ルースの話で室内が静寂に包まれる。
ただ殺戮を楽しむだけに人を襲うもの。
そうなると、人がいる場所に必ず現れると言って良く、王国内どこにでも出現する可能性があるという事になってくる。
「ルースはあれを、何だと思う?」
ダスティは、ここからが本題だというようにルースへ強いまなざしを向けた。
その眼はルースの心の中までを見通している様で、ルースは膝に置く手に汗が滲むのを感じる。
「“封印されしもの”の影…」
――!!――
ルースの言葉にダスティのみならず、ウィクリーやゾイ、オールトまでも息をのんだ。
ルースが今まで目を通してきた書物によれば、“闇の魔の者”と思しき記述には“封印されしもの”と明記してあったのだ。その為、ダスティ達にも伝わるように、今は“封印されしもの”という言い回しにしていた。
そのお陰か、皆はその言葉の意味を理解した様に驚愕の表情を浮かべているが、その中でダスティだけは違う意味で驚いている様だった。
「ほう。ルースは色々と歴史を理解している様だな」
意味深ともとれるダスティの言葉に、ルースは苦笑するにとどめる。
確かにネージュからも色々な事を教えてもらい、闇の魔の者については多少詳しいといえるのだろう。
「歴史書を読めば、ある程度の推測は可能です」
それをルースは本から得た知識だと、ダスティに言う。
片眉を上げるも頷いてくれたダスティに、ルースは少し居心地が悪くなるが、この話はそこで終わらせてくれた様で、ダスティはウィクリーへと振り返った。
「これでも影だからな。何にしても、万全を期しておかねばならないという事だろう。対策としては、武器に聖水を掛ける事でも多少効果はあるが、教会で聖魔法を付与してもらった方が確実だろうな…」
「そうだな。本当は聖魔法で攻撃してもらえば一番手っ取り早いんだが、聖職者は基本、攻撃魔法が使えないからな。…しかし、物に魔法を付与できる程の聖職者となれば、町の教会ではまず無理だろう」
「そうか。ある程度高位にならねば、付与は出来ないんだったな…」
ウィクリーとダスティが話している内容によれば、町の教会にいる司祭では聖魔力を付与できない事が分かった。
ルースはいつも身近にいるソフィーが聖女だとは知っていても、その地位などはまるで考えた事もなかったのだ。そして今のウィクリーの話を聞き、自分達は恵まれているのだと改めて認識をしたルースなのであった。
それから暫くして話も一段落したのか、ウィクリーがルース達へと視線を向けた。
「それで今回の影…魔の者だったか。それを対処してくれた“月光の雫”には、特別ボーナスを出す」
ウィクリーの突然の発言に、ルース達は目を見開く。
「いえ、でもそれはダスティさん達も…」
「いいや。俺達はただ傍にいただけに過ぎなかった。止めを刺したのもキースだしな」
ダスティは苦笑しつつ手が出せなかったと言うが、ダスティ達が一部で気を反らしてくれていた為に、ルース達が戦いやすくなっていたという事もあるのだ。
それに首を振ったダスティへ、頭を下げるルース達である。
「今回見せてもらった戦いは、参考にさせてもらう。だから次回からは、しっかりと働かせてもらうさ」
ニヤリと笑うダスティに、「そうそう」とゾイとオールトも笑顔で頷いた。
「それでは話が纏まったところで、そのボーナスについてだ。と言っても物ではなく、ポイントだ」
ウィクリーはそう言いおいて、ルース達の反応を確かめている。
当然ルース達は報酬を欲しいと思ってやった訳ではないため、望みはないので有難く頷いた。
「ダスティに聞いた戦いぶりから判断し、今A級のルースとフェル以外をB級へと昇級させる。これは俺の判断だが、文句は言わせないから安心してくれ。尤も、この町では言いふらさないでくれると助かるが。また“決闘だ”なんて事にもなり兼ねないからな?」
口角を上げるウィクリーにデュオとソフィー、そしてキースが驚きの声をあげた。
「ちょっと待ってください。オレはC級になったばかりで…」
キースが戸惑うように告げれば、ウィクリーは承知していると一つ頷いてみせた。
「話に聞いたほどの魔法を放てる奴は、本当ならもうA級でも良い位だぞ?」
と言って、ウィクリーが声を出して笑った。
「そうだぞ、キース。有難く受けておけって」
同じ魔法使いのオールトもそう言って、「さっきのはスカッとしたぜ」とキースに親指を立てた。
こうしてデュオとソフィーとキースの3人は、思いもよらず、ここでB級への昇級を果たす事になったのである。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。
少しストックが溜まりましたので、今話より再び毎日投稿する事にいたしました。
明日も投稿いたします!
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。<(_ _)>