【246】これのお陰
「おいっ!何だこいつは!!」
ダスティの怒鳴るような声に答えたのは、後方のソフィーだった。
「ダスティさん…これは…」
「魔の者です」
ソフィーが言い淀んでいれば、キースが視線を向けずに答える。
「まのもの…?では“敵”という事だな?」
ゾイが訝し気にソフィーに尋ね、ソフィーはそれに頷いて返した。
それにダスティ達も思案顔で頷いて返し、戦闘に交じる様に駆け出していく。
「待って!」
ソフィーがダスティ達へ声を掛けたものの、既に3人はフェルの近くに辿り着いていた。
「おいフェル、何を手こずっている」
ダスティがルースと打ち合っている隙を狙うフェルに、後ろから声を掛けた。
ルースは近付いたダスティ達の気配を感じてはいたが、ここで集中力を切らす事は出来ず会話もままならなかった。流石に視線を転じる余裕もない。
今回のルースは、ソフィーのお陰で魔の者と打ち合える程に能力が向上しており、対等に近い動きで魔の者の動きを封じている。その為、ルースが注意を引き付ける役を買って出ており、隙を突いて周りの皆が攻撃を仕掛けていた。
火花を散らすルースと魔の者を視界に入れたまま、フェルはギリリと剣を握り締めそれに答えた。
「あいつは北の村を壊滅させた奴です…多分」
同じ個体なのかはわからないが、あの噂をダスティ達も知っているはずで、これで通じるはずだとフェルはそう言葉にした。
「なにっ!?」
ゾイがくわっと目を吊り上げ、魔の者を睨む。
「こいつの仕業という事か…」
ダスティの呟きの後、隙を突いてフェルも駆け出し剣を横凪に振り抜き、再びフェルは後退する。
それはルースが相手の両腕を両手剣で塞いでいた為の一瞬で、脇腹を浅く切り裂きジュッと煙を上げた。
そこへ入れ替わる様に出ようとしていたダスティとゾイを、フェルが止めた。
「出るな!」
先輩に対しての言葉ではないが、今はそんな事を言っていられないのだ。
「なぜ?」
ダスティが面白がるように足を止め、フェルに聞き返した。
「そいつは普通の武器じゃ切れない。“聖”を纏わせた武器じゃないとダメなんだ」
早口でフェルが伝えれば、ゾイとダスティが眉間にシワを寄せて後退した。
「聖を纏わせた武器…」
ゾイが手にする剣を見下ろして、奥歯を噛みしめる。
そこでダスティが何かに気付いた様に、手荷物から何かを取り出した。
「ではコレを掛けてみよう」
ニヤリと笑うダスティが手に持つ物は1本の瓶。
「ああ、それな!」
ゾイも何かに気付いた様に瓶を取り出すと、ダスティとゾイは自分の剣にそれを掛けた。
「何ですか?それは」
「聖水だ」
フェルはダスティの答えに、取り敢えず頷いておく。
フェル達は聖水を使っている訳ではないのでその効果はわからないが、ここでソフィーの話を持ち出す事も出来ない。
「そんじゃ、ちょっと殺ってみますか」
そう言ったゾイとダスティが駆け出していき、フェルも続いて走り出した。
黒い物を囲んで混戦している場所から少し離れ、魔法使いのオールトも又懸命に魔の者へと魔法を当ててはいるが、目に見える効果はないと気付いた様で、足止めの為に人が離れた場所に向けて魔法を繰り出し、皆のサポートに回る事にしたらしい。
それらを注視しながら、キースは魔石の中に十分に魔力が溜まった事を確認し、その手を高く掲げる。
キースの中にひとつの映像が沸き上がり、それは今のロッドの魔力で放てるものと確証する。
ルースも魔の者も満身創痍に見えるが、まだとどめはさせていない。そしてこれ以上戦いを引き延ばせば、人の方に負傷者が増えるだけだと、キースはロッドを持つ手に力を込める。
「皆、下がれ!!」
キースが大声で告げれば、皆もそれに応える為に飛び退って人の輪が広がった。
「もっと!!」
もっと下がれというキースに皆はその輪を一層大きくすれば、真ん中に一人残されたものは訝し気にキースへと視線を巡らせた、様に感じた。
その目の無い視線に悪寒が走るも、キースは高らかに声を発する。
「“超火焔乱舞”!!」
そうしてキースから放たれた魔法は、大きな円を描き回転するように黒い影に迫るも、それはニタリと嗤ったように口元を歪ませた。
「デュオ!」
ルースがそれを援護するようにデュオを呼べば、デュオは魔力の矢で魔の者の周りにその移動を妨げるように矢を放っていった。
言ったルースも同時に魔法を展開し、魔の者の足元へと蔦を発生させてそこへ縫い留める。
キースの魔法が届くまでの、一瞬の時間稼ぎだ。
魔の者は、それさえも歯牙にもかけぬように口元を歪めると、キースの放った炎を受けとめるかの如く右手を前に突き出して構えた。
そう。普通の魔法ならまず通用しないだろう。
だからこそのこの構えだとルースは理解する。
――― ドドォーンッ! ―――
爆音とともに蒼い炎が弾けた。
それに飲み込まれる瞬間、ルースは、表情が無いはずの魔の者の顔が苦痛に歪んだ気がした。
だがそれを見た一瞬の後には、十分に離れていたはずのルース達にもその衝撃が届き、爆風に煽られて視界を防御する事になった。
「うわっ!」
「ぐっ」
周りからそんな声が聞こえてきた後に収まったその炎は、そこに立っていたはずの魔の者を残滓も残さず消し去っていた。
「消えた…」
ソフィーは後方で気配を読んだのか、そう言って消滅したと言葉を紡いだ。
「マジか…」
フェルもあっけにとられるように言えば、ドサリと音がしてキースが膝をついていた。
「キース!」
ソフィーが駆け寄って行き小声でキースと何かを話すと、キースは手を振って止めている様に見えた。
ルースはチラリと合流してくれたダスティ達を視界に入れ、キースが回復魔法を使おうとしていたソフィーを止めているのだと直感した。
ルース達以外に人がいる今、安易に治癒魔法を掛ければ、ダスティ達に全てを話さなくてはならず、いくら信頼できるダスティ達と言えどそれは時期尚早な気がして、ルースはキースの判断にそっと胸を撫でおろした。
キースは自分の鞄からポーションを取り出してグイッとあおり、ソフィーは眉尻を下げてごめんねと謝っている様である。
それにしても、とルースは魔の者が立っていた焼け焦げた地面を見つめる。
ただの攻撃魔法では魔の者には通じないはずが、キースの放った火焔乱舞では消滅したのだ。
と、そこでキースの魔法を思い出し、ルースは独り言ちる。
「超火焔乱舞…?」
ルースはその魔法を知らなかった。
火焔乱舞は火の上級魔法として知ってはいるが、その上?とルースは首を捻り、蒼い炎を思い出して一人思考の中に沈んでいれば、そこへダスティ達とフェルが寄って来てルースに声を掛けた。
「何だか、とんでもない事が起こっているな」
眉間にシワを寄せたダスティは、強面なだけに物凄い迫力があった。
そしてその隣に立つゾイが、渋面をダスティへと向ける。
「これは報告案件だな。ギルドと上に報告しないと、だろう?ダスティ」
「ああ」
「ちょっと~俺の魔法が効かなかったんだけど…」
ダスティとゾイが2人で思案しているところで、後ろのオールトが一人肩を落としている。
これはそっとしておいてあげようと、ルースはオールトの声が聞こえなかったことにしたのだった。
こうして少し森を焼いてしまったが、魔の者を消滅させたルース達は、ダスティ達と共にデニスの冒険者ギルドへと急ぎ戻っていった。
口元を引き結んだダスティを先頭にして冒険者ギルドの中に入って行けば、周りの冒険者達は何も言わずに下がって道を作ってくれる。
そうしてギルド職員に案内された応接室へ、ダスティ達と共にルース達も続いて入って行った。
“緊急だ”と伝えたからか、慌てて扉を開けて入ってきたギルドマスターのウィクリーがソファーに座ったところで、先程の顛末をダスティが報告した。
「急に森の奥から現れたらしい。ルース達はそれを“魔の者”と言っていた、人であって人でないものだ。それに普通の武器じゃ攻撃が入らない、厄介な相手だった」
「1体か?」
「ああ。あんなもの1体でも十分だ。かなり手間のかかる奴だった…」
「ダスティにそうまで言わせるのか…。それで?」
ウィクリーは、ダスティに視線を固定させて先を促す。
「このキースが、魔法をぶっ放して消した」
「では、魔法は通じると?」
ダスティとウィクリーの会話に、そこでオールトが口を挟む。
「いいや。魔法は通じなかった」
「ん?どういう事だ…?」
オールトの話に疑問を覚えたのか、皆が一斉にキースに視線を向けた。
「このロッドのお陰です」
森からの帰り道、ルースとキースは皆から少し離れ2人だけで話をしていた。
どうしてキースの魔法が通じたのかを知りたがったルースに、キースはロッドにかけてあるソフィーの聖魔法も一緒に、火焔乱舞に取り込めたからだろうと答えた。
「ルースが乗算を使ってみろと言っただろう?そうしたらスキルのお陰か、魔力の感覚が変化して、ロッドに掛かっている聖魔法が交じり合っていると気付いた。それで火焔乱舞を出そうとした時に、“超”を付けた方がしっくりくるなと直感したんだ」
キースも良くわからないがと前置きしたものの、そうであろうという可能性を話してくれていた。
この後の報告時に、なぜ魔法が効いたのかを問われる事は明白だ。しかしそれを話す事は出来ない為、このロッドのお陰にしようとこの時ルースとキースで話し合っていたのである。
そうして、キースが出したロッドに輝く大きな魔石を見たウィクリーとダスティ達は、キースの言葉を裏付けるように光輝く魔石に、驚いた様に大きく目を開くのだった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
次回の更新は10月17日(木)投稿を予定しております。
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。<(_ _)>