【245】拮抗
キースは、ルース達から話に聞いていた鈴の様な澄んだ音色を聞き、“これが”と背筋が凍るような錯覚に陥る。
「この音…」
「ええ。例のものが居るようです…」
キースに答えるルースにも、まだその本体の気配は掴めていない。
今立っている森と草原の境には色々な気配もあり、そこに紛れているのか方角を特定できないでいる。
「あっちよ…」
ソフィーが震える指で、その方向を示す。
それは運よく町とは反対の森の奥で、それを思えばまだ町へは行っていないようだと少し安堵する。
だがルース達がここで食い止めねば、この先にあるデニスの町を襲う事になるのだと、ここに居る者すべてが瞬時に理解する。
「町へは行かせません」
「勿論だ」
「僕たちで何とかしなくちゃならないね」
前回の時を思い出しつつ、皆は少しだけ力んで言う。
キースはそれと対峙した事はないが、ルース達がこれだけ緊張する程のものなのだと、唇を湿らせゴクリと喉を鳴らした。
そうして森のはずれに留まるルース達の下へと目指すように近付いてくる黒い物が、ぼんやりと木々の隙間に見えてきた。それはまるで影が自立し動いている様にも見え、その不気味さを助長しているかのようであった。
ルースには、その周辺にも禍々しい黒い靄を纏っている様にも視えており、ルースは腰につけた剣と巾着から以前の剣を取り出し、両手に構えた。
この両方の剣には、ソフィーの聖魔力が付与してある。
ただの剣では魔の者へ傷を負わせる事さえ出来ないが、聖を纏う武器であれば不可能を可能にするのだと、ここに居る者達は既に学んでいる。
フェルの盾と剣、デュオの魔弓と矢筒の矢にも聖魔力が付与されており、キースのロッドにも聖魔力が付与されているが、直接攻撃ではないロッドは、今回魔の者にどのような作用をするのかは、まだ検証が出来ていない。
キースには以前の戦闘を事細かに伝えてある。聖を纏ったものでなくば攻撃が通じないとも…。
そして前回手の中に出現させた黒い剣は闇魔法である事、そして次に魔の者と対峙した時には、キースのスキルである“乗算”を、意識して使ってみて欲しいというルースの指示。
「何でスキルを発動させるんだ?ルース」
その時のキースは、スキルの価値すら解かっていなかった為、スキルの有用性も良くわからなかった。
「私の勘では、その乗算というスキルは何かに限定されるのではなく、汎用性の高いものだと思うのです。その為そのスキルを使えば、魔法攻撃が効く可能性も…というただの私の勘ですが」
その時のルースからの説明で、そんなものかと軽く考えていたキースは、今になって目の前に居る得体の知れない個体を前に、自分の魔法が効かない場合も考慮し、少しでもルースが言った事の可能性を信じてみたくなっている。
段々と、でも少し勿体ぶったように近付いてくる黒いものを前に、ルース達は戦闘の準備に取り掛かる。
「デュオとキースはソフィーの傍に。ソフィーをお願いします」
ネージュもピタリとソフィーに寄り添い、魔の者から護る様にその体を大きくした。
初めて見たそれにキースは一瞬目を見開くも、今はそれに触れる事はせず、どこか納得した様に頷くにとどめていた。
ソフィーはそんな皆に向けて回復魔法を掛けると、続いて目を瞑り、指を組んで天に祈りを捧げた。
「勇気は善に、その輝ける魂を、慈悲と恵愛を以って導きたまえ。“聖者の加護”」
回復魔法よりも眩しい光が、ルース達を包み込んで行く。
温かく、そして安らぎを与えてくれるようなその光が消えれば、ソフィーは真摯な眼差しを皆に向けた。
「この前ネージュに教えてもらったの。聖魔法で皆を護る魔法よ」
「……ありがとうございます。今の魔法で私達の能力値が、全体的に10上がりました」
ルースが自分の変化を皆にも伝えれば、フェル達は驚いた様に目を見開いた。
ソフィーが掛けてくれた魔法は、一時的かも知れぬがその者の能力を底上げしてくれる魔法だった。
「私は戦えないから、せめてこれ位はね。後はお願い…」
ソフィーが組んだままの指に力を入れルース達に言えば、皆はその言葉に深く頷き、異様な気配を漂わせている魔の者を振り返る。
それは既に人の形に見える程近付いており、無い目と視線を合わせれば、黒い口元がニヤリと歪んだように見える。
ルース達から20m程に迫ったそれに、デュオとキース、そしてソフィーが後方に下がりながら、デュオから一筋の光が黒い影に飛んで行く。
シュンと風音を立てて一瞬で迫った光を、スルリと残像を残して躱す黒い影。
その間にもルースとフェルが飛び出していたが、それには獲物が食いついたと認識した様に歩みを止めた魔の者が、歪んだ笑みを浮かべて待っていた。
フェルは最初から全力を出すつもりか、魔力を纏っている。
「ぅおおー!」
気合を入れるように叫ぶフェルは、魔の者へと剣を振り上げ、袈裟懸けに振り下ろした。
「稲妻斬撃!」
―― ザンッ! ――
剣の軌道に沿って出た稲妻は、黒い影がいた場所に“ドンッ!”と落ちるも、そこには稲妻が立てた煙しかなく、黒い影はフェルの目の前へと既に移動し、その腕を振り下ろしていた。
― ザクッ! ―
「ぐっ」
フェルも、目の前に現れた影に反応し後方へと飛び退ったものの、身の引き方が甘かったのかフェルの右肩に黒い腕が浅く届いていており、そこから徐々に赤い液体が染み出してフェルの肩を濡らしていった。
「フェル!!」
後方のソフィーが悲鳴を上げるも、「大丈夫だ」とフェルは流れる血をそのままに、更に後方へと飛び退いてソフィー達の近くまで後退していった。
駆け寄ったソフィーに治癒魔法を掛けてもらっている間、ルースはそれを視界で捉えながらも魔の者を自分へと引き付ける為、絶え間なく剣を繰り出していく。
デュオもソフィーの傍から飛び出し、魔の者の周辺を駆け抜けつつ矢を放っていった。
そしてキースも負けじと、新たに覚えた魔法を放つ。
「“深紅の門”」
ルースが間合いを取った時、魔の者の背後にキースの魔法が展開する。
それは一瞬にして花を咲かせたように、炎が膨らみながら魔の者を取り込んでいく。
「やったか!」
フェルの声を後ろに聞きつつも、それにもすぐに反応した魔の者が避けるように移動しており、背中の一部が火を纏っているがそれもすぐに消え、そこには何の変化もない事が分かりキースから舌打ちが漏れた。
ルースは纏った風で更にスピードを上げ、移動したそれを追いかけて横凪に剣を振るう。
― ザンッ! ―
だがそれも、剣の先が掠っただけに終わったかと思えば、トスンという音と共に黒い影がクラリと揺れる。
キースの魔法とルースの剣、そして最後にデュオの矢を背中に受けた魔の者は、一瞬にして森の奥へと間合いを取る様に下がったのだった。
そしてデュオの放った輝く矢を、ジュッという音をさせて掴むと、怒りを含んだように投げ捨て、再び目の無いはずの視線をルースへと向けた。
「コバエガ,ウルサイ」
今回初めて口を開いた魔の者から、ダブったようなザラザラとした声が落とされた。
「本当にしゃべるんだな」
緊張を含んだキースの声に、答える余裕のある者は誰もいなかった。
その頃にはフェルも前に出て魔力を剣に乗せ、飛び出す機会をうかがっているようだった。
そのフェルを見れば服の肩口は切れているものの、そこから覗く肌は塞がっており、ソフィーが綺麗に回復してくれたらしいとルースは安堵する。
ルースは更に魔力を引き出し、纏う風に威力を乗せれば、両手の剣がキラリと反射した。
「出ます」
ルースは地を強く蹴って一気に間合いを詰める。
そして両手の剣を交互に繰り出しつつも風魔法で注意を反らしながら、魔の者の注意を自分に引き付ける為にステップを踏み続けた。
流石に聖を纏う剣をまともに受ければ損傷すると気付いた様で、ルースの剣を手刀で受け止め、キンッキンッと火花を散らしながらも素早く腕を振り回している。
その背中を向ける一瞬の隙、当然そこにはデュオとフェルが攻撃を仕掛けるも、そちらにも目があるのかという動きで、それすらも体の向きを器用に変えて躱している魔の者は、正直脅威としか言いようがなかった。
前回の個体よりも、はるかに動きが早くなっているとルースは思う。
一方キースは先程からずっと、ロッドの魔石に魔力を注ぎ続けていた。
延々と魔力を注ぎ込んでも吸収し続けているこの魔石は、どれだけの魔力を溜められるのかもわからない位、もっともっとと言うようにキースの魔力を受けとめていた。
キースは次に放つ魔法に自分の魔力を最大値で乗せる為、先程から魔力を手の中のロッドへと注ぎ続けているのだ。
小さな魔法を数撃つよりも、一度に大きな魔法を送り出す事を選んだキースは、視線をルース達へと固定させつつ、少し離れてその様子を見守っていた。
戦闘が始まってもう10分程が経っており、魔の者の周りではルース、フェル、デュオが死闘を繰り広げている。
禍々しい気配に耐えつつ魔法の準備を進めるキースの耳に、その時人が走っている微かな足音が聞こえてきた。
もし冒険者が応援に駆けつけてくれていたとしても、生半可な者ではこれには太刀打ちできないだろう。それに、今度はその者達の事を気にかけねばならなくなるのだ。
ここで人を庇ってまでの戦闘は分が悪いと、眉をひそめてキースは音が聞こえてくる町の方角を振り返った。
そして見開いたキースの目に映ったの者は、こちらに向かってくるダスティとゾイとオールト、“疾風の剣”パーティその人達であった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
次回の更新からは一日おき、その為10月15日(火)投稿を予定しております。
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。<(_ _)>