【242】今度は練習場です
「ポーションのご用意はありますので、お怪我をされても問題はありませんよ?」
ニッコリと満面の笑みを浮かべたギルド職員、名前をブレンダというらしい彼女は、肩まである赤い髪を揺らして下がっていった。
そうして中央には、ルースとサミーが残され、皆の視線を集めていた。
部屋の隅を見て、この部屋にも武器が揃えてあるのを目にしたルースは、そこに近付いて行くと自分の剣を外し、鉄剣を2本手に取った。
サミーもそこに武器が置いてあると知っていたのか、近付いてきて1本の剣を掴んでいた。
「お前、魔法は?」
すれ違いざま、サミーが小声で問いかけてきた。
これから戦う相手に聞いてくるのもどうかとは思うが、ルースはそこで首を振って返した。今回は、魔法無しで戦ってみるつもりだったからだ。
ルースの回答を見たサミーがニヤリと笑ったのは一瞬だったが、ルースはそれを見ても表情一つ変えずに武器を手にして離れて行った。
先に中央へと戻ったルースが魔力感知でサミーを覗けば、彼は緑色の光を身に纏っていた。
では、魔法攻撃もしてくるという事なのだろう。
そうしてサミーが中央に戻って来ると2人は離れて向かい合い、ルースは足を開いて重心を落とした。
「準備はよろしいでしょうか?それでは ―― はじめ!」
ルースとサミーが頷くのを確認し、ブレンダは試合の合図を送った。
今回のルールは、どちらかが“参った”と告げるか、どちらかが戦闘不能になるまで。
両手の剣をカチャリと鳴らし握り直したルースは、早速詠唱を始めた相手の攻撃をじっと待つ。
「“取り巻く渦巻くさざめく過客よ、刃となって駆け抜けよ。風の刃“」
サミーから風の刃がルースへ向けて飛んでくる。
手に持つ剣は刃を潰してあるが、魔法を使えば当然致命傷も与えられるのだ。
それをわかって敢えて使っているのだろうと思考を飛ばしつつ、ルースはそれを片手の剣で切り裂いた。
―― ザンッ! ――
ルースの目の前で風がはじけ飛ぶようにして散っていく中、ルースはトップスピードで走り出し、まだ魔法を放ったままのサミーの前に現れた。
目を見開くサミーに笑みを向け、その手に持つ剣にわざと剣を当てる。
―― ガキーンッ! ――
弾かれた方向によろけながらも、サミーは剣を取り落とさなかったようだ。
「なっ!」
何かを言いかけたサミーは体勢を立て直しつつギッとルースを睨むと、大きく剣を振りかぶりルースへと向かってきた。
― ブゥンッ ― ブゥンッ ―
音を立てて剣を振るサミーの動きは、ルースの目には一つ一つの動きがハッキリと見えていた。
呼吸の深さ、動かす視線、足の動き、体の角度。
そうして繰り出される剣を、ルースは両手に持った2本の剣で難なく弾き返していった。
それを観ている観客席は、最初こそ魔法が飛び出し“ワアッ”という歓声があがったものの、その後打ち合いをしているだけの2人に、ザワザワとしはじめていた。
フェルは椅子に座って柵に頬杖をつきながら、じっとルースの動きを目で追っていた。
ルースの剣捌きをじっくりと見るのは久々だ。
フェルとルースが敵と対峙する時は、いつも共に剣を振るっている為その動きを身近に感じはするが、フェルがこうしてまじまじとルースの剣技を見る事は稀である。
「全然本気出してないじゃん…」
フェルはそれを見るのが久々とは言え、その動きはいつも感じている訳で、それからすれば今は遊んでいる様にさえ見えて、単に剣の稽古をつけてやっている様にしか見えないフェルであった。
「俺でもあいつはトロく見えるから、仕方ないっちゃ仕方ないけどなぁ」
フェルがこうして観覧席でブツブツと独り言を呟いているのを、周りに居るソフィー達は苦笑して聞いているのである。
「なんだよあれ、地味なんだけど…」
「もっと派手にやってくれると思ってたのにな~」
他の冒険者からそんな声も聞こえてきて、フェル達の近くに座っているダスティは苦笑している。
腕を組んでゆったりと座っているダスティは、これは自分がさせた事であったのだが、相手に申し訳ない事をしたなと心の中で思い始めていた。
ダスティは久しぶりに会ったルース達が、どれだけ成長しているのかを見たかったという理由でこの話を出してみたものの、相手がC級ではお話にならなかったなぁと苦笑している。
― キンッ!キンッ! ― カンッ! ―
ここまでサミーの振る剣は全てルースが弾き返している為、互いに傷一つ付いていない。
サミーよりも体が細いはずのルースは、最小限の動きだけでそれを熟していた。
「はぁっはあっ」
少し息が上がってきているサミーは、額から落ちてくる汗を拭う為に一旦間合いを取って下がる。
汗を拭うサミーがこうして間合いを取れること自体、ルースがそれを待ってくれているのだと気付いていないサミーは、ここぞとばかりに再び魔法の詠唱を始めた。
ルースはその場に立ったまま、その詠唱を聞いている。
(次は“風の矢”ですね)
ルースはそれが放たれた瞬間、横へ跳ぶ。
魔法によっては影響範囲が広い物もあるが、風の矢は一点集中型の魔法である為、それさえ避けてしまえば難なく躱せるのだ。
― ズドーンッ! ―
ルースの後の壁が派手な音を立て一瞬室内の空気が揺れたが、壁が崩れる音もしないのでここも防御魔法が施してあるようだと安心する。もちろん観客のいない方向であった事も確認済みだ。
撃ち出した魔法が外れたサミーは、間合いを詰めるように再びルースの下まで走り寄ると、一つ覚えの様に大きく剣を振りかぶりルースへ飛び掛かってきた。
ルースはそれも横ステップで難なく避ければ、受けとめられなかった勢いで、サミーはつんのめりたたらを踏む。そして勢いよく振り返り、ルースの背中を睨みつけた。
「さっきから逃げ回ってばかりだ、なぁ!」
体力が底を尽きてきたのか、そう言って煽るサミーに視線を向ける事もせず、サミーの前に背中を晒しているルース。ただしルースの顔に笑みが浮かんでいたが、それはサミーからは見えていない。
その隙を好機と見たのか、サミーは大声を上げながら剣を振り上げ、ルースの背を狙って袈裟懸けに振り下ろす。
「どりぁー!」
― ガキンッ! ―
だがルースはその剣を、半分身をよじって難なく受け止めていた。
「なっ!お前!」
背中にも目があるのかと言わんばかりに目を見開いたサミーに、ルースは事も無げに告げた。
「それだけ殺気を振りまけば、見ていなくても分かりますよ」
そう言って受け止めていた剣を弾き返したルースは、数歩下がったサミーの前に一瞬にして立つと、刃の向きを変え、右足に重心を掛けてから反動をつけるように腰を回して横に振り抜いた。
―― バコンッ! ――
「ぐはっ!」
ルースの剣は刃ではなくその腹面をサミーの腰に食い込ませており、振り抜いたその勢いに3m程飛ばされたサミーは、そこから更にゴロゴロと床を転がっていって止まった。
「ぅわあ…」
「いったそ~」
観客席からボソボソとした声が降る中、数秒の後サミーは肘をついて上半身を起こす。
眉間にシワを寄せるその目は、“悔しい”と物語っていた。
「参り……ました」
たった一発の攻撃を受けただけで降参したサミーは、立ち上がろうとするも腰を押さえ「うっ」と呻き声を上げた。
「大丈夫ですか?」
汗一つ掻いていないルースが、右手を差し出してサミーを見下ろした。
下から見上げるサミーは、まるで憑き物が落ちたように表情を緩めてルースの手を取ると、ルースに引き上げてもらい立ち上がった。
「わー!」
「一発じゃん!」
「朝からいいもん観せてもらった!」
「俺も早く剣を振りて~!」
ルースの最後の一撃で満足したらしい観客は、興奮したように口々に感想を言い始めた。
何だか外野がうるさくなってきた所で、ギルド職員のブレンダが隣に一人長身の男性を伴い、ルースとサミーの所へ歩いてきた。
「お疲れさまでした。はい、サミーさん」
と、ブレンダの手には1本のポーションが握られており、それをサミーが礼を言って口に入れていれば、ブレンダは「銀貨3枚です」と有償である事を後出しにした。
その声に咽たサミーがゴホゴホと咳き込むのを、ルース達は笑みを浮かべて眺めていたのだった。
これはブレンダさんの意趣返しだなと、ルースが心の中で思った事は皆には内緒である。
そうしてルースは、ふとブレンダの隣に立つ存在感のある男性に視線を向ければ、こちらへやってきたダスティ達が「ギルマス」と手を上げながらその人物に気安く声を掛けた。
「おう、ダスティ達も観ていたのか。面白い事をしているとギルド職員に聞いて、俺も来てみたんだが…」
そう言ってギルドマスターは、サミーを見下ろすようにジロリと視線を向ける。
「全く相手になってなかったな。試合というのもおこがましい…」
情けないと言いたげに話すギルドマスターに、サミーの周りに集まってきた彼のパーティメンバーも、体を小さくするようにビクリと身を竦めた。
「ハハハッ確かに。まぁ俺も、ルースがここまでだとは思っていなかったから、嬉しい誤算ではあったけどな」
そう言ってダスティは、ルースからサミーに視線を移して目を細めた。
「これで彼がA級であると、分かっただろう?」
サミーの肩をバンッと叩いて、豪快な笑みを向けたダスティであった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
次回の更新は10月9日(水)を予定しております。
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。<(_ _)>