【240】舟運の町デニス
― ザバーンッ! ―
誰かが水に飛び込んだのか、派手な水しぶきの音を立て、その音を聞きながらルース達は川沿いの道へと辿り着いた。
「ほらっ坊主、掴まれ」
「うあっうわっ」
バシャバシャと手足をばたつかせている子供に、今飛び込んだであろう男性は泳いで近付き、子供が川へ沈む直前で抱え込むと、近くの岸にいる者に託して子供を押し上げた。
「うわーーん!」
地面にしゃがみ込み泣きじゃくる子供は、ずぶ濡れだがその様子で無事な事がわかる。
皆がホッとしたところで、「よかった…」とソフィーが小さく安堵の息を漏らした。
川から上がってきた男性は緑の髪から水を滴らせ、茶色の衣服が黒く染まり体に張り付いて逞しい体つきが伺える。腰から剣を下げている所をみれば、自警団の人ではないかとルースは思った。
そこへ泣いている子供へ駆けつけてきた女性が抱き着き、その男性にペコペコと頭を下げている。
川の周りで見守っていた人々も、それを見届けて散り散りに解散していった。
「俺達が出るまでもなかったな」
フェルが鼻の下を擦りながら、嬉しそうにそちらを見ている。
「そうですね」
ルースもフェルに同意して様子を見ていれば、助けた男性が濡れている子供に風魔法を掛け、服の水分を飛ばしてやっていた。
その後自分にも風を浴びせて水分を飛ばすと、見上げてきた子供に優しい手付きで頭に手を乗せて目を細めている。
ルースは何とはなしにその男性の魔力の色を視てみると、緑と赤のマーブル模様の魔力が視えた。二属性使いだ。ルースはその事には触れず、皆と踵を返して冒険者ギルドへ向かう為、その場を後にしたのだった。
そうして辿り着いた冒険者ギルドは町の北東にあり、ルース達が入ってきた東門から、さほど離れていない場所にあった。
先程ルース達は東門から町へ入ったのだが、他の者達の流れに乗る様にしてそのまま中心を流れる川の所まで出ていたのだ。どうせ買い物もあるのだとそのまま町中を彷徨った後、目の前にある冒険者ギルドへと辿り着いたのだった。
その冒険者ギルドの重厚な扉をあければ、受付に並ぶ人の列と、まだクエストを決めかねているのか掲示板付近に残っている冒険者が視界に入って来た。
40m四方の広さの室内には、入口正面に受付があって右手には掲示板が見える。左手奥には細長いテーブル席が5列設置されている食堂があり、そこに混雑までは行かずとも程ほどの冒険者達で賑わっていた。
「人が多いな」
「そうだね。まだ受付も忙しそうだよ」
フェルとデュオが室内を見回しながら話していれば、ルースはその中に大柄な人物に並び立つ、先程川に飛び込んでいた男性を見付けて目を細めた。自警団かと思っていたが、どうやら冒険者だったらしい。
「ルース、こっちを先に見るんだろう?」
フェルがそう言ってルースに声を掛け、掲示板へと足を向ける皆を追ってルースも進んで行った。
ルース達は念のため、緊急性の高いクエストがないかと確認していれば、そこに貼られている物の殆どがC級以上で荷運びの護衛というクエストであった。
「船の護衛が多い様だな」
キースがそれらを見て口を引き結んだ。
その表情から、キースはルカルトの船乗りたちの事を思い出しているのではと、ルースはそっとキースの肩に手を添えた。
「緊急はなさそうですね。殆どが“パッセル”という町への、船の護衛のようですから」
ルースがキースに言えば、皆も隅々まで確認していたが目立つクエストはない様だと頷いた。
そうしてルース達はクエストの確認を終えると、冒険者ギルドの宿を取ろうと受付を振り返った。
「ルースか?」
その時受付の反対側から声が聞こえ、その声に、ルースだけでなくフェルも声の主を振り返った。
―!!―
そしてその人物に気付いたフェルが、声を張り上げた。
「ダスティさん!」
「ああ、フェルもいたのか」
フェルに気付いたダスティも、フェルの呼びかけに答えるように笑みを見せ、ルース達に近付いてきた。
そんな彼は以前、サンボラの町からスティーブリーの図書館に向かう為に乗った馬車に同乗していた、当時既にB級冒険者だったダスティだ。
そのダスティの隣には先程子供を助けた冒険者もおり、それに後もう一人、魔法使いのローブを纏った男性も一緒にルース達の前に立った。
その中心にいる強面の男性は、ニイッと口角を上げて笑った。その笑みを見たルースとフェルの後ろにいたソフィー達3人が、ビクリと体を揺らしていた。笑っても強面は変わらない。
「ほらダスティ。その笑顔も怖いんだってば」
クククと笑いながら気さくに話しかけたのは、彼の隣にいる先程の男性だった。
その男性はフェルと同じ位の体格だが、緑の髪に優しそうな茶色の目が少し垂れて、柔和な雰囲気を作っていた。
「ご無沙汰しております、ダスティさん。3年振り…でしょうか」
ルースが後ろのソフィー達に向け、彼は大丈夫だという意味で笑みを見せれば、後ろから安堵の息が伝わってきた。
「ん?もうそんなに経つのか。どうりで2人共、デカくなってるはずだな」
低域の腰に響く声でダスティが言えば、「ダスティの知り合い?」とローブの男性が尋ねた。
「はい。3年ほど前に、移動の馬車でご一緒した事があります」
ルースがダスティの両脇にいる2人へ答えれば、ダスティも「ワッツで合流した時の馬車だ」と、その2人へ説明していた。
「あの時は、お世話になりました」
ルースが頭を下げ、フェルも「あの時はありがとうございました」と改めて礼を言い、ここは邪魔になるからと一旦人のいない壁際へと移する。
「ルースとフェルのパーティメンバーか?随分と大所帯になったな」
ルース達の後ろにいるキース、デュオ、ソフィーとネージュ、そしてキースの肩に居るシュバルツを見回し、片眉を上げるダスティ。
「はい、今は5人でパーティを組んでいます」
ルースが皆を見せるように脇へとずれれば、ルース達5人は改めて一人ずつ名前と職業を告げ、ルースが魔剣士になったと言えば、驚きつつも喜んでくれた。
そうしてルース達が終われば今度はダスティのパーティが自己紹介を始め、相変わらず巨漢なダスティは「俺も魔剣士だ」と強面に笑みを乗せ、緑髪の男性は“ゾイ”で剣士、ローブを纏った赤紫色の長髪の男性は魔法使いの“オールト”だと名乗った。そして3人は“疾風の剣”というパーティだと教えてもらった。
「そう言えば、ここへは今日着いたばかりなのか?」
ダスティがキリリとした目を細め、フェルに尋ねた。
「そうです。今さっき」
「じゃあ君達は、ギルドの宿に泊まるつもり?生憎、一般室は満室だってよ?」
ローブのオールトが眉尻を下げ、ルース達に宿の情報を伝えてくれた。
その内容に引っ掛かりを覚えたルースは、オールトに尋ね返す。
「一般室…ですか?」
「そう。皆が普通、ギルドの宿で泊まる所は“一般室”というんだ。この町には冒険者が多くてね、その一般室は常に満室だと言っていたよ。俺達は特別室の方に泊まれたから何とかなったが、B級までの冒険者は、町の宿屋に泊まってるみたいだ」
と、今度はゾイがルースの問いに答えてくれた。
「ん?ルース達はまだD級って事はないのだろう?」
ニヤリと笑みを湛えたダスティが、面白そうにルースへ視線を向けた。
それには、小さな声でルースが答える。
「つい先日、A級になりました。まだ実感はないのですが」
それを聞いたダスティ達3人は驚いた様にルース達を見回すも、ダスティは「やはりな」と嬉しそうに言ってから言葉を続けた。
「それじゃあ問題ないな。部屋を取った後でまた少し話をしよう。俺達は朝飯を食べに来たから、向こうのテーブルにいる」
ダスティがそう言うとルース達に軽く手を上げ、ダスティ達3人は奥の食堂へと向かって行った。
「ふぅ」
ソフィーからため息が漏れる。
「ちょっと緊張しちゃったわ」
と苦笑するソフィーは、やはりダスティの外見が怖かったようである。
「ダスティさんは、とても優しい方ですよ?」
受付の列に並びながら、ルースとフェルはソフィー達にかいつまんで当時の様子を話していった。
そうして受付の列に並ぶこと暫し。
やっとルース達の順番になり、冒険者ギルドの宿に泊まる為ルース達はギルドカードを提示する。
「一週間ほど宿に泊まりたいのですが、大丈夫でしょうか?」
既にダスティ達が一室を借りていると言っていた為、ルースは空きがあるのかと確認をすれば、ギルド職員は皆のカードを受け取りながらニッコリと笑みを浮かべた。
ギルド職員はルースとフェルがA級冒険者であると、受け取ったカードで確認したようだ。
「はい。お部屋のご用意はございますので、ご安心ください」
ルース達はその言葉に正直ホッとする。
もし満室であれば、これから又町に出て宿を探さなくてはならないのだ。
「ちょっと待ってくれよ!」
その時ルース達の横から、誰かが声を掛けてきた。
ルースがどうかしたのかとそちらを振り返れば、二十歳位の3人の冒険者がこちらをじっと見つめていた。
そして一歩前に出たソバカスを付けた青年が、眉を吊り上げてルースを睨んだ。
「俺達がさっき聞いた時は満室だと断られた。もし今部屋の空きが出たんだったら、その部屋は先に言った俺達のもんだから、お前たちは他を当たってくれ」
とその青年はルース達に告げたのだった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
次回の更新は10月4日(金)を予定しております。
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