【239】ソニックの森
薄暗い木々の中は下草が余り生えておらず、暑い季節でもここは涼しい場所であろうと想像する。
サクリッサクリッと剥き出しの土を踏みしめながら、戻ってきたシュバルツに案内され、ルース達は道なき道を歩く。緩い傾斜を登りつつ足元を見れば、木々の間からも細い若木が伸びてはいるが、陽を取り込めぬ為か頼りない姿をしている。
そうしてルース達は、透き通った小さな水たまりから流れる小川に到着したのだった。
そこは一画だけ空が覗き、水面が陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
常に水面が揺れているのをみれば、この水たまりから水が湧き出しているのだろう。
「わぁ、綺麗なところね」
「秘密基地みたいだな」
深呼吸をすれば、肺一杯に清々しい空気が入って来るのが分かる。この一画だけは、まるで隔離されている様な癒しの空気に包まれている様だとルースは思う。
「ここの水は飲めるのかな?」
デュオは、透き通った水たまりを覗き込んで言う。
この場の雰囲気からすると大丈夫だと思うが、念のためルースは水を手にすくい上げた。
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『ステータス』
名称:ソニック森林の湧き水
効能:解毒
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それを視たルースは、デュオに笑みを向けた。
「ここの湧き水は、飲んでも問題ありませんよ。解毒作用もあるようですし」
「は?なんだそりゃ。水で解毒が出来るのか?」
フェルは驚きつつ、水たまりを凝視した。
「フェル、ルースが言うんだから間違いないと思うよ?」
デュオは疑う余地もないと、フェルに笑みを向ける。
「私も理由まではわかりませんが…。この水は毒を消してくれるという事なので、飲んでも問題はない。というよりは、飲んだ方が体に良いかと思います」
「じゃあ、ここのお水でお茶を入れましょう。ここは休憩する為に来たんだもの」
ソフィーは皆にここに来た目的を伝え、テキパキと休憩場所を探すと、近くに落ちている小枝を拾い小さく火を熾していった。
デュオとキースがソフィーを手伝っている間、ルースとフェルは水たまりの周辺を見回っていけば、そこには薬草が自生しており珍しい草も生えていた。
バイケイソウにハシドコロなどといった、毒性を含む薬草だ。
ルースはそれらを確認していれば、フェルがその一つに手を伸ばしている。
「お?これって山菜ってやつだろう?」
食べれる草じゃんと、嬉々として摘もうとするフェルに、ルースは急いで声を掛けた。
「フェル!それは毒草です!」
「げっ」
掴む既所で止まったフェルが、ギギギっと音がしそうな程遅緩な動作でルースを振り返った。
毒草は口に入れねば問題はないが、安易に素手で触ると草の分泌物が傷口や粘膜に触れる可能性もあるため、危険であると考えた方が良い。
「またフェルは…」
ソフィーもいつも注意していたのだろう、呆れたようにフェルに声を掛けたソフィーだった。
「一応手袋をすれば問題はありませんので、摘んで下さって構いませんよ。毒草を薬師の所に持ち込んでも良いでしょう。ですが草を触った後は、必ず手を洗って下さいね」
と、ルースも言い添えた。
「ああ…だから、この湧き水なのか?」
キースがそのやり取りをみて、ふと湧き水へと視線を向けた。
「そうかもね。間違って獣が草を食べてしまっても、ここの水を飲めば回復するって事だもんね」
「自然って凄いのね…」
デュオとソフィーも水面を揺らす小さな水たまりを見つめる。
「それでは休憩が済んでから、この辺りの薬草を少し摘んで行きませんか?他にも珍しい物がありそうですし」
ルースの提案に皆は頷き、そこから暫しの休憩を取るルース達であった。
結局そこには毒草以外にも、フェルが言っていた山菜と呼ばれる食べられる草も生えており、皆は楽しみつつそれらを採取していく。
そして出発する前には、ここの湧き水も水袋に入れて持っていくことにした。
ルース達の飲み水などは、ルースとキースとソフィーが魔法で出せる為、今は持ち歩く必要はない。
その為、以前使っていた水袋などは緊急用でと持ち歩いていたが、いままで出番はなかったのだった。それらをここの水と入れ替え、こちらも万が一の為として持っていくことにしたのである。
そうして出発したルース達は、あと数日で食料も尽きる為、再び町のある方角へと歩みを進めていく事になった。
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シュバルツに上空から近くの町を見てもらいつつ案内されたルース達は、少しずつ南下しながら東へと向かっていく。
そして2日目の朝ソニックの森を抜け、町の隔壁を回り込むようにして5m程の川幅にかかる橋を渡り、町の東側へと出て、朝日を受ける町の門へと到着したのだった。
今まで訪ねてきた“スティーブリー”や“メイフィールド”、“ルカルト”の町は大きな町であり、それらはマイルスにもらった地図にも載っているが、それ以外の地図にない町はさほど町の規模に違いはなさそうだった。
ただ今回の町は、メイフィールドから続いている河が東側3km先に流れている為、水運の町として栄えている様だ。
この町は“デニス”といってその河から町中へと水を引き入れ、町の中心の北から南へ、町を分断するように舟2艘がすれ違える流れの緩い川が通っている。それを利用し外の河へと荷を運び出し、遠くの町まで荷を運ぶという河川舟運を生業として発展してきた町であった。
先程ルース達が渡ってきた橋は、その大きな河からの流れを町中に取り込むための川だったらしい。
「へぇ。メイフィールドの所から流れてきている河なんだね…」
「そのようですね」
町に入り店先を覗きながらついでに食材を買い求めて行けば、ルース達がこの町を始めて訪れたと知った八百屋の女将が、懇切丁寧に町にある川の事を話してくれたのだ。
そこで聞いた話にメイフィールドという名が出てきた為、ルース達は町中を移動しながら、デュオが懐かしそうにそう呟いたのだった。
「そう言えば、デュオはそっち方面の出身だったか?」
キースはデュオへと視線を向けて尋ねた。
「そうだよ。僕はメイフィールドの出身」
「そうか。オレもその町の名前は聞いた事があったな。観光地として有名なんだっけ?」
「ああ、近くにデッカイ湖があってな、その景色目当てで、夏には沢山人が来るところらしいぞ?」
フェルはメイフィールドの事を思い出したらしく、キースとデュオの話に加わるとリバージュパンサーの話をして、そこでデュオと初めて会ったのだとキースに説明していた。
「そんな事もありましたね。もう遠い昔の様な気がします」
「本当ね。今ではデュオは、ずっと一緒に居るみたいに思うもの」
ルースとソフィーは、デュオに視線を向けて微笑んだ。
「え?僕が図々しいってこと?」
デュオが焦って皆に聞く。
「そうじゃないわよ。よそよそしさも無くなってパーティの一員として馴染んでいるから、ずっと前から一緒にいたみたいねって事」
クスクスと笑いながらソフィーが言えば、「よかったー」と、意味をはき違えていたデュオも笑みを見せた。
町の中心を流れる一本の川を挟み、その両脇に延々と商店が軒を連ねている町で、一段低くなったその川には所々に船着き場が設けられており、そこでは荷を上げ下ろしする人々が元気に働いている。
「川が町中にあるって、何だか凄いね」
デュオはそんな人々を見下ろしながら言う。
「そうだな。多分これは町を整備して、わざわざ水を引き入れたんだろうと思う」
キースは町中を真っ直ぐに流れる川を見ながら、考えた事を口にした。
「へー。そりゃ凄いけど、それだと危なくないのか?」
フェルは何がとは言わないが、ルースがそれに回答する。
「町中には自警団の様な方々が見回りをされているようですし、もし魔物が入ってきても何とか出来るのだと思いますよ?」
その様な事も然然ないでしょうしと、ルースはフェルに言う。
ルースの話を聞き周辺を見回せば、川に沿って2人組の男性が腰から剣を下げ、見回りをしていると皆も気付く。
町中に川を引き入れるという事は、その出入口は常に開いているという事であり、水中に魔物がいた場合、川を伝い町中に魔物が入ってきてしまう可能性もある。
「それはそれで大変そうだな」
フェルはそう言って、川の中を覗き込むように下を見ていた。
そうして、冒険者ギルドを探そうと川沿いの店を離れて脇道に入って行けば、少し進んだ所で後ろから人の悲鳴が聞こえてきた。
ルース達はどうしたのかと立ち止まり、背後の川を振り返る。
「子供が落ちたぞ!」
ルース達はその声に互いに顔を見合わせると、急ぎ来た道を走り戻るのだった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
次回の更新は10月2日(水)を予定しております。
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。<(_ _)>