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【236】雄叫び

 翌朝ルース達は、宿の清算のために冒険者ギルドへと顔を出した。

 とは言え、追加は無いので出発の挨拶だ。


「おはようございます」

 皆で声を揃えて挨拶をすれば、なぜか背後の冒険者達からの視線を感じる。まだ早朝と呼べる時間であるため人もまばら、そこまでの圧はないのだが。


「おはようございます!」

 ギルド職員は、朝から気合の入った笑みを返してくれた。

「本日出発しますので、そのご挨拶で参りました」

「もうご出立されるのですね。お部屋の方はごゆっくりできましたでしょうか。また近くにお寄りの際はご利用ください」


 ルースが提示したギルドカードを返してもらい退去受付を完了するも、ギルド職員が付け足すように言葉を続けた。


「月光の雫パーティは、今後ギルドの宿では優遇対象になりますので、また是非ご利用くださいね」

 嬉しそうに話す職員に、ルースは首を傾ける。

「その“優遇”について詳しくお聞きしていなかったのですが、それはどの様な物なのでしょうか?」


「…ご説明がまだでしたか、それは失礼いたしました」

 そう言って言葉を切ったギルド職員は頭を下げ、そして話を続けた。


「月光の雫パーティはA級パーティになった為、今後緊急クエストなどを積極的に受けていただく事になっております。その分、滞在先のギルドが管理する宿や設備の待遇が向上し、宿では空きがある限りは無料で特別室にお泊りいただけます。言ってしまえば、滞在中は“何が起ころうとも対応して下さる冒険者”に、その間少しでもごゆっくりしていただけるようにとの配慮であるとお考え下さい」


 A級冒険者は、この王国ではS級についで上位の冒険者だ。

 それまでは試験の無い冒険者業であるが、A級ともなればその試験を受ける資格を得た上で、心技体が冒険者ギルドに認められた冒険者である。

 その様な者が自分の町に滞在してくれるのであれば、もしもの事態が起ころうとも必ずそんな彼らが対応してくれる事になっているのだ。

 その安心の対価の様なものであろうと、ルースは理解したと頷いた。


「ですがA級冒険者は特別な理由がない限り、冒険者ギルドや国からの依頼を受けていただく事になります。そこに拒否権はない、とご理解ください」

「承知いたしました」


 ルース達は説明を聞き、神妙に頷いた。

 この先冒険者ギルドがある町に泊まる際は、緊急クエストの有無も確認しておかねばならないだろう。


「それから」

 とルース達が今の話を理解したと見て、ギルド職員はルースの後方にいるデュオとキースへと視線を向けた。

「デュオーニさんとキースさんの昨日の素材買い取り分の入金が済んでおりますので、お時間のある時にご確認をお願いいたします。クエスト主は、ビッグボアを3体も狩ってきてくれたと、喜んでおられましたよ」


 ルースは斜め後ろを振り返り、デュオとキースを見る。

「良かったですね」

「まぁ、苦労したからな…」


 ルースの言葉に、キースは頭を掻いて苦笑し、デュオはギルド職員へ照れたような笑みを向ける。その横ではソフィーが足元のネージュへと視線を向け、ニコニコと笑みを浮かべていた。

 どうやらベスクスの町からは、みな笑顔で出発できそうだとルースは心の中で独り言ちた。


「やっぱり…昨日の…」

 その時、周りの冒険者がヒソヒソと話す声が聞こえた。


 ルースは昨日、デュオ達からクエストの事を聞き、ビッグボアを3体とガルム10体までをも倒していたと知って驚いたのだ。ルース達全員でそれ位の数を熟すならまだわかるが、2人で1日の内にその数は大変だっただろうと、ルースでさえ思ったのだ。


 この冒険者達は昨日、そんなデュオとキースの買い取りを見ていたのだろう。

「時間もなかったし、そのまま買い取りに出したんだ」

 とデュオが言っていた為、きっとカウンターに乗りきらない程の魔物を持ってきたのだろうし、それでは話題にのぼるのも頷けるなと、ルースは薄く笑みを湛えたのだった。


 そんな事を考えているルース自身も、実はこの町の冒険者達に“試験をクリアしたA級冒険者がいる”と話題にされているとは、本人達だけが知らぬ事である。


 こうして、ベスクスの町の2日間を実りあるものとして過ごしたルース達は、ギルド職員の満面の笑みに見送られ、早朝のベスクスを出発したのであった。



 -----



「な?大丈夫だっただろう?」


 町を出て南下の道を辿る道すがら、フェルはそう言って皆を振り返った。


 昨日の夜、試験の話を雰囲気だけ皆に話したルースとフェルであったが、その時にギルドマスターの友人であるベスクスの司祭が、癒し手として試験会場に呼ばれていたという話もした。

 当然、司祭を紹介された時には普通に振舞っていたルースとフェルだが、内心ではソフィーの事がバレやしないかと冷や冷やしていたのだ。


 ただ、その司祭と会ったのはルースとフェルだけであり、その後にパーティメンバーの話が出る事もなく、試験を終わらせて帰ってきたと伝えてたのだった。


「まあ、あの司祭様であれば、冒険者の事を根掘り葉掘りと探るような方には見えませんでしたし、今すぐにどうこうなるという事もないでしょう」

「それか、まだこの町には、ソフィーの事は伝わっていないんじゃないのか?」

 ルースとキースがそう言えば、それでソフィーも肩の力を抜いて笑みを浮かべてはくれていたが、今朝の冒険者ギルドでは、ソフィーはずっと緊張していた様で、先程フェルが言った一言で、やっと心から安堵したようであった。


『ソフィアが嫌というのならば、我が何とか致そう』

 昨日ネージュもソフィーに寄り添い、不穏な…もとい、頼もしい言葉を言っていた。

「まぁその時はその時だとは思っているけど、やっぱりちょっと緊張してしまうわね」

 とそれにはソフィーも眉を八の字にして、困ったように微笑んだのだった。



 そうして無事に旅路へと戻ったルース達は、轍の残る道を離れ、東に見える林の中へと向かって行った。

 折角A級に昇級はしたが、ここで一旦再び足跡を消す為の対策を取るつもりなのだ。


 今回ソフィーが作り置いてくれている食料は、余程の事が無い限り2週間程度はもつと言っていた。その間は人気のない場所を通り野営をしながら進むのである。

 その為、またシュバルツの出番なのだ。


 シュバルツはいつものクエストにも付いてくるが、やはり外で旅をしている時が一番楽しそうにしている様に見え、ある程度の自由時間をもらうと、好きな所へ行って来て色々としているらしい。

 そのお陰で休憩場所や洞窟も発見出来る為、皆は好きにさせているというのもある。

 まあ、元々が魔物である為、皆も無理に縛り付けるような事はしていないので、互いに少し距離のある良い関係とも言えるのだろう。


 こうしてまだ草なども(まば)らな木々の中を進み、薬草なども摘んで行く。

 そしてたまには珍しい物も見つける為、(はた)から見るよりも本人達は楽しんで旅を続けているのだ。



 そして今日も、フェルが何かを見付けてくれた様である。


「お?何かあるぞ?」

 フェルが指をさしたのは、ルース達がいる場所よりもはるかに高くなっている崖の様な岩場で、木々の隙間から見えるそれをフェルは目を細めるようにして見ている。


「何かって、なに?」

 デュオはフェルに聞く。ルース達ではまだ何も見えないのだ。

「ん~。木の枝みたいなのが重ねてある…?」

『では何かの巣であろう』

 ネージュが、フェルをチラリと見て言い添えた。


 それは崖の途中にある様で、岩場の凹凸を利用した場所にある巣であろうという事だった。

「へえ…鳥かな?」

 キースも、歩きながらも目を凝らして呟く。

「それにしては、ちょっと大きそうだなぁ」

 フェルがそんな事を言うものだから、フェル以外の皆に緊張が走った。


「ちょっとフェル、大きいって…まさか魔物の巣じゃないでしょうね…」

「どうだろうな?」

 ソフィーの問いかけにも、フェルは他人事のような返事をした。


「では、少し離れた方が良いでしょう」

 ルースはもしもの場合に備え、無駄に刺激しない方が良いと言った。

 巣を作っているという事は、その周辺はその魔物の縄張りになるのだ。


 今シュバルツは皆に方向を伝えた後、どこかに飛んで行ってしまった為に近くにはおらず、シュバルツに一帯を確認してもらう事は出来ない。

 その為、ルース達はその場を離れる為に方向を変え、その崖から遠ざかる様に移動し始めたものも、時すでに遅し。それはルース達の存在に気付き、近付いてきていた様だった。


『クエェーー!!』


 甲高い声が森の中に響き渡り、ルース達はそれが魔物の叫び声であろうと直感する。


「どうやら、遅かったらしいな…」


 キースが諦めたように言えば、ルース達がこれから向かおうとしている方角から、魔力の塊が近付いてくるのを感じたルースであった。


いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。

次回の更新は9月25日(水)を予定しております。

引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。<(_ _)>

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