【235】一日の終わりに
「それではこれで、本日の試験は終了だ」
ギルドマスターはルースの試験が終わった後、慌てて駆け付けてきた司祭に治癒魔法を掛けてもらっていた。
上着を羽織っている為、一見すると先程まで傷だらけであった人物とは思えない程、体裁を整えてる。
ただし、よく見ればズボンが所々切れてはいるが、これから遭遇する者はギルド職員位なので気にしなくても良いのだろう。
そうしてルースとギルドマスターは、フェルの待つ控室へと入ってきた所である。
「「ありがとうございました」」
ルースとフェルは、試験を実施してくれたギルドマスターに礼をする。
それに黙って頷くだけのギルドマスターは、思い出したように言葉を続けた。
「結果についてだが、2人共A級に昇級だ」
前置きもなく告げられた結果に、ルースは静かに目を瞑りフェルは瞠目するという、ルースとフェルは正反対の反応だった。
「フェルゼン」
「はい!」
シャキリと背筋を伸ばしたフェルは、ギルドマスターの言葉を待つ。
「魔法のタイミングをもっと学ぶ事だ。だが基本は剣と盾を使った戦い方の様だから、そこはパーティとの連携で上手く使いこなすように」
「はいっ!ありがとうございます!」
フェルはルース以外から剣の手ほどきを受けた事がない為、その助言に感謝した。
「そしてルース」
「はい」
ギルドマスターは、フェルからルースへと視線を巡らせた。
「対人戦であろうとも、非情になれ」
「…はい」
ギルドマスターはルースの返事に頷き、再びフェルへと顔を向けた。
「今回の試験では“パーティである”事も加味している。これから君達パーティはA級扱いとなるため、他のパーティメンバーを危険に晒すも護るも君達次第という事を念頭に置いて、これからも精進して欲しい」
「「はい!」」
歯切れの良い返事を返した2人に、ギルドマスターであるゴルバは、頼もしいA級冒険者が誕生したと深く頷いたのだった。
「あの…ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ルースはそこでギルドマスターへ声を掛ける。
「何だ」
「この昇級試験には、筆記がないのですか?」
「おいっ」
ルースの発言に、フェルが小声で隣のルースを制止する。余計な事は言うなという意味だ。
「ああ、筆記か。オレの試験に基本筆記はない。他の試験官は知らんがな」
ニヤリと笑うギルドマスターに、ルースは頷きフェルはホッとした顔をした。
「昇級試験は試験官の裁量に任されているからな。元々知識が足りていないと思えば、そいつは昇級試験を受ける資格がないとみなされる。だからそもそもそいつに俺は、試験をしないという事だ」
ギルドマスターの説明に、ルースとフェルはルカルトのギルドマスターから言われた言葉を重ねるのだった。
「それでは、受付で預かっているギルドカードを受けて取って帰ってくれ」
「「はい」」
ルースとフェルは頭を下げ、ギルドマスターより先に地下の部屋を出て行った。
そこへ隣の部屋で待機していたアメリヤが、ゴルバが一人残る控室に入ってきた。
「今日は助かった、アメリヤ。俺が治してもらうのも久々だったな」
「そうね、今日の試験は少しハラハラしたわ?いつもはもっと、楽観視していられたのに」
少々睨め付けるようにアメリヤが視線を向ければ、ゴルバは頭をかいて苦笑する。
「俺も年を取ったという事かも知れん。だがあのルースと言う青年は、既にS級に匹敵するほどの心技体を備えている。流石の俺も、S級と差しで戦うのでは傷も作るさ」
そう話すゴルバも、冒険者時代にはS級まで上り詰めた人物だった。年齢的に引退を考えていた時、冒険者ギルドから“組織に入らないか”と声が掛かり、今に至っていた。
「そうね。確かに私達も年を取ったみたいね」
そう言って微笑んだアメリヤの目元には、昔にはなかった笑いジワも見える。
ゴルバはそんなアメリヤに薄く笑みを見せ、アメリヤを伴い、地下の控室を出て行くのであった。
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ルースとフェルがその後冒険者ギルドの扉を出れば、外は既に日が傾きはじめていた。
グゥ~
フェルの腹から聞こえてきた音に、ルースは振り返って笑みを見せる。
「今日は昼食も抜きましたからね。緊張が解けて、私もお腹が空きました」
「だよな?俺も急にきた…」
笑ったフェルは緊張が解け、気の抜けた表情をした。
こうしてルースとフェルが僅かに立ち話をしていれば、人の行きかう道の先に、仲間の姿を見付けたフェルが声をあげた。
「あ、2人共帰ってきたな」
そう言ったフェルが向ける視線を追ったルースも、遠くに見慣れた人影を見付けて目を細めた。
「2人共、無事のようですね」
「当たり前だ。デュオとキースだぞ?」
信頼している仲間であり、危ない事にはならないはずだとフェルは言う。
こういう素直な所はフェルの美点であると、ルースは微笑んだ。
そうしている間にも、デュオとキースも気付いて手を上げながら近付いてきた。
「お疲れ!試験は終わったんだね?」
「ああ」
フェルの笑みを見たデュオとキースは、それで結果がどうなったのかが予想できたらしい。
「後で話を聞かせてね?あ…詳細は話せないんだったっけ」
一瞬で残念そうな表情になったデュオに、キースが肩へ手を添えた。
「その詳細を語り合うのは、オレ達の試験が済んでからだな」
切り替えの早いキースは、そう言ってデュオを慰める。
「そうだね。僕も早く2人に追いつかなきゃ」
そう言ったデュオとキースは、顔を見合わせて頷きあった。
「そう言えば、怪我はありませんか?」
と、2人の姿を確認しながらルースが尋ねた。
「ああ、今日はかすり傷位でポーションは必要なかったよ。ちょっと動き回って疲れたけどね」
苦笑いするキースに、ルースはキースが言う位なので余程だったのだろうと思う。
「それで、クエストは?今日は何を受けてきたんだ?」
「今日はビッグボアだったんだ」
「お?どうだった?」
「勿論、完了させてきたよ」
フェルとデュオのやり取りを見守っていたルースは、フェルの肩に手を添えた。
「2人はこれからまだ報告がありますから、後は帰ってからにしましょう」
ここで立ち話も何ですからと、ルースはデュオとキースへ視線を向ける。
「そうだな。まずはやる事をやってくるよ、先に帰っててくれ。話は後でな」
行こう、とキース達はルースとフェルに手を上げて、冒険者ギルドへと入って行った。2人を見送ったルースとフェルも、表情に明るさが戻ってきた町の人達を見ながら、冒険者ギルドの裏へと周り、ソフィーの待つ宿へと戻って行った。
こうしてルースとフェルが部屋へと戻るも、まだ部屋にソフィーの姿がなかった為、2人はお茶を飲みながら暫しの休憩時間を取ることにした。
「茶腹も一時っていうけど、全然そんな気がしない…」
お茶をガバガバと飲みながらお茶では満たされないというフェルに、ルースは声をあげて笑うのだった。
それから一時間ほどしてからソフィーが、その後続いてデュオとキースが部屋に戻れば、一気に室内も賑やかになった。
まずはお腹が空いているであろう皆に、ソフィーが夕食を用意してくれた。
「今日、多めに作った分なんだけどね」
そう言って用意されたのは、トムトベースのスープにイモやニンジン、タマネギ、芽キャベツ等の野菜をふんだんに入れたミネストローネに、今日は小麦粉を練った物を追加したのだと、体もお腹も満足する一品に、他は旅用に作ったというものからも少しずつ、肉や魚やサラダなどの料理も追加され、疲れている皆への気遣いが感じられる優しい夕食が並んだ。
「「「「「かんぱーい!」」」」」
皆が気になっていたであろうルースとフェルの昇級を食事の前に伝えれば、爽やかなグレイプの香りがするソーダで乾杯をして食事が始まった。
こうして各々が今日の出来事を話しながら、温かな料理と笑顔が並ぶ夕食を摂ったルース達であった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。
次回の更新は9月22日(日)を予定しております。
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。<(_ _)>