【234】強者は笑む
― カチャッ ―
扉が開き、控室へ入ってきたのはフェル一人だけであった。
「ルースの番だ」
声に元気のないフェルが、ルースへ隣に行くようにと伝えた。
「結果は出たのですか?」
「まだだ」
ゆるゆると首を振ったフェルを見て怪我でもしているかと問えば、回復魔法を掛けてもらったと、フェルは力なく笑った。
どうやらフェルは試験が上手くいかなかったと思っている様で、それで項垂れているのだとルースは思い至る。ここはそっとしておく方が良さそうだ。
「では行ってきますね」
フェルは休んでいてくださいとルースが肩に手を添えて伝えれば、「頑張ってこいよ」と、フェルが疲れた笑みを向けてくれた。
ルースは控室を出ると、10歩ほど先にある扉をノックする。
コンッコンッ
「………」
だが少し待っても返事がない為、防御魔法で聞こえないのかも知れないとも考え、そのまま扉を開けて入室した。
「おう来たか。獲物はそこにある物を使ってくれ」
少々表情が疲れている様にも見えるゴルバは、ルースの姿を見留めて頷いた。
ルースは言われた通り入口近くにある武器の所へ行き、1本ずつを手に取り、馴染むものを探し始める。
「ゆっくりでいいぞ」
そこへゴルバがルースを見て、ポーション瓶をクイッとあおった。
ここでわざわざポーションを飲むという事は、魔力ポーションであろうとルースは推測する。体の傷は、そこにいる司祭が治してくれているはずだからだ。
ゴルバが準備している間、ルースは武器の中から基本的な形状の鉄剣を選んでから、自分の剣を外しその傍に置いた。
そのタイミングで「待たせたな」とゴルバから声が聞こえる。
「ふうー」
大きく息を吐いたゴルバが部屋の奥へと歩いて行った為、ルースはもう始めるのだなと剣を手にゴルバから離れて正面に進み、部屋の中をゆっくりと見回した。
室内は広さが十分にあり、天井も高い。
そうして視線を正面に戻せば、ゴルバの手には槍が握られていた。
「試験はどちらかが戦闘不能、またはオレが声を掛けるまでだ。途中、これ以上無理だと思えば声を掛けてくれ」
「はい」
「では始める」
ルースは深く息を吸って呼吸を整えると、魔力を出して風魔法を纏った。
カチリと手にする剣が鳴り重心を低くしたかと思えば、ルースは疾風の如くゴルバへと迫って行った。
それを待っているかのように立っているゴルバの間合いに入る前、ルースはダンッと床を蹴って上に跳び上がると剣を振りかぶった。
ルースが目の前から消えると同時に、ゴルバは後ろに跳んで間合いを取る。
タンッとゴルバが居た場所へ着したルースを見たゴルバは、「ほう」と不気味な笑みを浮かべた。
それが合図になったように、今度はゴルバが動いてルースへ突っ込んで来るも、ルースは突き出される槍を体と剣で躱しながら、ゴルバの周りで跳ぶように動き回って行った。
それを観察していたゴルバは、体も細いルースの体力が先に尽きるだろうと予想した。魔法で身体の補助をしている事はわかるが、だがこれだけの動きをすればスタミナがすぐに切れるというものだ。
― キンッ! キンッ! ― キーンッ! ―
高速で突き出される槍を寸前で躱しつつ、ルースも隙間に剣を振る。
だが互いの刃は当たるものの、ダメージはまだ互いに与えられてはいない。
一旦ルースは再び離れて間合いを取る。
槍との戦いが初めてのルースもゴルバと同様、ここまで相手の様子を見ていたのだ。
ゴルバの槍は両手が添えられており、左右どちらの手でも攻撃を繰り出せると読んだルースは、それゆえに槍を体の一部として動かす事が出来ている人物に、素直に賞賛の眼差しを送った。
そして先に動いたゴルバに、ルースは魔法を発する。
「“路面凍結”」
間合いの中間に魔法を落としたルースを見たゴルバは、それが氷だと理解して脇へと跳んだ。
そこへルースが走り込んで、再び接近戦を試みる。
―― カキーンッカンッカンッ ――
高速で刃が当たる音が響く中、ルースは口を開いた。
「“押風“」
―― ドンッ! ――
ルースがゴルバの胸に向けて圧を放てば、ゴルバは後ろに飛ばされるも、体を転がして受け身を取ると直ちに体勢を立て直す。
「煌めく大気よりここに集え。“水槍“」
「“押風“」
ゴルバから発せられた氷の槍は、ルースが立っていた位置を通過して壁に当たった。
― パリーンッ! ―
ルースはゴルバの詠唱から瞬時に何が来るのかを把握し、発動させたタイミングで自分に押風を当て横へと移動していたのだった。
それは傍から見れば、一瞬で移動した様に見えただろう。
「ふんっ」
ゴルバは笑みを作りながら、鼻で笑った。
「小賢しい」
その言葉から、ゴルバが本気になったのだとルースも口元を上げる。
いくらここに回復魔法の使い手が居ると言えど、ルースは対人という事で遠慮していた部分もあるが、今のゴルバから漂う魔力は先程よりも大きくなっており、ルースは本気になってくれたゴルバにこちらも本気を出せると微笑んだのである。
「まだ余裕そうだな」
ゴルバがニヤリと笑みを広げた。
ルースはそれには応えずに、手にする剣に魔力を溜める。
今までルースは四属性であることを伏せていたが、ここでA級に昇級出来るのであれば、もうそれを隠す必要もなくなるだろうと思考を切り替える。
いくら珍しい四属性使いであっても、流石にA級冒険者に手を出してくる者はいないはずであるし、それにルースが四属性やスキルをここで晒しても、この試験で行った内容は守秘義務がある為、敢えて広まる事もないだろう思い至ったのだ。
そんな理由から、ルースは自分の手の内を晒すことにした。
「“押風“」
自身の背に風を当て一瞬でゴルバの5m前に現れたルースは、剣に溜めた魔力を解放する。
「神風龍」
振りかぶるルースの手にする剣が光を発し、振り抜いたと同時に一筋の風が巻き上がった。
それは生き物の様にうねりを伴いながら、輝く龍の姿となってゴルバへと迫る。大きく口を開く龍は頭上からゴルバを飲み込むようにして襲い掛かったのだった。
― グゥゴォォォーー!! ―
その風を水壁で防ごうとしていたゴルバは、左手を頭上へ向けたが、詠唱が間に合わずにそのまま光龍に飲み込まれたのだった。
風の龍に包まれたゴルバの周りに、風が渦を作った。それはまるで、龍の体に巻き付かれたようだ。
「うっ」
小さく声を出すゴルバは、それでも足に力を込めて床を蹴り飛び退ると、その場に屈みこんだ。
風の中から飛び出したゴルバの服は所々が裂け、素肌が見えているところから赤い染みが広がって行った。
「ジミー!」
「大丈夫だ」
司祭のアメリヤが溜まらずそこで声を発するも、額から一筋流れる血を拭ったゴルバが、手を上げてアメリヤを制止する。
これは試験であり、受ける方も試験官も本気で戦っていた。
ゴルバは少し傷を作った位であり、まだ体が動くのだから試験は継続させねばならない。
ゴルバに止められたアメリヤは、ギュッと手を握り頷き返した。
そうして体を起こしたゴルバは、ルースに視線を向けて口角を上げる。
「魔剣士か…」
今の攻撃だけで、ルースが魔剣士であるとゴルバには解かったようだった。
「はい」
と、ルースは素直に認める。
「魔剣士と戦うのは久々だ」
まだ笑みを作れるゴルバを、ルースは正直凄いと思った。
ルース達が魔の者と戦った時、笑顔を見せる余裕などなかったからだ。これが強者なのだと、改めてゴルバの心技体の成熟さに心中で感嘆するルースだった。
そして再び動き出した室内では、水壁を出現させたゴルバが先に動き出し接近する。
一度魔法を放っておけば、詠唱時間はもういらないのだ。
ルースもゴルバの下へと飛び出し、槍を躱しながら魔法を打ち込んで行く。
「“火球”」
― ボンッ! ―
剣を振りながらルースから出される魔法をゴルバは盾で弾き、金属音と魔法の爆発する音が室内に響き渡る。
― ガキンッ! ―
「“砂射撃”」
目つぶしの様に飛ぶ砂をゴルバは水壁で防ぎつつサイドステップで躱し、そこからゴルバが槍を突き出せば、ルースは予期していたようにその槍先を下へと叩き落とす。
― ドーンッ! ―
― キンッキンッ! ― ガキーンッ! ―
ルースは魔法と剣を交互に出し、相手の動きを翻弄させる。
ゴルバも初めの内は何とかそれらを躱していたが、少しずつそれが当たる様になっていった。
そしてとうとう、ルースが横凪に振り抜いた剣がゴルバの脇腹を捉える。
―― ガツンッ! ――
―― ドンッ! ――
その威力にゴルバは横へと飛ばされ、転がってから再び立ち上がろうとして膝をつく。
ルースはゴルバが飛んだ先を確認すると高速で移動し、ゴルバの前で大きく剣を振りかぶった。
「― そこまで!」
その時ゴルバの口から終了の合図が出た事で、ゴルバの上に振り下ろされた剣は、その頭上20cmの所でピタリと止まった。
「は~っ」
大きく息を吐いたのは、安堵のため息か傷が痛むからか。
そうしてゴルバが立ち上がろうとして再びふらついたところへ、ルースがその体を支え起こす。
こうして、ルースのA級への昇級試験は終了したのであった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。
次回の更新は9月20日(金)を予定しております。
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。<(_ _)>