【231】一条の光
「なぁデュオ」
キースは隣を歩くデュオへ声を掛ける。
「なに?」
デュオは少し上背のあるキースを、見上げるように振り返った。
「デュオはルース達と旅を始めて、まだ一年経ってないんだろう?」
「そうだよ。昨年の春過ぎに出会って、6月頃から一緒に旅を始めたからね」
「それでもステータスが大幅に伸びてたのか…凄いな」
キースが何を聞きたかったのか、そこでやっとわかったデュオであった。
「あぁそれね。僕も正直ビックリしたけど、それはキースにも当てはまる事になるからね?」
覚悟しておいてね?と冗談めかして言うデュオに、キースは顔をひきつらせた。
キースはステータスという基本的な物を良く知らないが、その職業や数値がある事で皆は仕事を選ぶ事が出来るのだと知った。海で一緒だった者達は漁師などといった職業だったのかも知れないのだなと、今更ながらに思ったキースだった。
デュオとキースは今、ベスクス近くの森の中を歩いている。
2人は今朝冒険者ギルドへ行き、 “ビッグボアの素材回収”というC級クエストを受けていた。言うなればこれは、ボア肉を求める肉屋からのクエストである。
ここのところベスクス周辺の森ではアックスビークが住みついていた為、ビッグボア肉の仕入れが滞り気味であったのだ。それで需要と供給のバランスが崩れ、今は以前よりも高値で買い取りをしてくれるらしいとギルド職員は話してくれた。
今日はそれを1体でも狩って帰れば、大喜びされるはずだと分かってはいるが…。
「ん~やっぱり、まだそんなに他の生き物は戻ってないみたいだね」
昨日まで大物がいた森には、まだ他の生物が戻って来ていない様だと、デュオは顔を周辺へと巡らせて気配を読んで言った。
デュオは今、先日新たに出たスキル“偵察”を試しに使いながら歩いている為、普段よりも気配に敏感になっていた。
「そうだろうな…殆どが捕食されたか逃げ出したんだろうし、もういないと確実に分かってから、逃げた獣達は戻って来るんだろうしな」
キースはデュオの言葉に頷くと、そこで今更ある事に気付いてハッとデュオを振り返った。
「おっ!デュオの足音がしない…」
今は森の中で草を踏んだり土の上を歩いており、キースの足音はしっかりと聞こえているものの、隣を歩くデュオの足音は聞こえない。
「本当だね。そういう効果もあるのか…」
自分も気付いていなかったと話すデュオは、今偵察のスキルを発動させているとキースへ伝えた。
「そう言えば、偵察っていう新しいスキルが出たと言ってたな」
「うん。だからちょっと試しに使ってみてるんだ」
えへへと笑うデュオを、よくよく確認すれば気配さえも薄くなっていると気付き、キースはそのスキルを持つデュオが少し羨ましくなった。
「便利なスキルだな」
「そうみたい。ヘヘッ」
キースにも褒められてご満悦なデュオは、嬉しそうに頬を染めて笑みを広げるのだった。
そこへ上空からシュバルツが飛んできて、キースの肩に留まった。初めて肩に乗ってきたシュバルツに、キースは驚いて体を硬直させる。
『昨日ヨリモ,魔物ノ数ガ,増エテイルゾ。モウ脅威ハ去ッタト,気付イタラシイ』
この森の様子を説明するシュバルツに、デュオとキースは顔を見合わせて頷きあった。
「遠いの?シュバルツ」
『ソウデモナイ』
デュオがそれらの位置を確認すれば、シュバルツは然程でもないと言う。
「それじゃあ、その中にビッグボアがいる事を祈ろう」
キースがニヤリと笑みを浮かべ、2人は再び飛び立ったシュバルツを追って、木々の中を走り出したのだった。
シュバルツは今日デュオたちがビッグボアを狩る予定だと知っている為、それの下へと案内してくれているはずであるが、デュオはシュバルツが向かう方角とは違う方向から、複数の魔物の気配が近付いてきていると気付いた。
「シュバルツ、右手から何が来るか見える?」
デュオ達を案内する為に低空を飛んでいたシュバルツは、デュオの問いかけにバサリと翼をはためかせて高度を上げた。
『“がるむ”ノ群レダ』
デュオとキースは、予定外の魔物の出現に顔を見合わせた。
「もう近くまで来てるね、脚が速いから」
今回はビッグボアとだけ対峙するはずが、余計なものが出てきてしまったとため息を吐く2人。
「シュバルツ、ここでガルムと戦ってから行くから、シュバルツはビッグボアの位置を把握しておいてくれ」
キースは、とっととここを終わらせてから行くとからと、シュバルツに指示を出す。
『ワカッタ』
キースの指示に承諾したシュバルツは、この場を一旦離れ、ビッグボアがいるとみられる方角へと飛んでいった。
シュバルツを見送りそこで立ち止まったデュオとキースは、ガルムの気配のする方向に体を向ける。
「奴ら鼻が利くから、アックスビークが居なくなったと直ぐに気付いたんだろうな」
キースもルース達と旅に出てすぐ、はぐれた単体のガルムを一度見ていた。その時に色々とルース達からガルムの事は聞いていたキースであった。
そうして姿を現わしたガルムは10体で、割と大きな群れだった。
「10匹だね…」
「数が多いから、先にオレが一気に体勢を崩す。デュオはその後に頼む」
デュオとキースの前に扇状に広がったガルムは、間合いを取ったまま歯を剥き出し唸り声をあげている。
「わかった」
と、短く返事をしたデュオの声を聞き、キースはロッドを掲げ先制攻撃を仕掛けた。
「“下降気流”」
― ゴーォォォーーーー! ―
上空から風の圧を掛けられたガルムの群れは、グウゥゥと耐える様な声を出し体勢を崩す。
「止めるよ」
「うん」
そうしてロッドを掲げていた手が下ろされると同時に、デュオは走り出した。
― シュンッ ― シュンッ ― シュンッ ―
背負う矢筒から最速で矢を番え、駆け抜ける足音を消したまま連続で矢を射る。
その動きに合わせるようにキースも反対へと走り出し、ロッドを掲げて氷針を打ち込んで行く。
『ギャンッ!』
『キャインッ!』
それらが命中したガルム達は、1匹1匹と地に伏していった。
ガルムの急所は顔と赤い胸元。顔は目や額を貫くか、赤い胸元は深く傷つければ心臓に達するのだ。
その2人の攻撃から逃れたガルムと間合いを取りながら、デュオとキースは散り散りになって攻撃を仕掛けて行った。
10匹のガルムの内4体は初めに仕留めたものの、素早いガルムはデュオとキースの攻撃を既の所で躱すなど、中々急所には当てられず、デュオとキースも走り回る事で間合いを維持しガルムの攻撃を躱していた。
背負う矢筒に手を伸ばしたデュオが、残りが1本になったと気付く。
デュオが今日背負っていた矢は15本。後は腰の巾着の中に予備を入れて持ち歩いているが、立ち止まって矢を補充する事は出来ず、かと言って走りながら取り出すのでは矢を取り落としてしまう可能性も考え、デュオは額に嫌な汗が流れるのを感じていた。
手に持つ弓は魔弓の緑の風。
デュオの魔力を通す事で弦が出現する、素晴らしい魔弓だ。
ただそれが打ち出す矢が無くなってしまえば…。デュオは集中する中、気合を入れ直して最後の矢を放った。
その矢は無事に1匹のガルムの額に当たり、ドサリとそれは崩れ落ちた。
だが残るは3匹。
このままではそれを全てキースに任せる事になるのかと、デュオはキースの近くへと戻る為、並走するガルムを躱しつつ地を蹴って行った。
「キース!」
「デュオ!」
互いの姿を確認した2人は、状況を瞬時に理解した。
キースは走りながら魔法を送り出しガルムの体に無数の傷を作っているが、キースも体力が限界に近いのか息を切らせているとデュオは感じた。
一方、デュオの矢筒がカラになっていると気付いたキースは渋面を作った。
何とかしてデュオの矢を用意させる時間を稼いでやりたいところだが、デュオにピッタリと張り付いているガルムが、それをさせないだろうと直感したのだ。
その一瞬の思考に気を取られ、キースは足元の木の根に躓き体勢を崩した。
「キース!!」
そんなキースを見たデュオは反射的に矢筒へ手を伸ばすも、それがカラであると気付き奥歯をギリリと噛みしめた。
デュオの手には矢の無くなった魔弓しかない。
だが射る物が無ければ、それはもう武器とは呼べなくなるだろう。
そう思った一瞬、魔弓を握る手に力を込めてデュオは魔力を溢れさせた。
そして矢の無い弓を前方に掲げ、弓士が矢を射なくてどうやって戦うのかと、緑の風へその感情をぶつけたのだった。
すると一気に輝きを増した緑の風は、その弦に添えていた右手の中に、輝く矢を番えた状態で出現させたのである。
それを視界に入れたデュオは無心でその輝く矢を、キースを狙うガルムへと向けて放つ。
― カンッ ―
澄んだ弦音と共にそのひと筋の輝きは、風を切り一条の光となってガルムの耳を貫く。
『ギャウンッ!』
そのまま矢の威力に押され横に飛ばされたガルムは、地面に横倒しとなり静止した。
残りはあと2匹。
「キース!無事?」
「ああ、大丈夫だ」
駆け付けたデュオとキースは合流し、2人は並んで2匹のガルムの正面に立った。
「矢筒の補充は?」
今なら出来そうだぞ?とキースが言えば、デュオはガルムに目を向けたまま首を振った。
「もう、矢は要らないよ」
薄っすらと笑みを浮かべ、魔弓を構え直したデュオの手には輝く矢が番えられており、それを見たキースも薄っすらと笑みを湛えたのだった。
こうして2人はガルム10体を倒し終わると、取り敢えず休憩だと言って散らばるガルムをそのままに、大きく息を吐きながらその場に腰を下ろしたのだった。