【229】明日の予定
ルース達が狩ってきたアックスビークは、この町を脅かしていた魔物であったと判明した。
ルース達はただ、シュバルツが連れてきた魔物と仕方なく戦っただけなのだが、ギルドマスターは、これで冒険者ギルドの面目が立ったと安堵の息を漏らしていた。
その話の後、ルース達のギルドカードの情報を見たギルドマスターから、昇級についての話が出た。
「ルース君とフェル君、君達はこの件でポイントが溜まって、A級への昇級試験を受けられるようになった。やるか?」
気軽に問いかけてくるギルドマスターに、ルースは一つの疑問を投げかけた。
「あの…A級試験は確か専門のギルド職員の方が、試験をして下さると聞いていたのですが…」
ルースはこの町に長く滞在するつもりはない為、その職員の手配に時間がかかるのかと聞きたいのだ。
「あぁそれは問題ない。俺がやるからな」
ギルドマスターはニヤリと笑みを浮かべ、ルースとフェルを見た。
という事は、このジミー・ゴルバという人物はギルドマスターという立場にありながら、冒険者ギルドの試験管の資格も持っているという事だ。
それで先程「鍛え直す」といった時の、強者の気配に納得するルースであった。
「どうしますか?フェル」
「俺は受ける」
即答したフェルに、ルースは笑みを浮かべて頷いた。
「では、その試験をお願いいたします」
「わかった。それで、いつにする?」
今日はもう無理だぞと言い出すギルドマスターに、流石にルース達も今日の今日と言い出すつもりはなく、その言葉に苦笑を浮かべて頷くのだった。
「じゃあ、明日にしてもらえば?元々明日までの滞在予定なんだし」
「そうね。私もその方が都合が良いわ。その間に私は食事の備蓄を作れるしね」
「オレも異論はない」
デュオとソフィーにキースも言い添えてくれたことで、ルースとフェルは明日A級への昇級試験を受ける事にした。
「じゃあ、明日の昼に受付まで来てくれ。俺はこれからアックスビークの件を処理しなくちゃならないからな」
これからまだ仕事が残っているからと言って、明日の朝はのんびりさせてくれとギルドマスターは笑みを浮かべる。
「はい。よろしくお願いいたします」
ルース達はギルドマスターに礼を伝えると、応接室を後にして受付まで戻っていった。
ルース達が奥から戻ってきても、室内にはまだ多数の冒険者達が残っており、受付前で立ち話していた者達はなぜか掲示板の前に集まっている様に見える。
受付の近くで立ち止まってルース達が掲示板の方を不思議そうに見ていれば、ギルド職員がそれに気付いて声を掛けてきた。
「皆さんアックスビークが討伐されるまで、森のクエストを控えていたのです。それが討伐されたと知った途端、明日のクエストを選びにあちらに集まっていった、という事のようですよ?」
困ったように眉を下げ、ギルド職員はその理由を教えてくれた。
ルース達はその話に、ギルドマスターの怒気を思い出して身震いするのだった。
きっとルース達がこの町を出てから、少々楽な方へと思考を向けているこの町の冒険者達に、ギルドマスターの厳しい指導が入るのだろうと、ルース達は顔を見合わせて苦笑するのだった。
その後町へと出たルース達は、今日の夕食にする物と、明日ソフィーが作っておくという備蓄分の食材の買い出しをしていった。この町は森に近い事もあり、森の食材も多いが、まだ海の幸も豊富にそろっていて、ソフィーは目を輝かせてそれらを買って行った。
こうして宿へと戻ったルース達は買ってきた夕食を済ませると、部屋で武器の手入れや荷物の整理をしながら明日の予定を話していた。
「明日は昼からだったよね?僕も見に行っていいのかな?」
「オレも見れるなら見たい」
デュオとキースは手入れ中の武器から顔を上げ、試験の見学をしたいとルースに聞く。
「…私は構わないのですが、ある程度の守秘義務があると聞いているので、見物に入れるのかは分かりませんよ?」
「ああ…そうだった…」
デュオも言われた事を思い出し、肩を落とした。
「え?駄目なのか?」
キースは、そんなデュオに声を掛けた。
「うん。A級への昇級試験は、試験者にも守秘義務があるんだって。だから何をするのかとかそういう事は、他の人に話しちゃいけないらしいよ?」
デュオの説明に、キースは残念そうに肩をすくめた。
「見学が駄目なら、それじゃどうするかな…」
「じゃあ、僕とキースでC級クエストを受けに行かない?たまには2人で行動するのもありだと思うよ?」
「そうだな。オレも早くルースとフェルに追いつかないと、だしな」
後から冒険者になったという事もあり、デュオもキースも冒険者ランクはまだ下だ。但し、実力で言えばB級のルースとフェルにも引けを取らない2人である。
「もしお二人でクエストを受けるのであれば、ポーション類は必ず持って行って下さいね。明日はソフィーも同行しませんので、安全第一でお願いします」
ルースも2人が怪我をするとは思っていないが、そこは転ばぬ先の、という事である。
「ルースは小うるさいけど、言う事聞いてりゃ何とかなる」
フェルも雑な言い方で同意した。
「そうだね。じゃあ荷物の確認でもしようか」
「ああ」
そんなデュオとキースを見ていたルースが、フェルへと視線を戻した。
「明日の試験ですが、スキルは使えると思います。先日出現したスキルは、もう試してみましたか?」
ルースは、フェルに新しく“身体強化”が出ていたはずだと声を掛けた。
「身体強化…か。いや、まだ試してないな」
「試験の前に、試しておいた方が良いかも知れませんね」
「そうだな」
そう言って立ち上がったフェルは、そのスキルを発動させたのか否か、ルースから見たフェルに変わりはない。
「…何か変わりましたか?」
多分今、試しているのだろうとルースは聞いてみる。
「ん~~~。わからん」
「フェル、身体強化っていう位だから、動かないと分からないんじゃないの?」
ソフィーは食材を確認していた手を止め、クスクス笑いながらフェルを仰ぎ見た。
「では明日の朝の鍛錬で、使ってみましょう」
「そうだな、そうする…」
フェルはスキルを解除し、照れたように頭を掻きながらそのまま腰を下ろした。
「そう言えば、ルースのスキルにも新しいのが出てたな」
「はい。“神風龍”と出ていました」
「何だそれは…」
「さぁ。まだ使用していないので何とも…」
『推測であるが、おぬしが魔剣士になった事で出たスキルであろう』
「という事は、魔剣士に紐づけられるスキルでしょうか…。だとすれば、フェルの剣技の様なものだと着想できますね」
『おぬしは理解が早くて助かるのぅ』
恐らくそうであろうと、ネージュはルースの言に首肯する。
「そう言えば、剣士の上位職である魔剣士って、レベルが100まで上がればなれるもんなのか?」
キースは職業に対する知識も少ない為、ルースにそんな質問を投げかけた。
「以前調べた限りでは、魔剣士に限らず魔法を使う上位職ヘは、一定の魔力量が必要になると記してありました。個人で多少の違いはあるようですが、魔剣士へは魔力が500以上、聖騎士は魔力が400以上、魔弓士は300以上」
「あれ?僕は足りないけど…?」
それを聞いたデュオが、驚いた様に声をあげた。
「その辺りは一般的にそう言われているだけで、個人の素質の事もあるのでしょう。要するに、職業に認められる事が出来れば…という事です」
「職業に認められるというのも、凄い表現だな…」
キースは呆れたように、言葉を送り出す。
「元々職業とは、私達の素質を鑑みた上で与えられるものです。それはある意味職業を与えている何かに認められた…といえるのではないでしょうか?」
ルースは職業を管理している何かから認められれば、という前提で話をしている。それを踏まえて職業に認められるという言い方にしているのかと、皆は頷いた。
言ってしまえば元々の職業自体も人間では説明のつかないものであり、どうやってそれを与えているのか、何を基準にしているのかなど、謎ばかりのものなのだ。
「キースは、このままいけば“賢者”ですね」
ルースはそうなりそうだと、キースに話を振った。
「何だ?その“賢者”って」
「賢者とは、英知を極めた者に与えられる職業です。魔法使いの上位職にあたりますが、ただ魔法使いになったからと言ってなれるものではなく、知力値は800以上、魔力値も800以上となって初めて望めるものなのです」
「でもオレは知力450、魔力560だから無理そうだな…」
そんなのは無理だというキースに、ルースは笑みを向けた。
「いいえ。私の見た限り、キースはそこへ到達できる数少ない人だと思っています」
そう言い切ったルースは、羨望の眼差しをキースへ向けた。
一方言われたキースは、過大評価だとは思いつつも、ルースにそう言われて悪い気はしないどころか、もしかするとという希望も見えた気がして頬を緩めた。
「ああ。じゃあ、頑張ってみるよ」
キースも満面の笑みで、それに答えたのだった。
ルースは敢えて言ってはいないが、キースの“乗算”というスキルは、ルースが持つスキルと相性の良いものであると考えている。
本当に次のステータス確認が楽しみですねと、ルースは心の中で頼もしい仲間たちに期待を寄せるのであった。