【228】バスクスの町
シュバルツの案内で夕方までには森を抜け、人の気配のする道に出た。
もうここから見えている町は、すれ違う人の声で“ベスクス”という名であると知る。
この町もサモン程の小規模な町であるらしく、その隔壁から町の規模を推測する事が出来た。
「門の前に立っている門番は、随分と重装備だな」
フェルが遠目に見えたらしい人物に、眉を寄せた。
「私ではまだ分かりませんが、重装備…ですか」
「僕も見えないけど、フェルがそう言うならそうなんだろうね」
フェルはルース達よりも視力がよく、先に色々な事に気付いてくれるのだ。
「という事は、何かあったのかしらね?」
「それとも、いつも重装備な門番なのかも?」
ソフィーとキースも、何だろうねと首を捻った。
そうして門に近付いて行けば、フェルの言った言葉に納得する。
他の町の門番は比較的に軽装で、制服の様な着衣に胸当て位の装備なのだが、この門前に立っている2人は、倉庫から引っ張り出してきた様な古臭い鎧を全身に纏って立っていた。
動きもぎこちないところを見れば、それを余り着慣れていないようにも見えて、何とも頼りない門番だなとルースは思う。
ルース達はギルドカードを提示して問題なく門を通過したが、それがどことなく不自然で、ルース達は顔を見合わせた。
「厳重な警備かと思ったけど、普通だったね」
「そうね。ちょっと拍子抜けする位だわ」
デュオとソフィーも首を捻った。
「何かあったのかも知れない。対人とも限らないし」
キースの一言でその可能性もあるのかと、「そうかもね」と言いながら冒険者ギルドを探して進んで行った。
すると町の中を歩く人々も、どことなく落ち着かない様子で歩いている気もして、ベスクスの町は“活気がある”とは言い難い町だと感じていた。
これはいよいよ何かあったのかと、ルース達は冒険者ギルドで理由を尋ねてみることにした。
そうして夕陽が空を茜色に染める頃、町のはずれにそれを見付けた5人は、人の手で黒く磨かれた扉を開き、冒険者ギルドへと入って行った。
その中は多数の冒険者達がおり、奥にあるテーブルも満席だ。そして2つある受付の近くにも幾人もの冒険者が浮かない顔をさせ、立ち話をして埋め尽くしていた。
「無駄に人が多いな」
フェルは、夕方であるにもかかわらず、完了報告で受付を利用しているものは少なく、どちらかと言えば話し込んでいる者達が多いと指摘する。
普段であれば、完了報告が終わってしまえば外の食堂へ行ったり宿に戻るものが大半だ。それがなぜか、ここでは皆がそれをせずに、居残っている様にも見えた。
「そうだね。皆、帰らないのかな…」
デュオも不思議そうに周りを見回している。
「受付は空いているみたいだから、オレ達は受付が先だな」
キースは、目的を先に済ませてしまおうと皆に言う。
ルース達は何を置いても、先にギルドの宿に泊まれるのかを確認しなければならないのだ。
「こんばんは。ギルドの宿に泊まりたいのですが、5人泊まれますか?」
ルースは受付にいる職員に、宿泊が出来るかと声を掛けた。
「こんばんは、こちらは初めての方々ですね。…はい、お部屋の空きはございますが、何日お泊り予定ですか?」
「2泊でお願いいたします」
ルース達は前回の事があったが、ここは取り敢えず2泊の予定で宿を取った。
こうして宿を確保したため、今日はこれから食材の買い出しに行く予定にしているが、町の様子が気になっているルース達は職員にその事を尋ねた。
「あの…町の人達の様子がどことなく不安気に感じたのですが、何かあったのでしょうか?」
それを聞かれた職員は、先程ルース達が提示したギルドカードを見たからか、「流石B級冒険者ですね」と気が付いた事に賞賛して、その理由を説明してくれた。
「それはこの町の周辺にある森が危険だと、町全体が警戒態勢に入っているからです」
ルース達は森から出てこの町へきた為、ベスクスの町周辺に森がある事を知っている。
何かあったかな?とルース達は顔を見合わせ、フェルはわからないと肩をすくめた。実際ルース達が通ってきた森の事であれば、ルース達も気が付いていたはずだと首を傾げた。
「森に危険があるのですか?」
ルースの質問に、ギルド職員は納得した様に頷いた。
「この町に来たばかりでは、ご存じないのも当然です」
「あぁ、それで門番さんも鎧を着ていたのですか?」
ソフィーもそういう事かと職員に言った。
「はい。門番も森を警戒しており、万全の備えをしているはずです」
「それで、森で何があったのですか?」
ルースは話の続きを促した。
「2週間ほど前、冒険者がクエストで森に入っていたのですが、大怪我をして戻ってきたのです」
「って事は、やっかいな物がいたんですか?」
キースは、先日ルースが聞いた噂を思い出したのか、渋面を作って職員に尋ねた。ルースもその可能性に思い当たり、背筋に悪寒が走る。
「はい。とんでもなく大きな魔物だったそうです…」
今にも顔を覆ってしまいそうな程怯えている職員は、そう言って自分の肩を抱きしめた。
「目と鼻の先で…だからこの町がいつ襲われるのかと、皆不安がっているんです」
「…えっと、冒険者を討伐に出さなかったんですか?」
フェルは町に危険があるなら、クエストとして冒険者を派遣しないのかと聞いた。
「一応、クエストは貼りだしてあるのですが…その大怪我をしたパーティがB級冒険者だった為か、他の冒険者が躊躇されておりまして…まだクエストを受けて下さる方がいないのです」
フェルが、そういう事かとチラリと周りの冒険者に視線を向ければ、聞こえていたのかこちらを見ていた冒険者達は、フェルの視線から逃れるように顔をそむけた。
ルースとキースは顔を見合わせ、“魔物?”と自分達が考えていた物と違ったのかと、小首を傾げた。
「あの…その魔物と言うのは、いったい…?」
ルースは気を取り直して、その疑問を職員にぶつける。
「その負傷された方々の話では、“アックスビーク”という大型の鳥型の魔物との事です。獰猛で好戦的な魔物でして、この町に来てしまえば町は大変な事になってしまいます。ですがアックスビークは空を飛べませんので、上空からこの町を襲う事がないのは救いなのですが…」
職員は困ったように、その警戒されている魔物の名を口にした。
ルースはそうだったのですねと相槌をうつと、フェルへ流れるように視線を向けた。
フェルは呆れたような顔をしつつも、分かったとひとつ頷き、後ろの冒険者達に向かって声を出した。
「悪いが場所をあけてくれ。壁際に行ってくれると助かる」
フェルに言われた冒険者達は、「何様だよ」と文句を言う者や、何か面白い事でもするのかと好奇心に目を輝かせる者達でザワザワとするも、言われた通り皆はルース達の後ろを譲りスペースを作った。
「悪いな」
一言添えたフェルが腰に手を当てると、そこからズルリと大きなものを引き抜いて、その床の上にドカリと置いた。
ルースはそれを確認してギルド職員に顔を向け、「買い取りをお願いします」と伝えた。
――― シーン ―――
ルースの渾身のギャグとでも言おうか、ルースは「それの事ですよ~」と笑ってくれると思っていたのだが、ギルド内がシンと静まり返ってしまい、“あれれ?”とルースは眉尻を下げた。ルースの受け狙いは少々ずれているのである。
「ルース、冗談になってないから…」
キースが耳元に顔を寄せ、小声で言う。
「はずしましたか…」
「そういう事じゃねーよ!」
ルースに突っ込んだのはフェルだけで、あとの皆はポカンとしたまま動きを止めていた。
「ちょっと大きいので、ご迷惑でしたでしょうか…」
ルースの言葉にハッと我に返ったギルド職員が、後ろを振り返り「ギルマスー!」と叫んだのは、ルース達にはどうしようもない事であった。
こうして職員に呼ばれた、この町のギルドマスターだという“ジミー・ゴルバ”に応接室へと案内され、アックスビークの買い取りとクエストの報酬も出されることになった。
「いやぁ…助かった。ここのB級冒険者は皆このクエストに手を出したがらなくてな。来週にでもそいつらの首根っこを引っ張って、森に入るつもりだったんだ」
「ギルドマスターが率先されて…ですか?」
「ああ。俺も昔は冒険者だったし、いつまでも魔物を好きにさせておく訳にも行かないからな。そんな訳で、助かったよ」
そう言ったギルドマスターは、ルース達に頭を下げた。
そしてその後ギルドマスターは、この町の冒険者達をもう一度鍛え直すつもりだといって、ルース達が身震いする程のオーラを発していたのだった。