【226】優秀な魔法使い
そこからしばらくの間、ルース達は森の中で潜伏することにした。
それはノーヴェで魔の者と対峙した後と同様に、ある意味では修行の様な旅である。
ただ今回は冬の寒さも落ち着いているし、何より雪が降らない事がありがたい。
野営では雨の日もそれなりに大変ではあるが、雪の時が一番大変な思いをするのだ。とは言え、夜は少しでも体を休める為、洞穴等があればそこに寝泊まりをする。それもシュバルツに探してもらう為、森の中では大活躍のシュバルツであった。
サモンの町を出発してから街道をはずれる事一週間、野営慣れしていないキースに少しずつ疲れが見えてきていた。そして町で仕入れていた食料もそろそろ底をつきそうだと言うソフィーの言葉もあり、ルース達は再び町へと向かう事になった。
サモンの町で見た者達の事はまだ警戒はしているものの、それから一週間街道を通らずに凌いでいた為、そろそろ町へ顔を出しても良いだろうという結論でもあった。
「んじゃ、この近くの町で宿に泊まろう。俺もたまにはベッドで寝たいしな」
フェルは自分が我慢できないからと笑っているが、これは皆に気を遣わせない為のフェルなりの気遣いだろうとルースは微笑む。
「はい、私もそろそろベッドが恋しいです。近くの町に冒険者ギルドがあると良いですね」
余程小さな町でない限り冒険者ギルドは存在するが、稀にない町もあるとルースは知っているのである。
こうしてシュバルツに近くの町を見てもらえば、南東方向に町があると念話が入る。
「では、そちらへ行ってみましょう」
シュバルツによれば、近いとはいえ今日一日は歩く距離であるというが、町に寄れるというただそれだけの目標が出来た事で、皆の歩みは軽快なものへと変化した。
その道中も皆笑顔になっており、どんな町なのかと楽しみにしている事がわかる表情だった。ルースも心の中では皆と同じく、次の町の事を楽しみにしていた。
そこへシュバルツが、慌てたように飛び込んで来た。
「どうした?そんなに慌てて…」
フェルがのんきにそう声を掛ければ、シュバルツが答える前にネージュが念話を発する。
『こやつ、魔物を連れてきたようじゃ…』
「はあ?!」
シュバルツを凝視したフェルが咎めるようにシュバルツを見れば、木に留まって休んでいたところを魔物に見付かり追いかけられたのだと、いい訳の様にその理由を話していた。
「近付いてきますね…」
ルースも周辺を探れば、大きな魔力を持つ物が近付いていると気付く。
この森に入ってから今まで、小さな魔物はいたが、ここまで大きな魔力を持った魔物は見掛けなかった。
だとすれば、今向かって来ている魔物は…。
『この辺りの主であろう』
ネージュがその魔物はこの森で一番強いものだという推測を口にした。
「また大きいのを釣り上げてきたな…」
キースもシュバルツに、ため息交じりの感想を漏らす。
『スマヌ』
しおらしく謝るシュバルツに皆は仕方がないと苦笑を浮かべ、シュバルツが連れてきた魔物を迎え撃つ為、ルース達は少し見晴らしの良くなっている近場のギャップへと移動した。
「シュバルツは離れていてください」
ルースは肩に留まっていたシュバルツに指示を出し、ソフィーとネージュを背後に、その前にキースとデュオが付いて、そこからルースとフェルが5m程距離をあけて陣形を組んだ。
鬼が出るか蛇が出るか…。
ルース達に緊張が走ったその時、地響きと共に大きな影が周りの木々を揺すりながら姿を現わした。
向こうもこちらに気付いた様で、走りながら咆哮を上げる。
『ギャアーー!!』
ルース達の目の前には、鳥の形をした大きな魔物が1体姿を現わす。
その姿は鳥型で翼はあるものの、体長は4m程もある為か空を飛ぶことは出来ないらしく、太く発達した脚を使い、ここまで走ってきたのだと知る。
そして顔から飛び出す嘴は、大きな斧の様な形状で分厚く太い。
「何だっけこの魔物…」
ルース達は初めて見る魔物であるが、フェルは本で見た事がある様子だ。しかし思い出せないらしい。
『アックスビークじゃ』
「それだっ」
フェルは思い出したと声を上げ、ルースは確かに嘴が斧の様であると頷いた。
そうしている間にも距離を詰めた魔物が、速度を緩めずに突っ込んで来る。
『ギエェー!』
ドシドシと地響きを立てて陽の差す空間に躍り出た魔物は、ルースとフェルをその硬い嘴で薙ぎ払うように頭を振った。
―― ブゥンッ ――
― キンッ! ―
― ガキンッ! ―
ルースとフェルはその嘴を剣で往なそうとするも、魔物の威力が勝り、ルース達は弾かれるように飛ばされ、地に下り立つと剣を構え直す。
重い一撃だ。
「魔力を持っていますので、魔法も使ってくると思います」
ルースはフェルに、魔法の危険性も警告する。
「おう!」
アックスビークは思ったより効果の出なかった攻撃に、脚を止めて苛立つように地面を掻く。
そして胸を張り出し大きく広げた翼で、バサバサとそれを羽ばたかせた。
― バサッ! バサッ! ―
その翼が起こした風は、魔法を乗せていた事で暴風を巻き起こした。
― ゴゴォォォーーーー! ―
周辺一帯を強風が襲い、周りの木々が騒めき波打つ程の暴風が吹き荒れた。
「キャー!」
ルースは腕で視界を防守するも、体は風に押し負け地面を削りながら後退する。
後方からソフィーの悲鳴が聞こえチラリとそちらを視界に入れれば、キースがソフィー達を含め大きな半円で彼らを包み、暴風を防いでくれていた。
その魔法は嵐でも負けぬ“気泡球”であり、多少の攻撃であれば障壁の様に防いでくれるものだとルースは聞いている。
これで後方は彼らに任せる事が出来る。
ルースはそれを見て、前方だけに意識を集中させる。横にいるフェルと視線を合わせ、どちらともなく大きく頷きあったのだった。
「行きます!」
「おう!」
今度はこちらの番だと、ルースとフェルが左右から同時に駆け出していく。
しかし魔物もただ見ている訳でなく、2人へ向けて再び翼を広げた。
「そうはさせるかよっ」
フェルが途中で軌道を変え、魔物から一旦離れるように回り込む。
するとルースへと照準を合わせたアックスビークは、ルースに体を向けて翼をはためかせた。
その瞬間、ルースは上に跳んだ。
― ゴゴォォォーーーー! ―
風を自身へ纏わせたルースはその風を上方へと集約し、魔物の暴風を跳んで躱す。
そのまま上空から無防備になった魔物の上に落ちるようにして、下へ向けた剣を背に突き立てた。そして一息つかぬ間にその剣を引き抜き、魔物の背を蹴って地に舞い降りる。
『ギィアァー!!』
アックスビークは剣を突き立てられた痛みに大声を上げるが、その間に迫っていたフェルが後方から輝く剣を振りぬいた。
―― ズバッ! ――
『ギャー!!』
再び刃を受けた魔物は傷つけられた体を立て直す為、頭を振って後退すると重心を落とした。
フェルは駆け抜けたままルースの方へと戻り、2人は間合いを取って魔物に視線を向ける。
「ちょっと硬いな…」
「風で防御が掛かっています」
ルースの解説に頷いたフェルは、次の瞬間に再び走り出していった。
ルースとフェルは翼を広げられぬよう魔物へと距離を詰め、斧の様な嘴を躱しつつ、踊るように剣を繰り出していく。フェルが嘴で弾かれて後退すれば、その隙にルースが至近距離から水槍を打ち込む。
『ギエェー!』
そうして少しずつ魔物の体力を削り、動きが鈍くなってきた頃、後方から矢が飛んできた。
魔物がそちらに気付き振り向けば、それを知っていたかのように振り向いた魔物の目に矢が刺さる。
『ガァアーーッ!!』
デュオの隣にいるキースも数日前に手渡したロッドを掲げ、魔力を集めはじめていた。森の中で野営をしている間、ダンジョンで手に入れた世に出せないロッドを、折角なのでキースに使ってもらう事にしていたのだ。
そのキースを視界に入れたルースが、フェルと共に魔物から距離を取る。
その時、キースの手の中のロッドが光り輝き、魔法が発動されたのだった。
「“氷結“」
ロッドで増幅された魔法をキースが放てば、巨大な鳥は一瞬にして動きを止め、グラリと体をふらつかせるとそのまま地に倒れ伏す。
―― ドーンッ! ――
「は?何をしたんだ?」
アックスビークが氷漬けになった様子もないが、あっけなく倒れた魔物にフェルがルースを見て言った。
「キースの魔法ですよ。氷結と言った様ですが…」
ルースとフェルがキースを振り返れば、キースは足を進めてルース達の方へと近付いてきていた。
「この前ルースに教えてもらった氷結を使って、血液を凍らせたんだ」
と軽く言うキースに、ルースは先日教えたばかりの魔法を、もう自分のものにしたキースに賞賛の眼差しを向けた。
「血液…?」
フェルが何だそれはと言いたげに、アックスビークを振り返る。
「フェル達が傷つけた所から流れている血を足掛かりに、そこから魔法を送り込んで体内の血液を凍らせたんだ。あと心臓を貫けば、もう絶命するはずだぞ?」
サラリと言ったキースに、集まってきたデュオとソフィーも目を丸くしてキースを見つめていた。
その発想と応用力。
とんでもなく優秀な魔法使いが仲間になったのだと、ルースは感嘆の息を漏らすのであった。