【224】迫る影
「ここですね」
ルースはそう言って冒険者ギルドの前に立ち、フェルを先頭にして扉の中へと入って行った。
今は昼に近い時間の為、やはりギルドの中は人もまばらだ。
ひとつしかない受付に向かったルース達は、ギルドの宿の手続きを済ませると、丁度昼時という事もあり、併設されている小さな飲食スペースで食事をすることにした。
昼の時間であるからかメニューは軽食が多く、ルース達はスープとパンに一品の主菜を頼んで、一つのテーブルに向かい合って座った。
「明日はクエストを受けてみますか?今日は移動もあったので、休息日という事にして」
「だったらこれから、町中を見て回るのはどう?」
「あんまり大きな町じゃないから、今日中に見回れそうだしな」
ルースの提案に、ソフィーとフェルが町を見て回ろうと言う。
「キースはまだ動けそう?」
デュオがキースの体調を心配しているが、キースはもう殆ど体調も戻っており、そう気遣われるのがくすぐったくてキースは照れたように言葉を返した。
「デュオ、もう大丈夫だって。心配してくれるのは嬉しいけど、デュオが気疲れしてしまうぞ?」
「デュオはこう見えて、少し世話焼きなんだよ。キースも受け入れてやってくれ」
ニヤリと笑って言ったフェルに、デュオが頬を膨らませる。
「フェルは余計ない事、言わなくていいよ」
と、皆の話声でルース達のテーブルだけが賑やかなのであった。
他の席はといえば、周りにはあと5つのテーブルがあり、もう1組がその席をうめていたが、そちらの方は浮かない顔をした冒険者が、サンドパンを摘まみながら声を落として話していた。
「ああ…悲惨な状態だったって話だな」
ルースはそんな声を隣の席から拾い、一人黙々と食事に手を伸ばしつつその声に耳を傾けた。
「騎士団が到着した時には、生存者は一人もいなかったらしいぜ」
「あちゃー」
「おい、軽い話じゃねーんだから茶化すなよ」
「だって噂なんだろう?噂なんて嘘半分じゃないか」
ルースは、これは噂話だという事も念頭に置く。
「いいや、北部の奴から聞いた話だ。どうやらマジらしいぜ」
「そういや、その壊滅した村は北部だったよな…」
「ああ、ガジット村という所らしい」
ルースは北部の村の話だと聞こえて、お世話になった人達の事を心配したが、その村はルースの知らない名前であったため胸を撫でおろす。
ルースが耳を傾けていた話は、この冬の間にひとつの村が壊滅していたというもので、今年になって騎士団が到着した時には、村人達の無残な遺体だけが残されていたという内容であった。
人の口に戸口は立てられぬと言う通り、いくら騎士団でかん口令を敷いていたとしても、たまたま目撃した者でもいたのか、その話は国半分を南下して広まっている事になる。
「魔物に襲われたんだろうって話だぜ?」
「でも食われてないんだろう?」
「ああそうだ。そこがこの話の不思議な所なんだよ…」
ルースはスープを掬っていた手を止め今の話を整理するも、どうにも嫌な予感しかしないのだった。
「ルース、手が止まってるよ?どうかした?」
向かいに座るデュオが気付いて声を掛けられたルースは、今の考えを一旦四散させ「何でもありませんよ」と食事を再開するのだった。
こうしてルース達は冒険者ギルドで昼食を済ませると、果物など食材の追加も兼ねて、町中を見て回ることにした。
店先を冷かしながら歩いていれば、ソフィーが目に付いた風景に感想を漏らす。
「この町も魚屋さんが多いのね」
「でもここに港はなさそうだから、ルカルトから仕入れてるんじゃないかな」
キースは、この町に船乗りはいないようだと人々を見渡して推測する。
「そうだな、隣町なら少しの距離だし生魚でも仕入れられるよな」
「やっぱり、少し鮮度は落ちてるみたいだけどね…」
小さな声で、キースは魚の状態を補足した。
「それは仕方ないわよね、キースは取れたてを見てきたんだもの。私なんて違いは判らないわ?」
ふふっと笑うソフィーは、今日も輝くような笑顔を見せている。
「あぁ、この先にはもう店は無いみたいだね」
小さな町なのであっという間に商店街も端まで来てしまったらしく、デュオが残念そうに言ったその時、後方を振り返ったルースの視界に、体格の良い男性2人が、肩を怒らせて町中を歩いてくるのが見えた。
ルースが視界の隅で気配を探れば、その者達は冒険者ではなさそうだが、外套の下に帯剣している事を確信する。
「皆さん、ここを離れます。その脇道に入ってください」
ルースは小声で皆を促し、皆は魚屋の脇の小さな路地に体を滑り込ませる。
「どうしたんだ?」
「しっ、静かに」
フェルの言葉を制したルースが緊張している事を感じ取った皆は、口を閉じてルースを見守った。
ルースは路地から少しだけ顔を出し、行きかう人々の様子をうかがう。
ルースが気にしている者達は別に怪しい訳ではなく、どちらかと言えば身元がしっかりしていそうな雰囲気を持つ者達だ。だがこんな小さな町に、制服ではない騎士の様な者がいる事に違和感を覚えたルースは、彼らの動向を離れて伺うことにしたのだ。
その2人は、人通りを気にする事なくルース達の前を通り過ぎ、店が途切れた奥の方へと迷いなく進んで行った。
店先を覗くでなく明らかに他に目的がありそうな人物に、ルースは嫌な予感がして、その姿が見えなくなるまでじっと息を潜めていた。
「シュバルツ、あの2人の行先を見てきていただけますか?」
もう良いですよと声を出したルースは、そう言ってシュバルツに声を掛ける。
『承知シタ』
シュバルツはルースの指示に承諾すると、彼らが消えた方向へと飛んでいった。
ルースが皆を振り返れば、何かあったのかと問いかけが飛ぶ。
「私の気のせいかもしれませんが、今通った人達は、教会の関係者ではないかと…」
それだけ言えばソフィーはビクリと肩を揺らし、ギュッとネージュにしがみ付いた。
「見ただけで良くわかったな。教会の服を着ていた訳じゃないんだろう?」
「はい。体格の良い2人組が見えたので冒険者かと思ったのですが、雰囲気がそれとは違い、どちらかと言えば騎士のような…帯剣もしていたので、念のために皆に隠れてもらいました」
「もしそうだったとしたら、どうするの?宿を取ったばかりだけど…」
デュオが予定を変更するかと、ルースに確認する。
幸いここの宿は様子見で、まだ1日分しか取っていない。連泊するなら、その都度頼もうと思っていたのだ。
5人が口を閉ざし考え込むように沈黙していれば、シュバルツが上空から舞い降りてきてフェルの肩に留まる。
『教会ニ入ッタゾ』
単刀直入に言ったシュバルツからそれ以上の説明はないが、皆はそれだけで十分に理解する。
「わかりました。ありがとうございました、シュバルツ」
『では今の内に一旦、宿に引き返せば良かろう。そこで話し合うと良い』
ネージュの助言に頷いて、皆は急ぐように宿へと戻っていった。
そうして今日借りた6人部屋のベッドにそれぞれが腰を下ろし、フェルはそのまま大の字に寝ころんだ。
「は~焦った」
フェルの言葉は皆を代弁しており皆も無言で下を向く中、ソフィーだけは空いている床に敷物を出し5人分の飲み物を用意していた。
「お茶を入れたわよ?」
苦笑するソフィーの下にぞろぞろと皆が集まり、敷物に腰を下ろしていく。
「ソフィーが一番冷静って、どうなの…?」
デュオが呆れたようにソフィーに言う。
「うーん。それは怖いけど、でも考えても仕方ないじゃない?取り敢えず、今は見付からなかったから良しとするかなって」
もう割り切ってるからね、と言っているソフィーの隣にはネージュが座り、ソフィーに体を寄せている。
ルースはここで皆が集まった機会だからと、今日見聞きした話も出すことにした。
「先程の事もそうですが、冒険者ギルドでも別の話をひとつ仕入れました」
「え?何かあったのか?」
と、フェルは知らなかったと首を捻った。
「ええ。この国の北部の村が、この冬の間にひとつ壊滅したそうです。まるで魔物に襲われでもしたように…ですがご遺体は残っていたと」
「あぁ冬だったから、そのまま雪に埋もれてたんだね」
デュオは、村人がそのままだったという可能性を口にする。
「え?魔物だったら、人間は食い荒らされてるはずではないのか?」
キースもルースの懸念に気が付いたらしい。
「はい。私もそれは不思議に思いました。という事は…」
『魔の者の仕業であろう』
ネージュがズバリと言い切った。
「ネージュもそう思う?」
ソフィーは不安そうにネージュに尋ねた。
『うむ。奴らは既に湧き出しておるからのぅ。おぬしらも一度、相まみえておろう』
ルース達はその言葉に神妙に頷く。
まるで、遊んでいるかのように剣を向けてきた人影を思い出して、ゾッと身震いした。
剣を使えるルース達ですら、魔の者の対応には苦慮したのだ。それが戦闘経験のない人々の住む小さな村に現れれば、どうなるのかとは考えるまでもない。
「「「「「………」」」」」
魔の者の噂、そして教会の手のもの。
ルース達は解決策などある訳もないが、それから暫く部屋の中でこれからどう行動するのかと、先の見えない話を続けて行くのだった。