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【223】サモンの町

 この国は、国土の三方を隣国で囲われているが、その隣国との国境は安定しており、表立って危ないものではない。

 国とは常に自国領土を広げようと虎視眈々と他国の隙を狙っているものであるが、余程の事が無い限り、このウィルス王国はそうはならないとも思うのだった。


 今までもウィルス王国は数百年に一度、国内が乱れる事がありはしたが、その変事ゆえに国民の意識は国の復興へと一致団結し、他国が入る隙は無かったのだ。

 ただでさえ数百年に一度、国土と民を混乱に貶める悪魔がいる国など、他国へ差し出してもいらないと言われるのかも知れないが。

 そんな不安を抱える王国であるが、今回も無事に乗り切らねばならないのだ。


 そう考えながら、宰相は今年の6月に行われる第一王子の御成婚の議に向け、滞りなく準備を進めている。

 そしてそれに並行するようにして、もう一つの儀式の準備も粛々と行われていた。


 もう一つの儀式、それは勇者の議だ。

 第一王子アレクセイの婚儀から半年後である約一年後、来年の年明け早々に、勇者の議の日程が決まったのだった。


 先人の記録に基づき現在打ち合わせも進めているが、記録によれば勇者の議では王族から勇者が選ばれる事が殆どであるものの、国民に意味を周知させる為にも、祭りの様に大々的に告知し催しが行われる事もあり、ある意味では“にぎやかし”と称して、国民からも勇者の議に参加したい者を募るのである。


 これは“万が一”の時の備えであり、そしてその中から随行者を選ぶためでもある。


 その者達は自分達が勇者になれずとも、国民を守るために戦う意思のある者が多く、自薦他薦を問わず集まる者達には、集まった国民達から羨望の眼差しが向けられ、“ひと時の英雄”になる為だけに集まってくる者達なのだった。


 その為、勇者の議を催すにあたり、その日までには王国中に“勇者の議を執り行う”事を知らしめる公示を出さねばならぬのだが、今回はアレクセイ殿下の婚儀もあり、その発表の頃合いは宰相が見定めなければならない。早すぎても遅すぎでも駄目という事である。


 そしてその催しがある期間も国内には防衛騎士団を配備したままであり、そちらの指揮も執らねばならず、ここのところの宰相は、体が一つでは足りない程の忙しさを感じていた。


「ふぅ…」

「お疲れですね」

 宰相の執務室でデイヴィッドの補佐をしている“カールセン・フェズリ”は、デイヴィッドのため息を聞いて机から顔を上げた。


「ああ、そうかも知れないな…。だがそれは、カールセンも含まれているだろう?」

 同じ仕事をしている宰相の補佐を見て、デイヴィッドは苦笑いを浮かべる。


「私はまだ補佐ですから、然程でも…」

「若さもあるからな」

「いいえ。コープランド侯は、私よりも重要な仕事をなさる立場。それがあるのとないのとでは、体の疲れも違いましょう」


 カールセンは今年35歳のフェズリ侯爵家次男で、デイヴィッドよりも20は若い者であるが、真面目で視野も広く立場も弁えており、こうして上司の体調までをも気にする事の出来る、次期宰相にとデイヴィッドが育てている人物であった。


「カールセンも今回の事は、良く学んでおいて欲しい。無事に乗り越えられれば我々の子孫も、暫くは穏やかに過ごす事が出来るだろう…」

「はい、承知しております。ところで一つ、疑念に思っている事があるのですが」

「何だ?」

「例のものの事なのですが…。毎回勇者という犠牲を出してでも封印する事しかできないと、私は先人の記録から学びました」

「ああ、そういう記述だな」

「ですが、その行動が意図されたものだとしたら…?」


 意図…と宰相は考え込む。

「というと?」

「たとえば、例のものが自ら進んで封印されている…などでしょうか」

「要するに、これまでの事は向こうの意のまま、という事か」


「はい。なぜ毎回勇者は勝てないのか。遥か昔ならいざ知らず、近年では色々な魔導具や装備などもあります。何かが足りないのか、それが満たされるまで全てが例ものもの掌の上なのかも知れないと、私は思うようになりました」


「足りないもの…か」

「その足りない物が満たされれば、我々は新たな時代を迎える事ができるのではないかと…」

「ふむ。私なぞ頭の固い人間では、今を凌ぐことで精いっぱいだったが…。そうか、我々は何かを見落としているのかも知れないな…」


 宰相の執務室では、忙しい間の僅かな休憩時間にも、この先に待ち受ける出来事への鍵を探して会話がなされていた。


 しかしその答えは、今の世の中で正解を導き出せる者は誰もいないのであろうと、また一つ息を吐いた宰相は視線を机に向けると、捌ききれぬ程の書類に目を通して行くのだった。



 -----



 ルカルトの町を出発したルース達は、国の西にあるルカルトからそのまま南下の道を辿っていた。


 ルースがマイルスからもらった地図には大きな町しか載っていなかったが、今ではその地図にルース達が訪れた町を追加し、少しだけ賑やかな地図になっている。

 ただし、ルース達は王国の北半分を選び進んできた為、王都方面は白いままであった。


「ルカルトの南には、それなりに大きな町が点在している様です」

 ルースは、ルカルトで仕入れた情報を整理して皆に伝える。

「北の方は小さな村や町が多かったよな」

 フェルはこれまで通った町を思い出し、そう付け加えた。


「はい。これから行く王都方面には物を多く流通させる必要がある為、それぞれの町が商人などの中継地点として発展していったようです」

「物流って大変なんだね。ルカルトからも荷物を持った商人が、王都まで行くって事でしょう?」

「あら、そこは直接王都まで行くとは限らないわよ?途中の町まで商品を運んで、そこから別の商人が品物を運ぶってことも考えられるもの」

「ああ、そっか…」


 ルース達を追い抜いて行く荷馬車を見送りながら、ルース達は他愛もない話をしている。

 今回の旅から加わったキースは、ルカルトを初めて離れる為、全てを記憶に留めるかのように、物珍しそうに見回していた。


「キース、体調に変化はありませんか?」

 まだ出発して数時間しか経っていないが、病み上がりと言えるキースに、ルースは声を掛けた。

「そうだね、思っていたよりも問題はなさそうだよ。心配してくれてありがとう」


 今のキースは船乗りの様な服装を改め、冒険者や旅人にも見える色合いの服を着ているが、どうやらその服にはまだ馴染めていないのか、足首がスース―するよと、出掛けの際には絞りのないズボンに不安を漏らしていた。

 キースの服は出発前、家に寄った日に買い物を済ませて一式を揃えている。

 服は勿論の事、道具屋にマジックバッグも探しに行き、キースはショルダーの物を選んで購入していた。


「魔法使いはローブを羽織るんだろう?その中にいつも下げておくよ」

 キースは自分の金で魔法使いのローブを買った為、流石にマジックバッグまでは買えないと言うキースに、ルース達がマジックバッグの金を出したのだ。

 それでルース達に遠慮をしたのか、比較的安価な中古のショルダーバッグを選んだキースなのだった。これ以上高額なものは、自分で稼いでから買うという事らしい。


「まぁ魔法使いだから、戦闘時にカバンが邪魔になる事もないか」

 キースがショルダーを選んだのを見たフェルが、諦めたようにそう呟いていた。

 そのバッグには、新しく買った服と小さな行李を入れた位で、特に入れるものは無いとキースは困ったように話していたが、そんなキースもこれから少しずつ荷物が増える事であろうと、ルース達は笑みを浮かべたのだった。


 こうして旅人に見えるルース達は、道なりに進んで行く。

 そんな道は少しずつ常緑樹が増えてきて、寂しい景色が色付いてきたようにも感じる。だがまだ季節は寒い冬であり、道行く人は外套の前を掻き合わせるようにして、寒さを気にしながら道を急いでいる。


 カラカラカラカラ

 馬車がまたルース達を追い越していく。


 この街道の道幅は広く、わざわざルース達が道をあける必要はないが、ルース達は通行の邪魔にならぬようにルース、キース、デュオで並び、その後ろにフェルとソフィー、ネージュが並んで歩いている。

 道幅を気にするなど、ルースとフェルが二人きりだった時には考えなかった事だ。そんな彼らも、今では5人と2匹という大所帯となっているのだった。

 皆はキースの歩調にあわせるように、柔らかな日差しの中をゆっくりと南へと進んで行った。



 次の滞在先はルカルトから3日程南下した場所にあり、こちらも海の近くで“サモン”と言う町だ。

 ルカルトよりは大分こじんまりとした町で、起伏の少ない平らな大地に根付いた町である。


 そして町から西へ30分程歩くと海が一望できる崖に出るそうで、町に立ち寄った者は、そこから望む絶景を見に行く者のが多いのだと言う。


 だがその崖は海面から15m以上の高さがあり、ほぼ垂直の崖となっている為、高所恐怖症の人は余り端まで近付かないようにと言われているらしい。時々だが、目がくらんで落ちてしまう者もいるからである。

 ルース達はルカルトの町で輝く海を見てきたばかりである為、この観光名所には近付くつもりはないし、サモンの町には数日の滞在の後出発する予定である。


 こうして到着したサモンの町も、人々は明るい色の服を纏う者が多く、開放的な印象を受ける町であった。

 ルース達は町の門を抜け、どこかルカルトに似通った雰囲気の町を歩きながら、いつも通りに冒険者ギルドを目指して進んで行くのであった。


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