【222】静かな旅立ち
【お詫び】
昨日、この前話(申し出と理由)を220話として、1話分を飛ばして投稿しておりました。
その為、(【221】申し出と理由)の前に1話(【220】キースの情報)を挿入しております。
大変失礼をいたしました。この場をお借りしてお詫び申し上げます。<(_ _)>
恐れ入りますが、(【220】キースの情報)もご一読下さいますと幸いです。
ルース達と旅を共にしたいと申し出てくれたキースへ、ルースは“教会に追われている”のだと話した。
しかしその理由までは、まだ伝えてはいない。
それは、ソフィーが何かに耐えるようにキースを見ている為で、理由を伝えるのはソフィーの気持ちが整ってからという事である。
「教会が君達を…?」
そして少しの沈黙の後、ソフィーが重たい口を開いた。
「キースには本当に…申し訳ない事をしてしまったの…」
そう言ったソフィーの隣にいたネージュが、その頭をソフィーへ擦りつけ慰めるように寄り添う。
そんなネージュの気遣いに悲し気に微笑んだソフィーは、ネージュの頭を優しく撫でた。
「ソフィーがなぜ謝る?もしかしてその教会がソフィーを探している…とか?」
察しの良いキースがソフィーへ聞き返すも、彼女の謝罪の真意とは少し違っており、そもそも謝られる意味が分からないとキースは首を傾げた。
「…教会は、聖女を探しているの…。そしてその聖女は私の事…」
いったい何を言っているのかとキースは小首を傾げたまま、ソフィーの説明を待っている。
そもそもキースは学び舎にも通っておらず、子供たちが読むような物語や教科書などを読んだことはないが、そのキースでさえ“聖女”という名称は、子供の頃に船乗り達がお伽噺として話して聞かせてくれた中にも出てきた為に、知ってはいる。
それはこの国に昔あった事だと言っていたから、きっと有名な話なのだろうと、キースはその物語に耳を傾けたものである。
そんな歴史を元にしたお伽噺なのだろうと、キースは思っていたのだが…。
内心で思考を巡らせているキースの反応がない事で、ソフィーは一層不安になったのか、ネージュの首にギュッと抱き着いた。
「ソフィーは悪くない」
そんな様子を見ていたフェルが真剣な表情でソフィーに言えば、感謝の笑みを浮かべたソフィーを見たキースが、やっと口を開いた。
「ソフィーがその聖女だとしても、オレに謝る事はないだろう?オレがそのせいで、同行を断られるならまだしも…」
「そうではないの、そう意味ではなくて…。聖女は何が出来るのか知っている?」
「…いいや、具体的には。でもチタニアの様に癒しの力があるんだろう位はわかる」
「ええ。聖女は人を癒す事ができるの。それは欠損や瀕死の状態であっても…」
ソフィーの言葉を聞いたキースの目が大きく開き、キースがその意味を理解した事がうかがえた。
「そうなのか…。そう…か…」
「私がもっと早く、キースのお父さんの事に気付いていれば…」
ソフィーの言いたい事がやっと分かったキースは、その可能性を一考したのか、ギュッと目を閉じて息を吐く。
「でも、そうはならなかった。いくら聖女であろうが、亡くなった人はもう戻せないだろう?ソフィーが気に病む事はないよ。オレがもっと君達を頼っていたら、状況は変わっていたかもしれないが…。だからそうならなかったのは、オレのせいなんだよ」
ソフィーを気遣うように優しく伝えたキースは、しかし泣きそうなまでに悲しそうな表情を浮かべていた。
「父さんの事は全てオレの考えの甘さだ。オレ以外の誰のせいでもないよ…」
キースは再びそう言って皆に微笑みを向けると、同行の意思は変わらないよと話を戻した。
「それとこの旅は、ルースの事もあるんだ」
そう言ってフェルが旅の目的を追加する。
最初はルースの記憶を探すつもりで旅に出て、そこからソフィーやデュオと知り合い、教会の問題も出てきた事で、それを気にしながら旅を続けてきているのだと。
「そうか、ルースも大変なんだよな…。それで、なぜ教会が聖女を探しているんだ?」
元々その辺りの事情に疎いキースは、ルース達に尋ねた。
「教会側からすれば、聖職者は“教会に所属せねばならぬ者”という見解があるそうです。元々、教会でステータスに現れた職業に“聖職者”と出た者は、そのまま教会へと入信させられるのだそうです」
「でもソフィーは、そうじゃないんだろう?」
「ええ。私は、教会で視てもらったステータスでは職業が出なかったの。それで教会に把握されずに済んだのよ」
「でもそもそも、ソフィーは教会へ行った方が良いんじゃないのか?身の回りの事とか生活の事とか、全て教会が面倒をみてくれるんじゃないのか?」
皆、最初に考える事は同じであり、表面上しかしらぬ者であれば、その方が楽であるはずだと考えるものだ。
『ソフィアが教会に見付かれば、個の自由はない。その時に統治する者の言いなりに行動する事になろう』
「なるほど…監視下に置かれ自由がなくなるという事か…。それはオレも遠慮したいな」
キースも堅苦しい世界を想像して眉を寄せた。
ここまでキースに話をした段階で、それでもキースは旅の同行を申し出てくれたため、それ以外の事もキースに全て伝えていく。
ルースが持つ“倍速”と“波及”のスキルの事、 “封印されしもの”と呼ばれる闇の魔の者の事、そしてネージュが聖獣であり、ソフィーと共にいつかはそれらと対峙しなければならない定めである事、そして既に“魔の者”が町中に姿を現わし始めている事。
「そっか…。オレは自分の事しか見えていなかったけど、世の中ではそんな事が起ころうとしているのか…」
そう言った後、キースも自分の生い立ちを話し出した。
「オレは “キリウス・ゼクヴィー”という名前で、王都にいる子爵家の庶子らしい。これは、父さんが亡くなる時に初めて教えてくれた話なんだ…。もし君達と出会っていなければ、オレの実親はどんな奴だろうかと、その家を見に行っていたかも知れない…。でも今はルースが言っていた育ての親の話を聞いて、オレもそうだなって思い直して、その興味は薄れたけどな」
「では、機会があればそちらの事も調べてみませんか?会う会わないは別にして、気になる事は確認した方が良いでしょう?」
ルースの提案に、キースは肩の力を抜いて笑う。
「確かに少しは気になるな…オレを捨てた親がどんな奴なのかって、顔位は見てみたいきもするな」
親子だとの名乗りを上げるつもりはないが、興味はあると言って笑うキース。
「それは王都だろう?俺は王都に行って、騎士を見てみたいんだ」
じいちゃんが務めていたという王都の騎士を見てみたいというフェルに、それではいつかは王都へ行ってみようと話は進んでいった。
そしてこの宿を引き払う頃には、海に出ていたチタニアも戻ってくると言っていた為、チタニアにはキースが旅に出ると挨拶に行く事にする。
「その前にオレは一度家に戻るよ。父さんが残してくれた物も持って行きたいし」
「そうですね。では明日、キースの家に皆で行きましょう」
こうしてルース達は翌日キースの家に向かい、キースは近所の人達に挨拶を済ませ、身の回りの物だけを鞄に詰めた。
家の事は、近所に住むカレンがそのままで良いからと言ってくれ、キースが留守の間は見ておいてくれると、元気を取り戻したキースの姿に涙を浮かべていた。
人気のなくなった家を、記憶に留めるようにじっと見つめていたキースは、「行ってくるよ」と、もうここに居ない者に声を掛け、20年暮らした家を後にしたのだった。
「お父様にも、ちゃんとご挨拶をして行きましょう」
家を出たルースが、そのまま宿に戻りそうなキースへと声を掛けた。
「いやっ…だって、教会だぞ?」
「大丈夫よ。中の人と関わらなければ、ね?」
ソフィーもルースの意見に同意すれば、ネージュはソフィーの足に体を寄せ『我が護っておる』と念話を添えた。
「ありがとう…」
皆に礼を言ったキースは、父の眠る教会へと足を向けることにした。
教会はこの町中の北東部に位置しており、門から入れば右手の奥にあるようだった。
キースの家がある丘からはルカルトの町が一望でき、キースが指さす方を見れば、一画に広い墓地がある事が分かる。
ルース達は丘を下り教会の裏手から墓地に入ると、一つの墓標の前でキースは足を止めた。
その墓標は、他と同じく木材を立ててあるだけの簡素なものであったが、その真新しい木材の色は周りの景色とはまだ馴染んでいない。
盛り上がった土には新しい小さな花が手向けられているが、キースがここへ来た様子もない事から、身内以外の誰かが供えてくれたのだろうと、ルースはキースの父親も皆に愛されていた人だったのだと、その為人を知ったのだった。
「父さん…」
キースが最前に立ち目を瞑った。
ルース達はキースの後ろで一列に並び、キースに習って目を瞑る。
そうして暫くの間、乾いた風に身を委ねていれば、キースが大きく息を吐いて皆を振り返った。
「最後に、挨拶をさせてくれてありがとう。オレはもう大丈夫だって伝えたよ」
眉尻を下げていったキースに、ルース達は力強く頷きを返した。
そしてキースは最後に「行ってくる」と言って墓標を見つめると、振り返らずに墓地を出て行ったのだった。
その後ルース達は、キースの身の回りの物などを揃える為、町中で買い物を済ませ出発の準備を整えたのである。
こうして宿を引き払う日、店主のニクソンと女将に見送られて快適に過ごした潮騒を出発し、その足でチタニアの店へと顔を出した。
「そうかい…。キースが元気になってくれれば、私はそれだけで十分だ。体に気を付けるんだよ」
「ありがとう、チタニア」
チタニアはキースを抱き寄せると、まるで恋人と離れるかのように抱擁を交わしていた。
チタニアはずっと、一人きりになってしまったキースを心配し、一緒に暮らす事も考えていてくれたらしいが、キースがルース達と旅立つ事を伝えれば、寂しそうにしながらも快く送り出してくれた。
「キースは、ここで燻ぶるような人間じゃないからね。ちゃんと外の世界を見ておいで」
姉の様にキースを気遣う言葉を掛けてくれたチタニアに、キースは泣きそうな笑顔で手を振り返し、慣れ親しんだルカルトの港町から旅立って行ったのだった。