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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第七章 ~変~

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【218】色付いた景色

 キースがルース達の部屋に泊まった翌日、ヒゲを剃ったキースを強引に誘い、ルース達は冒険者ギルドのクエストを受ける事にした。


 それは、ここのところキースがずっと籠居(ろうきょ)していたと聞いていた為であるが、少しでも気を紛らわせてあげたいと言う意味もある。

 だが少々やつれてしまったキースである為、無理をさせる事は出来ないと、今日のクエストは体に負担の少ないクエストを選ぶ事にしている。


 こうして気だるげなキースを連れ、冒険者ギルドでクエストの手続きをしてもらうと、ルース達は町の北側にある森の中へと入って行った。


「今日は楽なクエストなので、のんびりとやりましょう」

「そうだね。薬草採取も久々だね」

 ルース達は今日、2つのクエストを同時に受けることにしていた。

 その2つは常に貼り出されているクエストで一つは薬草の採取、もう一つはスライムで、そう、困った時のアレである。


 スライムの討伐は特に色のこだわりもなく通年どこのギルドにも貼り出してある為、ルース達は旅の途中で捕獲して持ち込む事が多く、わざわざクエストとして受注するのはデュオと出会った頃以来と言える。


 こうして今日の予定をキースへ伝えても、キースは依然言葉少なに下を向いている。問いかければ言葉を返すものの、醸し出す雰囲気は彼の心の内を反映しているものだった。


「キースさん、帰りにチタニアさんの所に寄る予定なので、クエストとは別に薬草を持って行ってあげませんか?」

 ソフィーはそう言ってキースの顔を仰ぎ見る。

 話しかけられたキースは「そうだね」と顔をソフィーへと向け、ぎこちない笑みを返していた。



 キースと同様にソフィーも親を亡くしており、キースの気持ちがわかるからこそ少しでも気を紛らわせようと、こうして彼に話しかけている。

 ソフィーは両親の友人だった人達に助けられ悲しみを乗り越える事が出来たが、このキースは他人に頼るような人ではなさそうで、周りの者が注意を向けてあげる必要がある事を、ソフィーは肌で感じていたのだった。



 そうしてシュバルツに人気(ひとけ)のない森の中へと案内をしてもらい、ルース達はそこで今日のクエストを始めた。

 周りを見れば、シランやヨモギなどなじみ深い薬草も生えており、ルース達は少し散らばりながら、それらの薬草を摘んで行った。


 フェルはソフィーと並び分からない薬草を確認している様で、草花に興味のないフェルがソフィーの近くに陣取って話しかけている。

 一方デュオはキースと並び他愛ない事を話しかけ、キースの笑顔を引き出そうとしてくれている様だった。


 ルースはそんな彼らとは少し離れて、珍しい薬草が無いかと辺りを見回す。

 ここはまばらに枯れた下草があり、そこに時折木々の葉の揺れにあわせて木漏れ日の影が躍る。余り人が入ってこないのか、風に乗って動物の生活圏である匂いもしている。

 ルースが念のためにと辺りに魔力を張り巡らせれば、今のところそれにかかる物はない。キースの今の状態で上位の魔物と出会えば彼を庇って対峙する可能性もある為、念には念を入れておこうというルースの考えだった。


 皆が薬草を採りながら小声で会話する囁き声以外、今この場所には風に揺られて奏でる葉の音しかしない、静かなひと時を5人は過ごしていくのだった。



 そうして1時間ほどで場所を移動しつつ昼食を摂っている時、ルース達は念話の事をキースへ伝えることにした。キースであれば他人に余計な事を言わないであろうという思いと、今更ながら今日のクエストでは念話が必須である事が理由だった。


「キースさん、魔物の中でも人と会話が出来るものがいるのです」

 ソフィーがネージュの背を撫でている時、ルースは唐突にキースへとそう切り出した。

「そうか…」

 それに答えるキースは相変わらず覇気がないものの、ルース達は気にしたそぶりも見せずに話を続けて行った。


「そうなんだよ、ビックリだよな」

 フェルがネージュ達の声を初めて聴いた時の事を思い出しているのか、チラリと隣にいるシュバルツに視線を向けパクリと丸にぎりを頬張ると、何かに驚いた様にギュッと目を瞑った。

 その顔は何かを我慢しており、どうも酸っぱい木の実が入っていた丸にぎりだったようであると想像がついた。


 デュオの母親に、これには疲労回復効果があると教えてもらってから、ソフィーは半分いたずら目的の様にこっそり木の実を丸にぎりにいれているのだった。

 肉や魚だと思って大量に口に入れるとその酸っぱさが口いっぱいに広がり、少々飲み込むのに時間がかかってしまうのだが、フェル以外の者はそこまでの量を口に含まない為、このような事態になるのはフェル一人と言って良い。


「ふふ。また酸っぱかったのね」

 いたずらが成功した様にソフィーがフェルを見て言えば、

「せめて見た目で分かれば、心構えができるのに…」

 と、フェルが少し萎れてソフィーに言う。


 そんな彼らをぼんやりと見つつ、キースも丸にぎりを口に入れた。

 それは肉を甘辛く煮付けた具が入っており、心が和む味だと、キースはぼんやりと感じていた。


『我モソレヲ,食ベテミタイ』

 そこへシュバルツが皆に念話を送れば、キースはハッとした様に顔を上げた。

「え?酸っぱいんだぞ?」

 フェルはそう言いつつも、自分が食べていた物から木の実を含めて小さくちぎり、手の平に乗せてシュバルツの前に出した。

 それに大きく口を広げて食いついたシュバルツは、一口でゴクンとそれを飲み込んでしまう。


『別ニ,変ワッタ食物デモナイナ』

 シュバルツから出た感想に、ルースとデュオが声を立てて笑った。

「あはは、それはそうだよシュバルツ。一口で飲み込んじゃったら、味なんて分からないだろう?」

 ソフィーも肩を揺らして口元に手を当て、笑いをこらえている。

「お前は食べ物全部、一飲みだからなぁ…」

 呆れたようにフェルが言えば、“フンッ”とシュバルツが鼻を鳴らした音がした。


「念話……?」

 この会話で、先程聞いていた念話の事がわかり理解できたであろうキースが、不思議そうな顔でシュバルツを見た。

「ええ、そうです。今の会話が念話なのです。この念話は魔力を媒介としている為、シュバルツやネージュの声は、キースさんでも聴こえるのです」

 ルースがネージュの名も出したことで、キースは不思議そうにネージュへと視線を向ける。


『別におかしい事ではあるまい。この世には魔素(マナ)が溢れ、それが魔力と呼ばれている事はおぬしも知っておろう。その恩恵は人間のみならず、全ての生き物へと授受されておるのじゃ。魔力とは生物共通のものであるゆえ、それを使えば意思の疎通をとる事も容易。じゃが、それにはある程度の知力も必要であり、人間と話せるものは然程多くはないと言えるがのぅ』


 当たり前の事だと言わんばかりにネージュがキースへと説明すれば、キースはそこで、今までのルース達の行動と照らし合わせたのか、理解した様に大きく頷いた。


「そういう事か…それで色々と合点がいった。魔物を早くから感知できていたのは、君達から情報を得ていたという事なんだね?」


 今日もシュバルツが空からルース達を先導するように動いていたし、ダンジョンでも遠くにいる魔物の気配をいち早く気付いたのは、人よりも感知に優れたネージュとシュバルツだったのだと、キースは持ち前の好奇心から目を輝かせ、ネージュとシュバルツへと視線を向けた。


「はい。ですがこちらから念話を送る事は叶いませんので、私達は受けるだけという事にはなりますが、ネージュやシュバルツが私達の気付かぬ所まで配慮してくれるお陰で、今日のスライムのクエストはやり易いものになっていると言えるのです」


 ルースの話に、どういう事かとキースは首を傾けた。

 キースは、ネージュとシュバルツが魔物を感知する術に長けている事は理解したようではあるが、それがどうしてスライムに繋がるのか今一つ理解が追い付かないようだった。

「それは、スライムに限定した事ではないんじゃないか?」

 と、キースはその疑問を口にする。


「そう考えるのが普通ですが、スライムは少々特別でして…」

「そうそう。スライムは気配が殆どしないから、シュバルツでさえ近付かないと感知できないんだ」

「その上、こっちを認識すると逃げるのよねぇ」

「だから近付いてくるのを待たなくちゃいけないし、魔物のランクは低いのに討伐難易度は高いんだよね…」


 皆はスライムについての感想を述べる。

 ルースはスライムを追い掛け回すフェルを思い出し、口元に手を添えゴホンと咳払いをした。

「あ?ルース、俺の事を思い出して笑っただろう…」

 フェルに気付かれたルースは、「違いますよ」とわざとらしくすました顔を作った。

「ふふ、私は思い出しちゃったわ…ぷっ」

 ソフィーにも笑われたフェルが拗ねたように新しい丸にぎりを口に入れれば、また木の実だったのか渋い顔を作って皆に笑いが広がっていく。


 キースはルース達の笑い声を遠くに感じながらも、この穏やかな空間にいる事に今改めて気付いた。


 今までキースの全ては父親であり、これからも父と二人で楽しく生きていけると思っていたところで、この余りにも早い別れに、キースの心は置き場をなくした様に迷子になっていたのだった。


 そんな自分にルース達は声を掛け、こうして面倒を見ながら気を遣ってくれているのだとキースが気付いたと同時に、やっと周りの人達に目を向ける事が出来たのだ。


 自分にもまだやらなければならない事があったのかと、キースは手にした丸にぎりを口に入れ、その愛情溢れる温かな食事と周りの笑顔に、キースは灰色に沈んでいた世界が華やかに色付いていくのを感じていたのだった。


いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。

重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>


私事ではありますが一年前の明日9月2日に、「シドはC級冒険者~ランクアップは遠慮する~」という処女作を、この小説家になろうさんに投稿し始めました。

それから早いもので1年が経とうとしております。

こうして拙作をお読みくださる読者の皆様に支えられ、一年という時間を迎える運びとなりましたこと、この場をお借りして御礼申し上げます。

未だに稚拙な文章のままではございますが、これからも引き続きお付き合いいただければ幸いと存じます。

引き続き、ルース共々どうぞよろしくお願い申し上げます。<(_ _)>盛嵜 柊

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